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3spoons vol.10ー吹くーthe 2nd spoon_3月クララ

文芸ユニットるるるるんによるツイッター400字小説 3spoons

Sincerely yours,

 引越しを明日に控えあらかた食器を梱包してしまったので、夕食はデリバリーのピザで済ませることにし
た。ところが夫が買ってきたワインのために、ダンボールを一つ解くハメになった。
(紙コップで飲むワインなら、スクリューキャップで十分なのに)
 ワインオープナーを包んだ新聞紙を盛大に破り取る。
 テレビをつけ、動画サイトが自動再生するレディオヘッドを見るともなしに見た。会話のない夫婦の食事は、空腹を満たすための餌の時間。ピザはあっという間になくなり、アンチョビの塩気も手伝いワインも進んだ。
 食事のあと一度は自室に篭った夫が、長い棒を振りながら戻ってきた。
「朝までに使い切れないかな、これ」
 それは、結婚披露宴のメモリアルキャンドルだった。挙式後の転居で紛失したと諦めていたものだ。それが夫のテリトリーから出てくるなんて。この、夫婦解散の前夜に。
 夫がオイルライターで火を灯す。そつのない所作から、また喫煙者に戻っていたと知る。火影が室内を揺らす。夫の横顔も揺れる。トム・ヨークも揺れる。
 お約束のエモいシチュエーションにシラけるも、もうしばらく演出好きの夫につき合おうと思う。
 今夜を懐かしむ日がこの人を苦しめますように。炎で祈りを溶かし、ガスで肺を膨らます。キャンドルが尽きるまえに、夫ごと吹き消してやればいい。

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