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氷河期世代 アルバイト地獄変(3)

無茶な撮影所入り

泥沼ロケでひどい目に遭ってしまったものの、「大部屋俳優」というバイトに興味と関心を持ってしまった私は、事務所社長から次の撮影依頼が来るのを楽しみに待っていた。

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社長から電話があった。「明日、撮影をやるから撮影所に来て欲しい」という依頼である。撮影会社S竹のスタジオがあるのは京都市内の帷子ノ辻(かたびらのつじ)で、太秦のT映の隣の駅のすぐそばにあった。社長の話は続く。「明日は朝6時半に撮影所入りで」。
私「社長、大阪からでは6時半には間に合いませんよ」。
社長「いや、阪急電車の始発5時に乗れば間に合う」。
と、強引に押し切られてしまった。

痛勤

早朝4時に起きて準備。5時までに阪急梅田駅に着くためには、自転車で自宅から駅に向かうしかなかった。他の公共交通機関がまだ動いていないからだ。まだ薄暗い中を自転車をこいで阪急梅田駅まで向かい、何とか朝5時の始発列車に乗ることができた。
西院駅に到着して、次は京福電鉄に乗り換えである。撮影所に向かうだけで疲れてしまった。まるで痛勤である。

けたたましい撮影所

朝6時20分頃に帷子ノ辻に到着。駅から走って撮影所に入って控室に荷物を置き、ホワイトボードに書かれた自分の役柄を確認、その後、衣裳部屋へと向かった。衣装部屋からは衣裳係のオバちゃんのけたたましい絶叫が聞こえてくる。「あんた、何に出るんや!?」「役柄は!?」。とにかく朝のこの時間帯は衣装部屋のオバちゃんが全てを支配しているのであった。間違って衣装を申告するとこっぴどく怒られるので、撮影所2日目の私には恐怖しかなかった。
何とか衣装を確保し、衣装に着替えて鬘を付けてメイクをして準備完了。前回の撮影の反省を踏まえ、衣装の下にはシャツとパッチを着込んで使い捨てカイロを装着して寒さに備えた。今回の役柄もまた下っ端の兵士役あった。

ロケ地と撮影

1時間ほどバスに揺られてロケ地に到着した。山の斜面が崩れて表土が剥き出しになったところであった。斜面の上から敵を迎え撃つシーンの撮影で、号令を発する指揮官役の俳優さんが到着するまで我々は待機であった。撮影の段取りは意外と単純で、リハを数回した後に本番撮影である。フィルム撮影ではなくデジカメ撮影なので、同時に色々なアングルから撮影が行われた。現場で一番エラソーなのは監督でも助監督でもなく、カメラマンであった。
指揮官が到着したので撮影開始である。最初は斜面の上から砲撃と銃撃を始めるシーン。次は下から斜面を登って来る敵兵を抜刀して迎え撃つシーンであった。一応は殺陣(たて)の練習をして、うまく敵兵に斬られて倒れることができたので、この日はまあラクな撮影であった。

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聞いてへんがな

今日の撮影は割と簡単だったなーと一息ついていると、実はもう一箇所でロケ撮影をするということだった。またロケバスに揺られて出発である。
1時間半ほど経過したら、もう辺りにほとんど人家もなく、清流があるのどかな景色になった。この辺りで撮影らしい。
バスから降りて指示を待っていると、今度はあの清流を渡るシーンの撮影であった。着替えなんか持って来てへんがな。そんな撮影とは聞いてへんがな、である。冬の寒い京都(かどうかも分からない)の冷たい川を渡るシーンなのに、事前に全く知らされていなかったのだ。そういえば楽屋(控室)に台本が一冊だけあったが読んでるヒマなんかなかった。と、他の大部屋俳優ともどもブーイングをしたが、撮影内容が変わる訳でもなく、我々は従うしかないのであった。

強行渡河

私を含め、ほとんどの大部屋俳優さんたちは着替えを持って来ていなかったので、めいめい河原の茂みに入って全裸の上から直接衣装を着はじめた。私も当然そうした。衣装部屋のオバちゃんにバレたら怒られるのだが、着替えを持っていないのだから仕方がない。
清流を渡るシーンは歩くだけなので、シーンとしては簡単な撮影だが、真冬の清流の冷たさはかなりきつかった。ただ川を渡るといっても、膝上くらいまで水に浸かるのでメチャメチャ寒い。しかも単に川を渡って横切るだけでなく、川の中を上流に向かって歩いていくシーンもあり、結局この日の撮影もひどく疲れた。
助かったのは、まだ日が高いうちに全ての撮影を終えられたことだった。

数日後に振り込まれていたバイト代は、やはり4,000円くらいだった…。

(終わり)


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