見出し画像

セーフかアウトかで変わっちまうんだ

こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。

今日は、高崎市にある新島学園短期大学さんで前期に毎週実施している『社会人力養成講座』に、群馬県中小企業家同友会メンバーとして参加させてもらいました。

今日の講座の内容は、先週に実施されたとある企業の社長さんの講義の最後に出題された課題について、学生一人一人が考えてきた答えを持ち寄って、学生数名で結成されたチームで、各自の答えを材料にして議論を重ねて、チームとしての意見を作って発表を行うというものでした。

その授業での学生さん達の取り組みを見せてもらっていると、学生さん達は率先して自分の意見を書き出したり、意見を交わしながら新しいアイデアを作っていったり、出てきたそれぞれのアイデアを整理したりして、どんどん活発にグループワークを進めていくんです。

その様子を見ていて、「今時の短大の1年生は、こんなに活発に意見を発信して、議論をして、たくさんでたアイデアを手早くまとめていくことができるんだなぁ」と感心しました。

そして、「この学生達が社会に出て、例えばどこかの企業に入社して働き始めた時にも、今日と同じように活発に発信して組織内で議論をしながらより良い仕事をしていけるようになっていたら、その企業や組織にとっても、その人自身にとっても、周りにいる人たちにとっても、いいことばっかりなんじゃないだろうか」なんてことを思ったんです。

でも、同時に、これまでにたくさんの企業で見聞きした話や、たくさんの若者達の就職相談で聞いた話を思い出しました。

「学生の時には、みんな“とても優秀”だと感じるのに、組織に属して働きはじめると途端にこの授業での様子とは真逆の態度になってしまうというのを、これまでに無数のパターンを見聞きしてきたのは事実だよなぁ。どうしてそういうことが起きるんだろうか?」

そんな“問い”を立てて考えてみたんです。

その時に、今日の授業の様子を再度思い返してみつつ、若手社員が一切意見を発しない組織の様子も(様々な事例について)思い返してみたんです。

そうして、ふと気が付きました。
その両者の間にある越えられない壁のようなモノの存在に。

それは、『心理的安全性』と呼ばれているモノでした。

今日の授業で見た学生さん達は、「授業はたくさん“失敗”をしていい場である」とか「正解の無い問題に取り組んでいるのがこの授業である」といった話を、この授業の中で幾度となく大人達から聞かされてこの授業に臨んでいるわけです。そして、事実、何をどのように考えて発信したとしても「誰かに怒られる」とか「大人から叱責される」という体験を一切しない状態でこの授業に参加しているわけです。

つまり、参加している学生さんたちにとっては「心理的に安全な状態である」という事が、言葉としても周囲にいる大人や他の学生達の態度からも、しっかり感じ取ることができた状態でここに存在している。それが、傍から見ていてもハッキリ感じ取ることができるんです。

片や、「若手社員が一切意見を発しない組織の様子」を思い返すと、そこにいる誰もが「心理的に非安全な状態である」と感じて、体を固くして頭も口も固くしてる様子をこれまでにたくさん見てきました。

当然のことながら、「心理的に非安全な状態の組織」においては、活発に意見が発信されることはありません。

ただ、「ウチは社内で対話してるんでコミュニケーションも円滑だしみんな仲良いんです」という話を聞くことはよくありました。でも、本当の意味で“対話的な関り”がされているケースはありませんでしたし、コミュニケーションが円滑に行われていることもありませんでした。ただ、組織の中で“パワー”を持つ人から見て“円滑なコミュニケーション”に感じるやり取りや“対話”だと思えるような会話がなされているケースが見てとれたことは結構あった気がしています。

更に言うと、その「心理的に非安全な状態」は、大抵が“それなりの長期間”をかけて醸成されてきたその組織特有の風土や文化によって出来上がっているモノだったりしますし、そういう組織には“そこ特有の高文脈文化”としてそれを内面化できた人達だけに通じるコミュニケーション技法や作法などが存在しているのが、これまでに見聞きした「心理的に非安全な状態の組織」に共通しているモノでした(もちろん、“それ”を内面化できていない人にとっては、やりづらさや生きづらさみたいなモノを感じる要因になっていたりするわけです)。

「一回しか教えないから。しっかり聞いてちゃんとメモ取れよ」

例えばこんなセリフを、先輩や上司から言われた経験が僕は何度もありました。過去働いてきた様々な職場で、全然別の人達なはずなのに、なぜか同じような言葉を何度も言われた経験があるんです。

もちろん、その度にビビりながら「やべー」と思いながら、話を聞いてメモも取ったはずなのに、いざ教わった仕事をやろうとするとどうしても思い出せなかったり、わからなくなるところがあったりして、恐る恐る教えてくれた人に聞きに行き、案の定めちゃめちゃに怒られる。そんなことがたくさんありました。

そして、こんな僕がした体験と同じような話を、今のこの時代にも耳にすることがまだまだあったりするわけです。

こんなにわかりやすい「心理的に非安全な状態」ばかりならまだ対処もしやすいかもしれないけど、もっと細かく注意をしていないとうっかりスルーされてしまう「心理的に非安全な状態」なんてものも組織の中にはたくさんあったりするので、なかなか厄介なんだよなぁ。

なんてことを考えつつ、「心理的安全性がもっともっと広まって行ったらいいのになぁ」なんてことも考えながら、学校を後にして組織開発で関わらせてもらっているパートナー企業へと車を走らせました。

その企業では、対話型ミーティングを実施しました。この取り組みを行う狙いはたくさんあるんですが、その最たるものとしてこんなことを掲げています。

「対話の実践によって、円滑なコミュニケーションと傾聴を体感し、心理的安全性を実感しながらその醸成を行う」というものです。

そこからの帰り道では、「心理的安全性を広めるためにも、自分達がこの取り組みを継続していく必要があるよね」なんて話を仲間としつつ、実際に目の前で繰り広げられた対話の中での様々な出来事を振り返っていました。

やっぱり、しっかりと実践される“対話”が生み出す効果は、自分達の想像を軽々と越えてくるんだなぁということを、今日一日を振り返ってしみじみ味わいながらそろそろ寝ようと思います。おやすみなさい。



あかね

株式会社プロタゴワークス

https://www.protagoworks.com/

#ビジネス #仕事 #群馬 #高崎 #対話 #組織開発 #人材開発 #外部メンター #主役から主人公へ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?