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3spoons vol.11 ー鍵盤ハーモニカーthe 3rd spoon_UNI

文芸ユニットるるるるんツイッター400字小説3spoons

312番

あのカラオケ店ではだめなんです隣の部屋の音が入る、田中さんは一気にそう放った。言葉は私の耳管を往復し、ようやく脳へ達する。森さんにしか頼めないんです絶対変なことしないんでと彼はまた詰めこむ。絶対変なことをしないと言う男は、絶対変なことをする。なのに断り切れず彼の軽自動車に乗りこむ私は、鞄からマイクやらチューブやらを取り出す彼の細い首に目をやった。なにかあってもこの首を狙えば大丈夫。田中さんが鍵盤ハーモニカを手渡す。好きに吹いてくださいと、スポンジを頭に纏った集音マイクをつきつける。ドミソと吹いて息をついだその瞬間に彼ののどぼとけがぐぅと上がり、私たちの視線が合った。
昔習った讃美歌312番を吹くことにした。私が息をつぐたび、彼のとじた瞼がきゅっとしぼられる。うなじと襟のあいだに浮く何番目かの頸椎をなぞりたくなるけれど、右手は鍵盤を押さえているし左手は彼から遠い。
冬の掠れた夕陽を浴びて、私たちは変なことをしている。

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