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高尾山ノスタルジア No.8:幻の琵琶滝駅

資料①は、帝国陸軍陸地測量部(戦後は国土地理院に改組)が昭和7年(1932)1月30日に発行した1:25,000地形図に残る、その当時の高尾周辺の様子です。

資料①:帝国陸軍陸地測量部が昭和7年(1932)1月30日に発行した高尾周辺の1:25,000地形図。当時、省線浅川駅(現在のJR高尾駅)から薬王院表参道の起点となる高尾橋まで武蔵中央電気鉄道が通じていたはずだが、軌道の表示はない(*1)。

この時は、京王線は当然まだ通じていません(京王高尾線の開業は昭和42年(1967)10月1日)。武蔵中央電気鉄道の浅川駅前〜高尾橋駅間は昭和5年(1930)3月に開通したので、この地図が発行された時には存在するはずなのですが、浅川駅前が終点になっていて、そこから先の軌道の表示がありません。開通前に実施した測量に基づいたからでしょうか。武蔵中央電気鉄道の延伸を見越していたのかはわかりませんが、昭和2年(1927)に開業した高尾山ケーブルカーと合わせて、この時点で、省線「あさかは」(浅川)駅から路面電車で高尾橋まで乗り継いで、高尾山ケーブルカーで薬王院参拝するという公共交通機関の連携が完成していたことになります。

ところで、この地図にある高尾山ケーブルカーの軌道をみると、山麓の「きよたき」駅と山の上の「たかをさん」駅の間に、「びはたき」駅なる表示があります(資料②)。これが、世に言う(実態は高尾山マニアという特殊な人たちの間だけでしか通じない)、高尾山ケーブルカー幻の中間駅、琵琶滝駅です。

資料②:資料①にある薬王院表参道起点付近を拡大。高尾索道(高尾山ケーブルカー)軌道の中間点に、「びはたき」駅の表示がある。(*1)
昭和2年(1927)のケーブルカー開業直後の頃と推定される写真。線路が二股に別れるすれ違い所(行違所)に琵琶滝駅がある。(注1)
「琵琶瀧停留場」とのキャプションがついた写真。「留」の字がなぜか手書きで直されている。プラットフォームに人影が見えるが、制服制帽を着用しており、乗客ではないと思われる。また、車両の間にも制服制帽の鉄道員らしき人物が写っており、営業中の写真ではないと思われる。
(注1)

果たして、この駅は本当に営業に利用されていたのか。京王電鉄株式会社発行の沿線情報誌「あいぼりー」2003年12月9日発行特別号に、高尾登山電鉄株式会社元常務の久保田謙一さんによる、この中間駅に関する証言があります。以下抜粋します(*2)。

「当時(筆者注:高尾山ケーブルカーが開業した昭和2年(1927)まもないころ)は琵琶滝に出かける人のため路線の中間地点にも駅がありました。」

これはあくまでも(高尾登山電鉄株式会社元常務とはいえども)個人の幼少のころの記憶に基づく回顧録であり、実際にこの中間駅が営業に使用されていたという確たる証拠(例えば、実際に売られていた切符や、一般客が乗降している写真、実際の利用を示すポスターや鉄道利用案内、その他公式な記録など)がないので、今のところ、その問いの答えは不明です。しかし、駅が実在したことは、絵葉書に残る写真から間違いありません。

琵琶滝駅がはっきりと写る一枚。(注1)

それにしても、この駅が実際どのように利用されたかに関しては、当事者である高尾登山電鉄株式会社が編集した社史「高尾登山電鉄復活30年史」に言及があって然るべきではと思うのですが、言及があるのはたった一ヶ所。それも、並べた写真の中の一枚、プラットフォームらしき場所から目の前を通過する車両を写した写真に「行違所(びわ滝駅)にて」というキャプションがついているのみ。通過する車両を撮っただけの写真なので、結局琵琶滝駅について、社史から追加で得られる情報はありません。

現在はその痕跡すらない琵琶滝駅。ここにもかつて人の賑わいがあったのかもしれないと、色々な想像力をかきたてる幻の駅です。

無人の琵琶滝駅を通過する車両。(注1)

(*1)
《国土地理院コンテンツ利用規約に基づく表示》

出典:大日本帝國陸地測量部 二万五千分一地形圖 八王子近傍九號
昭和七年一月三十日発行
資料②の中間駅の強調は筆者加筆

(*2)
「あいぼりー特別号 『京王線・井の頭線 むかし物語』総集編」、京王電鉄株式会社 広報部、2003年12月9日発行、P.33

(*3)
「高尾登山電鉄復活30年史」、高尾登山電鉄株式会社総務部編、1979.10、P. 21

(注1)
《写真ならびに絵図に関する著作権について》
表示している写真ならびに絵図は、旧著作権法(明治32年法律第39号)及び著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)に基づき著作権が消滅していると判断し掲載しているものです。
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参考資料:文化庁 著作物等の保護期間の延長に関するQ&A


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