見出し画像

知りたい

 「宇宙っていいよね。宇宙の全てを知りたい」とよく言う友だちがいる。その人にとって宇宙は、神秘的な存在であるらしい。私は大抵「でも宇宙は、なんか恐いよ」と返事をする。このやり取りをする度に、友だちが宇宙を神秘的に思うのも、私が宇宙を恐く感じるのも、その理由はどちらも"知らないことが多すぎるから"なのかもしれないと考える。
 小学生くらいの頃、知りたいことを大人に質問してみてもはっきりとした答えが返ってこないことがあって、少しもどかしかったのを覚えている。そのころの私が大人に投げかけたことのある質問のひとつに、「宇宙の果てはどこにあるのか」があった。ものすごく関心があったわけではないのに、私も昔は宇宙についてそれなりに知りたいと思っていたりもしたらしい。何となく時空の話をしてもらった記憶はあるが、結局果てがどこなのかという明確な答えを知ることはできなかった。いま思い返すと"知りたい"と強く思っていたことほど、もしかしたらこれには答えがないのではないかという予感があったような気がする。答えがないかもしれないことがらに対して、疑問を持てることにワクワクしていたのかもしれない。大人も簡単に答えられないことが世の中にはあるということが、ただ面白かっただけなのかもしれない。つまり、"知りたい"が強いことほど、本当は知ることができないかもしれないと薄々気がついており、本当に求めていたのは知ることではなかったのではないかと最近は思う。

 "知りたい"は私たちがもつ様々な欲求の中でも、特に小さく頻繁に湧き起こるもののように思う。もしくは、数々の欲求が"知りたい"に集約されているかもしれない。見たい、聞きたい、読みたい、触りたいなどは、ほとんど"知りたい"に言い換えることができる。
 欲求とは、未来への期待だ。"〜したい"ということは、今はまだここにないことを少し先の未来で手にいれたいということだ。欲求は未来を向いているはずなのだが、中でも知りたいという気持ちは今瞬間的に生まれるものでもあるのでその感情は遠い先までは見据えていなかったりもする。何かを知りたいと思うとき、想像しているのは知ったその瞬間までで、知ってそのあとどうなるのかやどうしたいかまでは考えないことも多い。
 目に入ったネットニュースのタイトルや、SNSのトレンドキーワードから瞬間的な知りたいが湧きあがることがある。とても小さく切実ではない好奇心から生まれる"知りたい"だ。タイトルをクリックして全文を読んだり、ネットでキーワードを入れて検索をすることで本当に簡単に知ることができてしまう。知りたかったそれらは役に立つ情報や私の身になるものばかりとは限らず、くだらなくて全く意味のないものであることも多い。だけどその小さな好奇心は、意味を欲しているとも限らない。知りたいという欲求が求めていることは、知りたい気持ちがただ解消されることだけなのかもしれない。知らないモヤモヤが知ることによってなくなってしまえば、気に留めることもない。
 もう少し大きな知りたいを長い間抱えている友だちに、「宇宙のこと、もし本当に全部知ることができたら満足する?」と聞いてみたら、「全部知ってしまったら、宇宙を神秘的に思えなくなってしまうかもしれない。」と答えが返ってきた。知らないことが多い神秘的な宇宙の全てを知りたいと願いながら、知ってしまったら知りたい気持ちがなくなってしまうのではないかということにつまらなさを感じている。(知ることができないと予感していることがらを)知りたいと思うとき、その真意は"知りたいと思っていたい"だけで、本当に知りたいわけではないのではあるまいか。知らないことがあるというのは、確かに魅力的なことのように思う。

 知らないことの全てを知りたいと漠然と思う瞬間は、私もさまざまな分野において何度かあった。全てを知ったらどうなるのだろうと考えることもある。だけどきっと全てを知ることはできないし、知ったとしてもそれが全てかどうかは分かり得ない。知りたいという欲求は、それについてちょっとだけ知っているときに湧いてくるものであって、少しも知らないことに対しては知りたいとすら思えないのだ。友だちも、ある日空の向こう側に宇宙があると知ってしまったから、それについてもっと知りたくなってしまったのかもしれない。
 知っても知っても、全てを知りつくすことはできない。知らないからこそ魅力に感じることもある。知りたい気持ちの本意はただ純粋な知りたいでもあり得るが、知りたくないでも、知りたくなりたくなかったでもあり得るのだろう。知りたいには、そう感じている自分でもよく考えないと気がつかないくらい不思議で矛盾している特徴がある。もしもこの世界の全てや本当が書いてある本が目の前に置いてあったとしたら、果たして私はそれを開くことを選ぶだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?