臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【最終話】
夢のような時間が。
憧れていた生活が終わりを迎えようとしている。
いや、自ら終わらせようとしているのだ。
情けない話だが、私には向いていなかった。
笑っていただきたい。
約一年と半年の沖縄での生活、ついぞ仲間も友人も出来なかった。
作ることが出来なかった。
どうしても歩み寄ることが出来ない。
居酒屋で偶然居合わせた人々と同席することはあっても、「また飲みましょう」が実現することは無かった。
ビーチで焼いていた時に隣になった方の、「また一緒に」も実現出来なかった。
一時的なコミュニケーションは問題無いと自分では思っている。
あくまでも自分ではだ。
これでも元営業であり、支店長も務めていた。
仕事とは違うのだということを理解した。
馴染もうと努力をしたのか。
違う、努力の仕方がわからない。
転進ではなく、完全なる撤退だ。
一人の時間が辛いわけではない。
むしろ好んで一人の時間を過ごす。
一人の時間を楽しむ術も心得ている。
だが、この虚しさは押し寄せてくる。
リゾート地である沖縄の空気がそうさせるのか。
違う、沖縄のせいにしようとしている。
断じて違う。
沖縄は、沖縄の人々は私を迎えようとしてくれた。
私が一歩を踏み出すことが出来なかったのだ。
この一歩を踏み出すことが出来れば、沖縄での生活は違うものとなっていただろう。
もっと大声で笑っていたことだろう。
今日は二月某日。
少し歩けば汗ばむ気温ではあるが、この生活に入ってから二度目の沖縄の冬は胸の内に寒風が吹いた。
私が沖縄を好きなことはこれからも変わらない。
恋しくなればすぐにでも訪れるだろう。
馴染みの店も出来た。
美味い店も回るだけ回った。
心が落ち着く、いつまでも時間を溶かすことが出来る場所も出来た。
楽しかった。
本当に楽しかった。
一年半という期間はこれほどまでに刹那的であったか。
仕事を退職し、沖縄に降り立った日の纏わり付くような排気ガスの匂いを含む湿度を帯びた熱気。
肌を焦がす真っ白な光線。
青空が美しかった。
浮かぶ雲すらも南国を演出していた。
何年振りかに海を泳いだ。
美しい海だ。
「何故離島には行かないの?」
本島が好きなのだ。
いや、そうだな。
石垣や宮古は一度行ってみよう。
皆が言うのだ、それほど素晴らしい海なのだろう。
賑やかな夜も好きだった。
居酒屋に行けば誰かと話をした。
沢山笑った。
朝まで飲んでホテルに帰ることも少なくはなかった。
なんだかんだで楽しかった、沖縄の人も優しくて温かかった。
もうすぐこの生活は終わる。
自ら幕を下ろす。
私が逃げ続けてきた感情と、心の奥深くに隠したもの。
それらと向き合う機会と、向き合うための力を与えてくれた。
強烈な陽光は凍りついていた心を溶かし、真っ暗な闇の中に迷い込んでいた幼い頃の私の気持ちを照らしてくれた。
沖縄という地は私にはやはり特別なのだと思う。
あと一ヶ月。
感謝しかない。
馴染みの店に挨拶に行こう。
出会った人々に会いに行こう。
またすぐに来るけれども。
どうしようもなく寂しさが溢れている。
やっぱり帰るのをやめようか。
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