そこからこうしてつながった
こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。
あまり眠れないままいつもより早い時間に目が覚めたので、少し早起きして静かな居間で本を読んで時間を過ごしていました。
普段の休日だと家の中で一番遅く起きるので、居間には必ず誰かがいてそれなりに騒がしいので、ゆっくり本を読もうと思ったらイヤホンをして音楽を流しながらじゃないと難しいんですが、あいにく今は手元にありませんが、早朝なのでイヤホン無しで読書ができるので結構気に入っています(ただ、問題は「休日に早起きできない」ことなので、ここを何とかクリアさえできればいいんですが)。
ここ数日読んでいるのは“ストア哲学”に関する本ですが、ストア哲学を知れば知るほど「自分に、とてもしっくりくる考え方だなぁ」という思いが深くなります。
その考え方のベースにあるのがざっくり言えば、「自分に変えられることと変えられないことを見極めて、変えられないことは受け入れ、変えられることに取り組む」という考え方なのが、僕にとっては本当に助かっています。
これが生来のモノなのか、生きてくる過程で身につけたモノなのかはわかりませんが(と言うか、そのハイブリッドな気がしていますが)、自分の特性として「ついつい“過ぎ去ってしまったこと”や“もう既に起きてしまったこと”に囚われてしまってそこで立ち止まって思考停止に陥ってしまいグズグズと愚にもつかないようなことを考えてそれに伴ってわいてくる“負の感情”がどんどん加速していって、それに縛られてしまって動けなくなる」ということが“なにか”が起きるとオートマチックに起動してしまっていました。こんな“負のスパイラル”がいつものことだったので、思い返しても生きづらかったですし、今でもその名残があるので気を抜くとついついそっちに引っ張られそうになっています。
それが段々と影を潜めるようになっていったのは何年か前からです。
思い返すと、仕事で部下を持つようになって ”上司としての仕事”が全然うまくできなくて困って悩んで仲間とマネジメントについて自学自習をしながら実践を繰り返しはじめた頃から、自分の中の“負のスパイラル”から抜け出せるようになっていきました。
そんなことを何年か続けていると、“マネジメント”によって求められる成果を(それより以前と比較すれば)かなり楽にあげられるようになってきて、いつの間にやら、ストア哲学のように「変えられることと変えられないことを見極めて、変えられることに取り組む=役に立つことをする」という考え方ができるようになっていました。でも、“ストア哲学”という存在を僕が知るのはここからまだ何年も後のことでした。
早朝に本を読みながら、そんなことを懐かしく思い出していました。
「本を読みながら、新しいことを知りつつ、昔のことを思い出して、またこれから先の実践に繋げられるようなアイデアも考えられるなんて、早朝の静かな時間の読書ってマジでいいなこれは」
さっき淹れた温かいお茶を飲みながらそんな物思いに耽っていたら、突然の「ドーン!バタバタ!」という激しい音によって静寂が打ち破られました。
「何んだ?今の物音は?」と思っていたら、突然、居間のドアが勢いよく開いて、子どもが走り込んできました。そして、起きてくるなり何やらワーワー言っています。
これにて、束の間の“早朝読書タイム”は終了のようです。今日はどうやら外出する予定は無いようなので、日中にまた一人で過ごせる時間がありそうなのでそこで続きを読むとします。
ただ、どうもこうやって早朝にする読書と日中にする読書とでは、その本から受け取れるモノが変わっているような気がしているんですが、残念ながら“早朝読書”の機会があまり作れていないので、そこについてはまだ「そんな気がする」程度の“違い”しか感じ取れていないので、その検証は今後の課題にしておこうと思います。
あかね
株式会社プロタゴワークス
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