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影 ~ イチ

梨奈は階段を上がり、新しい自分の部屋に入ると大きなため息をついた

疲れた

一言でまとめるとこんな感じ
父親は喜来町といういまやブランド化している町に越してきたことで異様にテンションが上がっているし
最初は懐疑的だった母親も周りの環境にウキウキしだしている

つまり、喜来町が嫌なのは私だけということ

この町に足を踏み入れたとき、自分の影が吸い込まれるような…妙な感覚を覚えた
それは決して「良い」ものではなかった
なにか…自分の大切な何かが消えてしまったに近い、不思議な喪失感覚

小学4年生にもなれば空気を読む
たとえ、友達と離ればなれなるのが辛くても
引っ越し先に不安を感じても
新しい部屋を見せられては歓声をあげ、広くなった庭を見ては感嘆する
気を遣うというのとはちょっと違う
お父さんやお母さんがどれだけ嬉しいかが伝わる
その空気に合わせることが「家族」
水を差したくない…ただでさえ特殊な私なのだから家族のなかだけでも浮きたくない

けどさ…

梨奈は不安そうに日が落ちていく風景を窓から覗いた

窓の向こう
リフォームされた、おしゃれな白塗りの木塀を見下ろす

そのすぐ隣…塀を越えた通りに佇む、真っ黒な影がこちらを見上げていた
赤い夕暮れのなかで、その影たちはじっと動きもせずに、私を見上げている
いや、越してきた私たち家族を窺っている

3体…かな

密集しているからわかりづらい
重なると輪郭もわからない、黒い人達

余り見つめたらいけない

振りきるようにして、前のアパートから持ち込んできたベッドに身体を投げ出した

良くないよ…
この町は、良くない

身体が重くなる

家に入ってきたらどうしよう
どうしたらいい?

胸が詰まるような不安を消したくて
私は布団を頭から被った

夕飯の時間までこうしていよう


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