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研究開発における偶然(セレンディピティ)の話


セレンディピティとは

研究者が成功を修めるには、論理的な積み重ねだけではなく、偶然からの発見があると言われています。この偶然からの成功をSerendipity(セレンディピティ)と呼びます。

セレンディピティはMOT(Management of Technology:技術経営)において注目されています。研究者がセレンディピティをおこす発生原因やプロセス、発生しやすい環境つくりが分かれば、未だマネジメントが難しいとされる研究開発の組織運営、研究環境に影響を与えると考えられています。



セレンディピティの例

歴史的な発見の多くはセレンディピティが働いた結果とされています。マジックテープの発明、レントゲンによるX線の発見、トランジスター、インクジェットプリンターの開発等があります。



セレンディピティの種類

セレンディピティは、それが導かれる結果によって2種類に区分されます。

【1.擬のセレンディピティ】
擬のセレンディピティとは、追い求めていたことを試行錯誤の末、偶然に発見できることです。擬のセレンディピティでは、最終的な目標に対して、何らかの目処を得るための「仮目標」を設定し、既存の知識範囲で試行錯誤を始めます。すると想定外の条件や失敗を重ねる中で、何らかの偶然の結果に巡り合い、未知の領域を「仮目標」へと紡ぐヒントを着想します。

【2.真のセレンディピティ】
一方、真のセレンディピティとは、思ってもみなかったことを偶然に発見することです。当初の目的とは直接関係のない文脈、状況から革新的な着想を得ます。鍵となるのは、遭遇する偶然が、当初の目的とは別の方向へと飛躍を伴った認知活動を引き起こすことです。まずはこの偶然に気付くこと、当初の目的に固執され過ぎずに、さらに一見何も関係がないものを関連付ける「双連性」や、時に「誤解」さえも喚起することが重要です。




セレンディピティによる事業創造

セレンディピティを用いたビジネス事業創造として次の3モデルがあります。

【1.類喩閃光型】
類喩閃光型とは、偶然の出来事が何らかのアナロジー(類似性)あるいは比喩イメージを与え、それを契機に閃きを得て、市場を洞察する類型です。次の2パターンが存在します。

①直接的な準備なく偶然の出来事に遭遇する場合
②事業構想(目的意識と市場仮説)を企図した後に偶然の出来事に遭遇する場合

①の事例としてマジックテープがあります。ジョージ・ドメストラルが散歩後に、上着に着いたひっつきむしの一種を取り除きながら、予めの事業構想の企図はないままに、この上着とひっつき虫の組合せからの連想により、「物と物の自在な着脱」用途を市場として洞察しました。

②の事例ではポスト・イットがあります。シルバーが開発した「良く着くが剝がれやすい接着剤」に関して、潜在的ながらもフライが事業構想を企図し、偶然を契機に「落ちて困る栞」問題の解決案として市場の洞察・閃光を得ました。他にも次の事例があります。

カラオケ
→伴奏に行けないので、テープに伴奏を録音したところ好評
→伴奏実演に代わり伴奏録音テープを提供する

シャンパン
→2年発酵させた白ワインに炭酸ガスが発生
→英・仏の貴族等の上流階級向けの新規なワイン

ポカリスエット
→新飲料開発のためにメキシコ出張中、下痢の際に医者から炭酸水を渡された
→水分補給と同時に栄養も摂取できる飲料



【2.市場創発型】
市場創発型とは、何らかの事業構想に基づいて製品・サービスを市場投入した後、市場が偶然(想定外)の市場創発を生み、その結果に着目し、当初の市場仮説とは異なる市場を洞察することです。

例えはCD-Rでは、当初想定していたカセットテープ(身近な音楽メディア)代替という市場に加え、弱みと考えられていた「書換え不能」という特性が「市販のパッケージと同じ物が作れる」、「消えない・改竄されない」という強みとなり、「プロ的なコンテンツを作る、データ・文書のバックアップを作成する」という市場が創発されました。その点に着眼し、より大きな市場を洞察し、そこに向けて製品・サービスを市場再投入した事例です。

また、またパジェロ(三菱自動車)も当初は、単にオフロード(悪路)走行を想定した事業構想でした。しかし、その後、オフロードに限らぬ道路走行 が注目され、そこから洞察を得てオンロードのスポーティ・カジュアル市という大きな事業・市場へと拡大しました。



【3.頓挫探索型】
頓挫探索型とは、何らかの事業構想に基づいた製品・サービスが、市場投入前に頓挫するが、それでも新たな市場を探索し、市場投入して成功するタイプです。例えばCDMA(符号分割多元接続)では、当初想定していた衛星電話の用途では頓挫しましたが、その後の市場探索の結果、地上波の携帯電話という用途を得て事業創造に至った頓挫探索型です。



【4.複合類型】
事業創造においては、前述の3タイプが複合、混合して生起する場合もあります。ポスト・イットは類喩閃光型の典型ですが、複合して、ミニメモ、ブレインストーミング用途が拡大する等、市場創発型でもあります。マジックテープの誕生も類喩閃光型ですが、当初想定された、主として衣服・階級章等の用途から、汎用の脱着ベルトとして多様な用途に拡大する等、市場創発型でもあります。

CD-Rは、市場投入後に想定外の市場に拡大した市場創発型の典型ですが、当初の規格(外形はCDと同じだが従来のプレーヤでは再生不能)が、失敗した後の頓挫探索型の成功事例でもあります。

インテルのMPUにおける複合状況は、さらに複雑です。「事業構想がなくMPUという偶然(実体)に遭遇して、汎用の超小型コンピュータという市場を洞察した」という意味で類喩閃光型です。同時に、「電卓用ICという事業構想に基づき市場投入した後、極めて多岐な用途が創出した」という意味で代表的な市場創発型でもあります。さらに、特定ユーザーによって、「製品の弱み:低性能であること」が評価されて採用されたことが後の急成長に繋がってという意味で、特殊な市場創発型の側面も有します。



セレンディピティと遭遇するために

【他分野への好奇心、興味】
偶然を見逃す以前に、 そもそも偶然と出会わなければ、 市場開拓には至りません。そのためには、 自分を取り巻く多くのことに好奇心を持ち、 行動し、熱意と繊細・鋭敏な感性を持って観察力を働かせることが重要です。

日頃から自分の専門領域はもとより他の学問分野に対しても積極的に関心を示し、より広い視野から物事を捉えることができる能力を身につける努力が必要です。そのためには自分と異なる分野の研究者を交えた活発な討論や共同研究が必要不可欠であることは言うまでもありません。

【擬のセレンディピティ】
特に擬のセレンディピティでは 「ゆるやかなコミュニケーション」もしくは「近い専門的バックグラウンド知識を有する技術者とのインフォーマルな交流」 が重要とされています。


【真のセレンディピティ】
一方、真のセレンディピティでは次の行動が挙げられています。
①技術的な理解の正確さよりも発想の飛躍を重視する
②本質を勘違いすることや、実現の不確実さに対しても寛容の態度を示す
③発想を巡らす上での種々の制約条件の変更を許容する
④生成されたセレンディピティを尊重して組織内での認知に努める




セレンディピティを活用するために

遭遇したセレンディピティを見逃さず活用するためには、次の行動が重要です。


【アイデアをあたためる】
多くのアイデア、事業構想をあたため、一見ありふれた偶然に遭遇した際にそれを見逃さない契機 (心の楔) とします。

例えば、ポストイットの開発者は、潜在的にでも 「不思議な接着剤をなんとか使いたい」 と思っていました。 これが偶然を見逃さない大きな要因となりました。ポカリスエットの開発者は「健康に役立つ飲料を開発したい」 と考えており、これが出張先で医師から炭酸水を渡された際、 栄養剤との混合のアイデアを生む大きな契機となりました。



【想定内の結果、 些細なことに目を向ける】

「栞が落ちる」という一見なんでもない現象に対しても意味を探ります。こうした問題意識が、 偶然の機会を見逃さないための意義ある心掛けとなります。


【想定外の結果、失敗に目を向ける】
人、特に組織化された人の想定、計画は視野を狭くすることが多いです。 「想定外を機会と考える、 何か良いことが起こっているのではないか」と考える習慣、機会を持つことによって、大きな賜物を得る可能性が高まります。

また試行錯誤には失敗がつきものです。 しかし失敗したからすぐに諦めるのではなく、失敗の中から本質を学び取り、失敗を乗り越えることによって自らの成功を導く、そうしたセレンディピティ的な感性を持つ姿勢が大切です。



【できるだけ明確な事業構想を持ち市場投入する】
第一に事業構想がなければ市場投入は行えません。そして市場投入がなければ、市場での、あるいは市場と企業の相互作用による創発は起こりえません。特に次の2つが重要です。

① 明確なターゲット設定がターゲット以外の市場の成功をもたらす
② 明確なターゲット設定の末に起こる予想外の成功が、 潜在ニーズの発掘競争につながる

例えば、家庭用プラネタリウムを「子供の教育用市場という小さな市場しか存在しない」からと市場投入していなければ、 若年男女を中心とする 「癒し市場」を獲得していませんでした。



あとがき

セレンディピティとは、何かを探しているときに, それとは別の価値あるものを見つけること」を表す言葉です。ただし、それはただ単に偶然や幸運などを意味する言葉ではありません。普段から物
事に対する「洞察力」や 「察知力」を研ぎ澄ました状態の中で「偶然」 とのシナジー効果によって何かに「気付く」ことです。それは日頃の研究開活動の中で必須とする大切な資質・姿勢です。


参考文献

斎藤正武、研究開発におけるセレンディピティの組織的導入、年次学術大会講演要旨集、pp.470-473

志賀敏宏、事業創造セレンディピティの構造研究

板谷和彦、試行錯誤における偶然とセレンディピティ、研究技術計画Vol.33、No.3、2018

志賀敏宏、セレンディピティの構造研究- 偶然と必然の相互作用- 博士学位論文

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