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己を知るというのはかくも大変な事なのか

こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。

「自分自身についてどれだけ知っているのか?」

これは、永遠のテーマかもしれないとは思いつつ、日常的にこの「問い」を忘れずに自分に突き付け続けられているかと言われると、どうにもなかなか出来ていない時間が多いなあと思います。

でも、今日はこれを明確に思い知らされる瞬間がありました。

今日は久々、車に乗っての遠出です。朝早くから家を出て高速道路を走ります。僕の家のほど近くには、関越自動車道という高速道路が走っているんですが、どこかへの遠出となればまずは関越自動車道を使うのはいつもの事です。

関越は良いです。何しろ、車線がたくさんあります。そして何より、サービスエリアが豊富にあります。例え一つ通り過ぎてしまったとしても、次のサービスエリアまで意外とすぐに着いてしまうのでトイレや何らかの買い忘れなどの心配をあまりせずに済んでいます。

そんな高速道路に慣れていると、関越ではない高速道路に乗り入れた時に急に戸惑う事があります。例えば、その差を一番感じるのは首都高速道路です。

何しろ、サービスエリアが無いし、道路の渋滞具合はすごいし、合流がとても多いし、車線は少ないし、走っている車の数が多すぎる。

これだけの条件の違いがあるので、首都高を使う場合には特にトイレをどこで済ませておくかがとても重要になってきます。何しろ、渋滞具合が読めません。道が空いていれば走る距離は大したことは無いのですぐに抜けられるはずが、なにがしかの理由で渋滞でもしていた時には、時間は読めないし退避しようも無かったりします。

なので、今日みたいに関越から首都高を抜ける際には、自分の体についてよく把握しておかなければなりません。特に、トイレに行きたくなった時にトイレに行ける保証が無いので、それがやってくるタイミングを極力減らすために、朝から水分摂取を控えたり、食事を控えたりしています。

ただ、このタイミングを読むためには自分の体のリズムを日ごろから把握しておく必要があります。

朝起きて、最初の水分摂取からトイレに行きたくなる時間はどれくらいなのか?
朝食を摂ってから、次にトイレに行きたくなるのはどれくらの時間がかかるのか?

そこまで細かくデータを取っているわけではありませんが、自分の体についてこれくらいのデータ収集をしておくと、朝出掛けた際にどのあたりでサービスエリアに行けるタイミングが存在していればいいのかが何となく読めてきます。もちろん、想定外の渋滞等があれば臨機応変に対応していくしかありませんが、可能な限り予測できるものは予測して対応策を考えておけば、そこについては不安に感じる事無く頭の中から忘れてしまっていても大丈夫だと考えています。

以前の自分がそうでしたが、これを「自然の成り行きに任せる」というスタンスだと、自分がトイレに行きたくなるタイミングも自然の成り行き次第になるので、それについて、常に頭の片隅に置いておく必要が出て来るわけです。そして、それを若干でも気にしながらだと、自分のリソースがそこに割かれる事でパフォーマンスが落ちるのをなんとなく感じるわけです。例えば、高速道路の運転であれば「イライラしやすくなる」とか。

そうなってくると、やっぱり安全に移動できる可能性が減るような気がしてきます。今までに高速道路で事故を起こした事はありませんが、もし高速道路で事故れば生還できる可能性は一般の道路と比べればぐっと減ってくるでしょう。

でも、それを「自分について知っておく」ということだけで多少なりとも生還の可能性を高める事ができるのなら、たった一食だけ朝食を遅くするとか、その朝だけ水分を控えるというのは特に何の苦もなく出来るし、そもそも、事故ってしまったらもう二度と水を飲む事もご飯を食べる事も叶わないかもしれないし、もっと言えば、目的地に到着してからしようと思っていた事すらできなくなってしまいます。

そう考えると、朝起き抜けでここのところ毎日摂取しているプロテインを飲めば数百ミリリットルの水分を摂る事になりますし、最初の栄養素である朝食を我慢するのも、昨日トレーニングして傷ついている筋肉に対して、回復を促すためにすぐにでも送りたい様々な栄養素の摂取を我慢する事も、なんの苦も無く出来ました。

こんな風に、普段だったら何一つ気にすることなく摂取している水分や栄養素も、状況や環境が変われば、それらを摂取するかどうかすらも気にしなければいけないし、そのために、自分の体がどんなメカニズムで動いているのかを可能な限り把握しておく必要があるし、その体調の変化によって自分の精神状態がどう変化するのかすらも把握しておく必要があるわけです。

ただ「高速道路で移動する」というだけの事で。

そうであれば、毎日している「仕事をする」というある意味では高速道路の運転よりも重大な状況においては、本来ならばもっと繊細に自分の事を把握したうえでの行動が必要になるはずなんじゃないのか?

そんな「問い」が、これを書きながら湧いてきました。


考えれば考える程、「その通りだ」という感想しか出てきません。
それもこれも、もしかしたら、「昼間の運転で疲れたから」という言い訳をしながらたらふく飲んだビールのお陰で酔っているからかもしれません。


ああ、もちろん、これだけ飲めば明日の朝は頭痛に苛まされるという事くらいは、自分についてよくよく理解しているつもりです。


ならばなぜそこまで飲むのか?という事について答えられるほどには自分の事がわかっていないという事なんだと思います。


あかね

株式会社プロタゴワークス

https://www.protagoworks.com/


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