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3spoons vol.11ー鍵盤ハーモニカーthe 2nd spoon_3月クララ

文芸ユニットるるるるんツイッター400字小説3spoons 

F#、あるいはG♭

 開きっぱなしのくちびるから覗くすきっ歯。「フィ」が欠けた鍵盤ハーモニカのようだ。歯の隙間から(スュー、スュー)と空気も漏れる。男はたまらず女の「フィ」を黒鍵で塞いでみる。
「フランスではね、“幸運の歯“って言うんだよ。この隙間からツキが入ってくるの。ヴァネッサ・パラディとかレア・セドゥなんか、チャーミングだしいかにもツイてるって感じでしょ?」
 女の「フィ」を、男は解放してやる。スュー、スュー。その空洞は、貪欲に男のツキを求める。溶けた氷だけが残った紙コップ。ポケットの内側にこびりついた飴。握りしめた小さな黒鍵。わずかな収穫も、空洞は見逃さない。男は恐ろしくなって、再び黒鍵を女の「フィ」に当てる。そして女が許すまで歯笛を吹き続
けた。
 果たして女は幸運に恵まれたのか。それを確かめるには再び女を不幸にせねばならず、男は女の靴のサイズを覚えていたが、名前は知らなかった。

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