暗闇から愛してる 下
声が?と聞き返す私に咲耶は首を振る
性格には声じゃなくて…なんていうか、響き…みたいなもので
男か女かもわからない響きが頭のなかいっぱいに聞こえてきて
ハッキリ、愛してるよ、咲耶って…
信じませんよね、こんなこと
私だって馬鹿だと思います
けど、あの時は全然不思議に思わなくて
嬉しくて顔中をその布袋に擦り付けて
…まるで猫のマーキングみたいに
その話を聞いた私は、一体どんな顔をしていただろう
きっと、血の気の引いた真っ青な顔だったに違いない
私はまるで急用が出来たかのようにスマホを耳にあて
ちょっと待ってね
と言いながら病室を出た
無音のスマホを耳から外し、震える手で鞄に戻す
あの時
咲耶を保護したあの時
部屋は異様な状態だった
フローリングの六畳半
何もない部屋の中心にぶら下げられた、海老茶色の袋
天井の巨大なフックからぶらさがるその袋に、縋るように身をもたせかける血まみれで目に覆いを被せられた少女
全裸で、指という指は全て粘着テープで覆われ両手首は結束バンドという異様な姿でいながら
顔は幸せそうに微笑んでいる
揺らぎ続ける袋からは絶え間なく殆ど黒に近い液体がポタリポタリと滴っていた
少女、咲耶はすぐさま保護され、手配されていた救急車のなかで目隠しを外された
耳を覆っていたビニールテープも剥がされ耳栓も取り出された
最初に発したのは、消え入るような
私も…
あれは、私も愛してるだったのか
思い詰めたストーカーに捕らわれて、部屋に放置された咲耶
その部屋には…
四肢を切断され、無造作に布袋に詰め込まれた咲耶の彼氏がぶら下がっていた
血抜きされている獣のように、流れる血液を床にこぼしながら揺れていた
その事実を、咲耶は知る由もない
ただ、あの血塗れた布袋に慰めを見出だしていただけ
…私は今から、彼女にアレの中身がなんであったのか、告げなければならない
ストーカーは罪悪感からしばらく二人を一緒にしてあげた、という
その思惑を聞いたときは心底怒りが沸いた…
だが
暗く濃厚な血の匂いのなかで
二人はしっかりと愛を語り合っていたのだとしたら…
病室から覗き見た咲耶の白い顔はゆったりと穏やかで
発見された時のように、何事かを囁いているようだった
なんという言葉だったのかを
私は本当に知りたいだろうか…
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