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【2024.1.17】嬉しいメッセージ

夜中に食う
チキンラーメン美味え
(・Д・)

はる氏です。

書こうかなと思った内容が
2つあったんですけど
記憶が新しいうちにと
思いまして

こっちを先にしました
(・Д・)

もう1つはまた別の機会に
書きますね。

まぁ
タイトル通り
阪神淡路大震災に関連した
内容なんですが

ご存知の方も
おられるかもしれませんが
毎年
竹筒の中の灯籠に
蝋燭で火を灯して
遠くから見れば
その年のキーワード完成
みたいなふうに
なってるんですけど

この竹筒は
数千本有るわけですよ。

火を灯すと
温かくて
なにか人の命と
イメージが繋がったり
当時も寒かったなぁと
自分の記憶と
イメージが繋がったりして
ホッとするんですが

5:46を迎えて
いざ
黙祷のとき
というときには
皆、その場所に
前列の人は座って
後列の人は立って
祈りを捧げるんですけど

その数千ある中の一本の前で
たまたま立ち止まって座って
竹筒には
一本一本に
何かしら文字が
書かれてあるので
ぼくは
これもある種の出会いだと思って
その文字を祈る
という風にしております。

まぁ色んな文字が
書かれてあって
灯された火の燃えようも様々。

激しく燃えた火の竹筒に書かれた
「祈」
という言葉
とかですね


今にも消えそうでいて消えない
ソッと燃えた火の竹筒に書かれた
「笑」
という言葉
とかですね

火の燃え方とその言葉をもって

書いた人なのか
亡くなった人なのか

誰かを重ねて
いわゆる「魂」を
感じるわけです。

その中で
ぼくが今年
惹かれた文字

それは

「忘」

という文字でした。

これはですね。

ぼくの中では
衝撃だったというか

「忘れない」

という文字は
過去に見たことがあります

メディアでも
よく取り上げられてる
インタビューとか
アナウンサーなんかが
忘れてはいけない出来事だ
とか
言ったりしてますし
ぼく個人としても
自分の中では
風化させたくない
風化させてはならない
そんな出来事だったと
思うので

ありきたりだけど大事なこと

という感覚なんですけど

この

「忘」

という字は

おそらくですが

「忘れよう」

と、いうことなのかなと。

ポーンと目に入ってきまして

以前に記事に書いた

無理に知らなくていい

というのに
繋がるんですけど

なにかこう

「もう忘れようよ」

「もう忘れてもいいんだよ」


言ってもらったような気がして

肩の荷が降りたと言うと
語弊がありますが

亡くなられた6434人の人たちも
当然、苦しかったでしょうけど

被災した(残された)多くの人たちもまた
なにか「震災」という名の
十字架を背負って
生きてきたような部分も
本当にある人も
いるんじゃないだろうかと。

だけども

何も大犯罪を起こしたわけでもなし

謂わば
自然災害に遭っただけのこと

それを
ずーっと背負って
生きていくのかい?

というふうに
問われてるような気がしたのです。

正直
風化しつつある震災の記憶。

何年か前には
あ、そういえば…
ということもあり

自分の中で
すごく反省したことも
ありました。

どう処理するかは
決めてませんが
この
「忘」
というメッセージは

とても嬉しかったです

能登半島や東日本大震災で
被災した人たちもね

正直
そんなすぐに
「前向いて生きよう」
「希望を持って生きよう」
とは
なれないと思います。

少なくともぼくは
当日はただ呆然としていて
時間だけが過ぎていきました。

しばらくは
呆然とするか
とにかく
日々を過ごすことが目的になる
っていうので
いいと思います。

そして
ある程度、時間が経ったら
不必要なことは「忘れる」
というのも
大事なことかもしれません。

はる氏でした🐹

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