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その後は顔を上げて参りましょう

こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。

仕事で他社の組織開発に関わらせてもらっていると、ある程度の期間は関わらせてもらうことになるんですが、その期間の中で時々“起きて欲しくない出来事”が起きてしまっている状態に遭遇することがあります。

その“起きて欲しくない出来事”は、おそらくどんな組織にいる人であっても100人中99人が「これは、ウチの組織では絶対に起きて欲しくないなぁ」と思うような出来事です(そう思わないであろう1人はきっと“それを起こす当事者になりうる人”なんじゃないかと思うので99人としています)。

そんな“起きて欲しくない出来事”は、基本的には誰もが事前には想定できないような出来事ですし、想定できない出来事なので起きた時には多くの人が驚くし傷つくしショックを受けたりするわけです。

そして、そういう出来事が起きると必ずたくさんの人がその対応に追われたり処理に奔走しなければならなくなります。

そんな“起きて欲しくない出来事”が他社の中で起きている場面に遭遇した経験はこれまでに何度かありますし、それより以前の自分達がまだ会社員として働いていた時には、“起きて欲しくない出来事”の渦中の対応や後処理の“当事者”として奔走した経験が何度もありました。

僕も仲間も、出来ればあまり経験したくないようなそんな経験をたくさんしてきたこともあって、今では“起きて欲しくない出来事”が起きてしまってそこに直面している状態の人達のサポートはかなり得意になっています。

もちろん、本来であれば“起きて欲しくない出来事”なんですから「起きないこと・起こさないこと」が出来れば一番いいんです。

そこから考えると、「プロタゴワークスのサポートありきの組織開発が必要な状態になっている」ということは、その組織で働く人や経営者からすれば「ちょっともう自分の力だけでどうにかするのは難しいからサポートを受けようと思っている」というような状態である可能性がが高いので、そうなってはいない組織に比べれば“起きて欲しくない出来事”が起きてしまう可能性はかなり高めになっていると考えるのが妥当だったりするわけです。

だから僕たちも全力で関わらせてもらうわけですが、組織が変わっていくまでにはそれなりに時間がかかりますし、組織を変えていくにはその組織を構成している人達の行動が変わっていく必要があるわけです。でも、人が行動を変えるというのはそんなに簡単なことではないですし、それどころか「できれば何も変えたくない」と思うのが一般的な反応だとすら感じています。

「変わる必要のある組織」の中で“今までに無かった新しい動き”が起きると、その“新しい刺激”が起きたことに対して“抵抗”が生まれ始め、その抵抗は様々な形になって噴出してきます。

その噴出の仕方は組織によって違いますし、それぞれの人によっても違いますが、時々ある噴出の仕方としては、「今までに頭の中に浮かびすらしなかったモノがある時パッと“選択肢”として浮かび上がってくる」ということがあります。

それが浮かんできた当事者にとっては、“それ”はとても真新しいので“新鮮味”や“独自性”を感じます。

“今までに無かったアイデア”は、当たり前ですが、当事者にとっては大事なモノになります。でも、その“今までに無かったアイデア”が本当の意味でその人の“希望”に繋がってるかどうかは、よくよく吟味してみないとわかりません(そうであるからこそ、就職活動のような場面では“自己分析&他者理解の重要性”がずっと説かれているわけです)。

だけど、そんな重要な“吟味”がほとんどなされないまま(本当にそうかはわかりませんが、話を聞いて傍から観察していると、そう感じることがほとんどです)、「これが、自分の進む道だ!」とまるで天啓を得たかのように決断して行動を始めることで、その組織にとっては“起きて欲しくない出来事”に繋がっていく。

今までに数々の“起きて欲しくない出来事”に当事者や外部の人間として遭遇してきた身からすると、「概ねこんな構造になっているなぁ」と認識しています。

だからこそ、日常的に“対話的コミュニケーション”を組織内でとっておくこと・とれるようにしておくことがとても重要だと考えていますし、それが可能な心理的安全性の構築が絶対に必要だと考えています。

“組織の仕事の目的”と“個人が働く目的”を紐づけなければ、「変わる必要のある組織」なのかどうなのかを、その組織で働いている個人が自発的に考えるということはとても難しいことですし、それが自然発生的に起きるとしたらそれは途轍もない幸運だと思っています。それくらいに「そんなことは起きるはずがないこと」だということをこれまでの数多の経験から知っています。

だけど、それが“途轍もない幸運”なのは、そこにいる人達の自主性に任せているからそうなるだけである。ということも、これまでの経験から知っています。

そもそも、“組織の仕事の目的”と“個人が働く目的”を紐づけるためには“対話”が必要です。この両者が紐づいている人と、まだ紐づいていない人、紐づけた方がいいんだろうなと感じている人、紐づける必要なんてないだろうと思っている人等々、そういう様々な人達が一堂に会して、正しいやり方で“対話”を何度もしていくことで、なぜだか徐々にこの二つモノが紐づいていきます(その速度はそれぞれ違いますが)。

そこが紐づいていくことで、「“組織”も“個人”も、現状から変わっていく必要があるかどうか?」を考えることができるようになっていきます。何しろ、紐づいてしまうと“個人が働く目的”を叶えようとすることが“組織の仕事の目的”を叶えることに繋がっていくのを理解できてしまうわけなので。

そうなると、あとは何につけても「これを、“する・しない”のは、どう役に立つのか?」を考えてしまうことになるわけです。そして、そういうことを周囲の人達と“対話”してしまうようになっていきます。

そうなっていくと“起きて欲しくない出来事”がある日突然起きるということ自体が難しくなっていきますし、そもそも、誰かが何かの選択や決断について考える時に“対話”が起きていたりするので「誰も知らない状態の中でいきなり起きる」ということがどんどん少なくなっていくわけです。

もちろんこうなるまでには時間がかかります。
今現在がどんな状態なのかによって、かかる時間も変わります。

だけど、「変わる必要がある」とわかった時からスタートしなければ「やっと変わった」という状態になるまでの期間がどんどん長くなっていくのは間違いありませんし、その間にはきっと“起きて欲しくない出来事”はきっと起きてしまうことになるんじゃないかと思います。“

“起きて欲しくない出来事”は、傷つく人が必ず出ます。それも、それなりに痛くて深い傷によって。

出来る事なら、そういうことを減らしていきたいし無くしていきたい。そんなことをいつも願っています。

でも、組織のことですから、それでもやっぱり“起きて欲しくない出来事”が起きてしまった時には、なるべく迅速に対応と処理をして、なるべくダメージを減らすように行動するしかありません。
そして、そんな出来事があれば、自覚しているかどうかにかかわらず必ず傷ついてしまうので、できるだけ早く回復できるようにレジリエンスを高めておくしかありません。心理的に柔軟な状態を作っておくしかありません。

そんなわけで、僕は自分自身に対していつもこう思っていますし、求められた時のアドバイスとしてこんなことを言ったりします。

「何が起きるかはわかりませんが、何が起きても大丈夫な状態にしておきましょう」

そういう心持ちでいられるように考えつく限りの準備をしておきつつ、だけど必ず「想定を超えること」が起きるのでそうなった時に、これを自分に言い聞かせるようにしています。



あかね

株式会社プロタゴワークス

https://www.protagoworks.com/

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