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氷河期世代 アルバイト地獄変(2)

ロケ地へGO!

真冬の京都。すっかり日は落ちていた。撮影内容を全く知らされないままに私たち大部屋俳優は移動することになった。「まぁいいか」という適当な気分で先輩方についていくと、20人乗りほどのマイクロバスが停まっていた。どうやらこれでロケ地へ行くらしい。
ロケバスに乗り込んだ瞬間、私の目に入ったのは車内一面に敷かれていた青いゴミ袋であった。イヤな予感がしたが、鬘(かつら)と衣装を付け、小銃や刀などの小道具を準備をしているのだからそうそう無茶なロケはないだろう、というのが私の予想だった。
ロケバスが出発した。市街地からどんどん離れていく。

暗闇の中で

20分ほどバスに揺られてロケ地に到着した。バスの照明がないと全く周囲の様子は分からないほどの暗闇だった。京都は少し郊外へ出ると思いっ切り田舎なのだ。小道具を担いでバスから降りると、どうやら冬の田んぼの中に到着したらしい。冬の田んぼなので当然水田ではない。あぜ道に立って指示を待ったのだが、とにかくムチャクチャ寒かった。衣装の下にはトランクス以外なにも着ていなかったからだ。撮影後に先輩から聞いた話では、衣装の下には外から見えないようにシャツやパッチを着込み、使い捨てカイロを貼っておくということだった。先に教えてくれよ!

プロの仕事

ガタガタと寒さに震えながら待っていると、ようやく撮影スタッフからの指示が出た。「えーと、君たちにはこれから沼を行進するシーンをやってもらいます」。一瞬耳を疑ったが、「衣装はそのままで、いま持っている小道具は水に濡らさないように小銃に全てぶら下げて下さい」と指示が続いた。
沼なんか冬の田んぼにはあらへんがな、と思った私が甘かった。わざわざ冬の田んぼに水を大量に入れ、沼が作られていたのだった。プロの仕事である。ジャブジャブと音を立てながら田んぼの泥の中へ入って行く私たち。田んぼの中はぐにゃぐにゃで、膝近くまで泥の中に入って待機である。撮影用の明りや墨で焚いた炎の明りでようやく周囲の様子が分かった。
しばらく待っていると豪華なワゴン車が到着した。主演俳優のご登場である。故・中村勘三郎氏であった。

ドロドロ

撮影スタッフからの説明によると、私たちは中村勘三郎演じる主役の命令で、沼から敵地を襲撃するというゲリラ戦的なシーンの撮影だった。さすがに勘三郎さんは鷹揚な方で、「いやー、寒い中ご苦労さんです。撮影よろしく頼みます」と私たちへの気遣いもして下さっていた。いや、気遣いはありがたかったが、早く帰りたかった…。
ゲリラ戦的なシーンなので、沼地を進むのも静かに、という指示だった。というかドロドロになっててゆっくりしか歩けへんがな、であった。撮影が終わる頃には脚の感覚がなくなるほど冷えきっていた。

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撮影が終わって

ようやく帰りのロケバスに乗り込んだ。撮影時間は、移動時間も含めて2時間程度だったと思うのだが、それ以上の労働をしたように私は疲労困憊していた。慣れていないのでどうしようもがない。
やっと撮影所に帰れるわと喜んでいたのも束の間、一騒動持ち上がった。なんと撮影所が、沼にはまった私たちにシャワーを使わせないというのだ。ロケバスの車内に敷き詰められていたゴミ袋は、汚れを防止するためのものだったのだ。バスの中は大騒ぎとなった。それはおかしい、と大合唱である。最終的にはリーダー格の方が撮影所と交渉して脚は洗えるようにして下さったのだが、大部屋俳優の悲哀を感じて仕方がなかった。

肝心のバイト代

たった一日の撮影だったが、拘束時間は昼の2時から夜の9時頃までの約7時間。移動時間は片道1時間で往復2時間ほど。交通費は支給ナシ。
体力のいるしんどいバイトであったが、ある意味、楽しい内容だったので、私はこのバイトをしばらくは続けようと思っていた。
しかし数日後、銀行口座に入っていたバイト代は、4,000円くらいであった。ピンハネしすぎやろ!

(この話は終わり)

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