マイ・フェア・レディ

娘(5歳)が、ママおばあちゃんにならないで、と泣きそうな声で言う。
ぜったいに、ぜったいに、ならないで。
私にも身に覚えがある。
親が年老いて、いつか自分を置いて死んでしまうということがどうしてもこわかった。
そのことを考えてはしくしく泣いて、眠れない夜を過ごしたりしていた。
太陽が燃えていることとか、富士山が噴火するかもしれないこととか、戦争が始まったらどうしようとか、数えきれない不安を持て余しては泣いていた。
実を言えば、いつか起きるかもしれない恐ろしい何かにおびえて泣きたくなる夜なんて大人になった今でもある。
誰かに「大丈夫だよ」って言ってほしくて布団にもぐって朝になる。
なので、娘の気持ちは痛いほどわかる。
その場しのぎでもいいから安心させてやりたい。

「ママは、おばあちゃんにはならないよ」
「でもみんないつかはおばあちゃんになるんでしょ?」
よくご存じ。そろそろ誤魔化しのきかないお年頃だ。
「でもママはならない」
「どうして?」
何と答えたらよいやら考えた。魔法だとか秘密の薬だとかなんとでも言えばよいのだけれどいまいち信憑性に欠ける。その程度の嘘ではもって1年がいいところだ。
何かこう、リアルを追求した決定的な答えが欲しい。
「おばあちゃんにならない人っているの」
娘が訊いた。
ほほう。そうきたか。おばあちゃんにならない人。


脳裏に一人浮かんだ。
スマホを使ってグーグル先生に写真を表示してもらう。
「見てごらん。この人おばあちゃんに見える?」
「見えない」
「なんと、ばーばーと同じくらいの年なんだよ」
つまり、ママはこの人と同じような具合で年を取る予定だから従っておばあちゃんにならない。と伝えると娘は心底安心した様子だった。安堵した娘を見て私も満足した。

さて、娘の魔法がとけるまで猶予は5年ほどだろうか。
その間にこのやさしい嘘を現実にするべく、私が目指すべくは、ラピュタに出てくるドーラから大地真央にシフトチェンジということに。
いささかハードルの高さがバベルクラスだけど。

また読みにきてくれたらそれでもう。