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高尾山ノスタルジア No.11:蛇滝(2/2)

明治維新に伴い小仏関が廃止され、周辺の通行に制限がなくなったことで旧甲州街道の人の往来が増えると、現在裏高尾と呼ばれる地域はその風光明媚さが知られるようになり、急速に観光開発が進むことになります。

明治40年(1907)から大正6年(1917)の間に発行されたと推定される絵葉書に残る、かつて蛇滝口にあった三光旅館の遠景。(注1)
かつて三光旅館があった場所には養護老人ホーム「清明会浅川ホーム」が建つ。
現在の蛇滝口。交叉点のたもとには古い石造りの道標が二本現存する。ひとつは明治36年の銘がある「髙尾山新四國八十八ヶ所道」と彫られた石碑。もうひとつは、享和3年(1803)との銘がある「高尾山道」の石碑。「是より蛇滝まで八丁」と刻まれている。

外山徹「高尾山歴史の散歩道」から引きます(原文縦書き)(*1)
「蛇滝口にある峯尾茶屋の宿泊人数の記録によると、記録の残る明治三三(ママ)年(一九〇〇)以降では、同四四(ママ)年(一九一〇)の蛇滝青竜堂の建立の年にピークがあり、しばらく後、青竜堂の改修を挟んだ大正六年(一九一七)から昭和二年(一九二七)にかけて最も宿泊者の多い時期を迎える。」

そして、昭和2年から一気に宿泊客が減少するのはもちろんこの年に開業した高尾山ケーブルカーの影響だろう、としています。

この峯尾茶屋の所在や現在について知っている事はありませんが、現在社会福祉法人清明会浅川ホームがある場所には、かつて三光荘という旅館がありました。大正初期の頃と推定される写真をみると、敷地は広く、森のあちこちに建物が点在するゆったりとした作りで、ご夫婦でしょうか、浴衣姿でゆっくりとくつろいでいる姿が写っています。

蛇滝へとあがっていく道傍らのせせらぎでは、季節になるとハナネコノメが可憐な花を咲かせる。
蛇滝周辺の石垣や岩場はイワタバコの群生地。
イワタバコの花期が終わるとシュウカイドウの花が見頃を迎える。

清明会浅川ホームの前にかかる橋を渡って小仏川を超えると、坂道の傾斜が強くなります。ここは蛇滝から流れてくるせせらぎ沿いの、夏でも涼しい登り。足元は舗装されているのですが、せせらぎのすぐ脇の岩場では毎年春になるとハナネコノメがそのかわいい花をあちこちで咲かせ、毎年これを心待ちにしている人が大勢います。

滝へと上がる階段の傍には、「蛇瀧水行道場」「高尾山修驗道」と彫られた石柱が立つ。

舗装された坂道を登り切ると滝行道場の建物が見えてきます。建物へあがる階段の手前には「髙尾山修驗道 蛇瀧水行道場」と彫られた石柱が立っていて、この階段の脇の石垣には季節になるとイワタバコ、そのあとはシュウカイドウの花があちこちで咲き、これも毎年心待ちにしている人が大勢います。

階段を上がると行場が見えますが、手前の門は閉ざされ関係者以外立入が禁じられているため、滝の近くに行く事はできません。この行場では行者さんが頻繁に滝行しており、特に早朝通りかかると谷じゅうに響き渡るほど大きな声の読経が聞こえてきます。ここから霞台へと続く登山道、通称「蛇滝道」は、早朝来ると落ち葉もなく綺麗に履き清められていて、これも行者さんのおつとめのひとつなのかもしれません。

滝は関係者以外の立入が禁止されているため門の外から撮影。冬なので水量は少ない。
明治40年(1907)から大正6年(1917)の間に発行されたと推定される絵葉書に映る蛇滝。季節は不明だが、春から秋にかけて高尾山周辺の降雨量は増し、滝の水量も豊富になる。(注1)

この「蛇滝道」は相当程度古くから存在するものと考えられていて、あくまでも筆者個人の考えですが、万延元年(1860)の石屋孫七による蛇滝開発は、薬王院からこの蛇滝道を下って行われたのではないでしょうか。少なくとも安政二年(1855)の髙松勘四郎による「武州髙尾山畧繪圖」には、今の霞台から蛇滝に達する道があったことが示唆されています。となると、旧甲州街道に佇む享和三年(1803)銘の「高尾山道」石碑との関係が…と話は元に戻ってしまうのですが。

「土地の記憶」という言葉があります。人や世は変わっても、土地にはその地勢や植生、吹いてくる風や気温そして湿り気やにおい、また雨や日差しに、いにしえから連綿と受け継がれてきた風土が保存されています。かつてここにあったであろう人々の営みにさまざまな想いを馳せながら、我々の祖先もめでたであろう、せせらぎに咲く可愛いお花をながめつつ散策するのが、蛇滝のおすすめの楽しみかたです。


(*1)
外山徹、「高尾山歴史の散歩道」、大本山高尾山薬王院、2021、P.29

(注1)
《写真ならびに絵図に関する著作権について》
表示している写真ならびに絵図は、旧著作権法(明治32年法律第39号)及び著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)に基づき著作権が消滅していると判断し掲載しているものです。
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本稿掲載の著作物の使用ならびに転用の一切を禁じます。
参考資料:文化庁 著作物等の保護期間の延長に関するQ&A


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