『どうしてこれが分からないんだ』
僕は今アルバイトで塾の講師をしていて、主に中学生と高校生を教えているんだけど、授業で解説をしていると『なんでこれが分からんの?』と思ってしまうことがよくあるんだ。
そんなとき、ダメだと分かっていながらイライラしてしまうから、僕の体調や機嫌が良くない時は解説を少なめにするんだけど、どうしてこんなにも理解力が乏しいのかと不思議に思っているんだ。
ちなみに僕が働いている塾はそんなにレベルの高い塾じゃないからそもそもそんなに偏差値が高い子ばかりじゃないってことは前提なんだけどね。
特に、僕は英語と数学を教えているんだけど、信じられないくらい理解も遅いし、物覚えも悪い。
1分前に説明したことを覚えていないし、ほとんど答えに辿り着いているような問題の答えを導き出すことができない。
その出来の悪さに呆れそうになっていたんだけど、よくよく考えてみると彼らの脳と僕の脳は全然違うんだろうなと思うようになったんだ。
例えば、僕が教えている中高生はいわゆる思春期と言われる時期にいる子達で、その時期ではまだ一般的な成人男性ほどにワーキングメモリーが発達していないんじゃないかっていう説がある。
ワーキングメモリーっていうのはバッデリーっていう心理学者が提唱した『記憶』概念の一つなんだけど、いわば、外界から入ってきた情報を保持したり、既に長期記憶に内蔵された記憶を必要に応じて引っ張り出してくる役割をする記憶のことだ。
そもそも記憶というものが認知神経学的に研究され始めた初期には、記憶には3つのステップがあると想定されていたんだ。
まず、五感を通して脳内に取り入れられた情報は感覚記憶にの中に行くんだけど、ここには50m秒くらいしか保持できない。
五感を通して入ってきた情報って膨大だろ?だから、その中から必要なものとそうでないものを選り分けなければならないんだ。
そして、必要なものとして『注意』が向けられた情報はめでたく『短期記憶』という貯蔵庫に送られる。
昇格みたいなもんだね。
そして、この短期記憶では約30秒くらいかな、記憶を保持しておける。
そこから長期記憶に情報を送るためには、例えば、リハーサルといって何度も復唱してみたりする操作によって、大切な情報は晴れて長期記憶という半永久的に保持される貯蔵庫に移ることができる。
受験生なんてまさにそうだよね。英単語を覚えるためには何度も何度も繰り返し見て聞いてブツブツと繰り返すよね。
これは感覚記憶から長期記憶に送り込むための一連の過程なんだ。
ざっくり言うとこんな感じの記憶モデル(i.e., マルチストアモデル)をアトキンソンとシフリンっていう心理学者が提唱したんだけど、それに対してバッデリーが待ったをかけて2人が想定した『短期記憶』の代わりにワーキングメモリーってのを主張したんだね。
このワーキングメモリーはただの記憶貯蔵庫ではなくて、推論や学習においてもすごく重要な役割を果たしていると言われていて、IQとも関係していると言われているんだ。
最も一般的に用いられているIQ検査であるWAISの4項目の中にも『ワーキングメモリ』が入ってるよね。
それくらいワーキングメモリって学習において重要なものなんだ。
そのワーキングメモリが未発達な状態だとどうなるかというと、まず当然だけど新しい記憶を保持することが困難になり、さっき習ったことをすぐに忘れてしまうやすくなるよね。
特に中学の英語や数学はまだ覚えなければいけないことが多い。英語は暗記科目だと思っている生徒も少なくないし、そう教える教師もいるみたいだ(本当はそうじゃないんだけどね)。
まずそれが困難になるんだろうね。
さらに、これまでに蓄積してきた情報や記憶を適切に選び出して活用することができない。
だから、僕が教えている生徒たちも『なんか聞いたことある』『なんかこの前先生が言ってた!』とよく言っている。
みんなもそんな経験あるよね。
これはつまり、情報としては彼らの脳のどこかに残っているんだ。
ただ、それを適切に取り出すことができないんだ。
これもワーキングメモリーの役割だから、ワーキングメモリーが未発達であることが原因の一つとして考えられるよね。
今回はワーキングメモリにフォーカスしてみたけど、多分ワーキングメモリだけじゃない。
僕と彼らの脳内で異なる点は他にもたくさんあるんだと思う。
例えば、ある生徒は数学の図形問題が絶望的にできない。
いろんな図形が混在していて、それがしかもいろんな方向を向いているものだから、その中から必要な情報だけを整理して正しく抽出することができないんだ。
だからと言って、頭の中で図形を変形してみたりイメージすることもできない。
そういう子たちには『図形を一個ずつ取り出して書いてみ』と言うんだ。そして、辺の長さや角の大きさも綺麗に書いてみ流ように伝えるんだ。
そして、一つ一つきちんと図形を書くことができれば、基本的にどんな子でも解けるんだ。
つまり、彼らの出来の悪さは、一つには彼らの認知機能の発達具合によるものだろうから、それを責めるのってかわいそうなんだよね。
けど、それが分かんないと彼らの出来の悪さを非難してしまうことになるから、講師をする人は気をつけなければならない。
僕の塾は個別指導だからさまざまな子が来るんだけど、発達障害の子や、別の塾の先生が怖かったという子もくる。
その怖かった先生たちはそのことに気づいていないのかもしれないね。
『どうしてこれが分からないんだ。』
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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