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つまり、コインとランドリー

月曜日の朝っていうのは、「月曜日の朝」っていうだけで難易度が上がるんだ。

幼稚園組はお荷物が多いし、小学生の長女は休日に謎の早起きをする癖(へき)があって、月曜日はそのツケでだいたい起きられない。
そんな事情で朝からバタバタするのが月曜日なんだけれど、さあいよいよ準備も佳境という段になって、ランドセルの物陰から発見される白いなにか。
つまり給食袋。エプロンが入った袋。クラスのみんなで使いまわす給食エプロンとお帽子とその袋。
私は感情の表出パターンがとても少なくて、だいたいの大き目の感情のときは叫んでしまう。
子たち、驚かせて申し訳ないんだけど、お母さんびっくりしちゃってもう反射的に叫んでしまって。

ねぇこれなに、とか、なんでここにあるの、とか、なんで出してないの、とか、出さないそれはつまり洗えない、とか、家の中を高速でぐるぐる歩き回って半笑いでわーわー叫んでいた。やだこわい。
幼稚園組はこういうときとても俊敏で、各々自分の荷物を大変速やかに用意していた。お箸、コップ、お手拭きタオル、体操服、検温、どんぐりバッグ(拾ったドングリを入れる)。はなまる。

とりあえず朝食を提供して、長女を送り出し、続いて幼稚園組を園へ。
この時の私は、わーわー言ったわりにまだ余裕だった。
だってまだ9時だし。コインランドリーへ行ってスイッチポンすれば1時間だし。給食には間に合うんだし。そう思っていた。

*

コインランドリーの表記を見て驚いた。
洗濯乾燥 / 800円 と書かれてある。
そんな馬鹿な。この薄っぺらい給食エプロンとお帽子だけで800円とかそんな事態ある??
シーツやお布団ならいざ知らず、本来なら太陽光の下で一瞬で乾いてしまいそうなものに800円。
手を戦慄かせながらマシンへプリカを挿入。表示された残金は500円。
つまりチャージが必要で、プリカへのチャージは1000円ずつであり、それはつまり、ほとんど、いや完全に、1000円の出費だ。
この薄っぺらいエプロンとお帽子に、1000円。理解の範疇を超えている。
忘れん坊親子への代償としてはいささか高すぎる。

マシンには「乾燥 / 100円」とも書かれてあった。
では、自宅に戻って、洗濯を済ませたらここへ舞い戻って乾燥機だけお借りすることにしましょう。と心を立て直した。

*

ただ、自宅では絶賛、夫が回してくれた早朝からの洗濯物が乾燥されている最中であり、それを止めるのははばかられた。
あとどれくらいかしら、と音声ボタンを押すと「乾燥具合を見ています」と可憐な声。よかった。
あと少しで乾燥は終わりを告げるということだ。大人しく終了を待って、気持ちよく空になった洗濯機にこのエプロン達を放り込もう。そうしよう。
と思ったんだけど、待てど暮らせど終わらない。
乾燥具合をいったいいつまで見るんだろう。10時半を過ぎた頃、いよいよ、見切りをつけた。

余談だけれど、10時って朝だけど、11時って昼だ。
そのはざまの10時半って本当に油断ならない。
厳密に分刻みで考えると、10時30分はまだ朝だとして、10時55分は昼だろう。だから、10時40分はどちらかと言えば朝で、10時50分はどちらかと言えば昼だ。だから私たちは10時45分に神経をとがらせる必要があって、油断をしてはいけない。何故ならそこが時空のねじれを生むから。
なので、10時40分には「騙されないぞ」という強い心が試されると思っている。10時45分を茫漠と過ごしてしまうと突然降りかかる昼に動揺してしまうから、その手前10時40分では、ちゃんともうすぐ朝が終わることを意識していないといけない。
という余談。

*

10時40分。もう駄目だと洗濯機を強制停止させて、中身をほじりだす。
速やかにかつ丁寧に乾き具合をひとつひとつ確認して、生乾きのものはお外に干した。
そして、放り込むエプロン類。
時短コースで終了まで17分。時刻は11時前。
緊張が走る。

終了と同時に、先ほどのコインランドリーへ駈け込んで、スイッチポン。
あとは10分ここで大人しく待つだけ、と視線を隣にずらしてみたら少し小柄な洗濯機があった。

「洗濯 /400円 」

少なめの洗濯物はこちらへ、と書いてある。
がん。
これならば乾燥 / 100円 と合わせてもプリカの残金500円で完了できたんだ…と肩を落とした。
こういうのは慣れている。私は極端に注意力が散漫だから、こんなのいつものことだ。ショックだけれど、午前が無駄に溶けたけれど、嘆いたって聡明なおつむが手に入るわけじゃないんだし。
お行儀よく椅子に座って待っていたら、すらっとしたお姉さんが入ってきて、洗濯機の横にあったなにか小さな箱みたいな機械にお札を入れて、じゃらじゃらと出てきた小銭を片手に洗濯機へ向かった。
そして、その小銭をマシンに入れていた。

何度かお世話になったそのコインランドリーで、私はなぜか現金が使えないと思っていて、専用のプリカのみでしか支払いができないと思っていて、毎回1,000円をチャージしていた。なんでなんだろう、現金を使えないと思い込んでいた。
そのお姉さんの小銭を投入する背中を凝視してしまった。
どのマシンを見ても、ちゃんと小銭を入れる縦長の穴があった。どうして私はこれが今日の今日まで見えなかったんだろう。
コインランドリーなのにコインが使えないなんてことあるはずがなかったのに。プリカしか使えないなんてほとんど1000円だ、と嘆きながら自宅へハンドルを切った午前9時過ぎの私を捕まえて教えてあげたい。

500円で済んだし、なんなら小銭も使えるんだよって。

*

マシンの縦穴を眺めていたらあっという間に乾燥が終わって、エプロンもお帽子もカラカラになった。
せめても、ときれいにお畳みをして袋へ。アイロンがいらない素材なことが救いだった。

*

学校についたら、駐車場まで給食のにおいが溢れていた。
校庭にはどうやら1年生。たぶん「せいかつ」の授業だろう。飼育ケースを片手に、みんな小さく丸まっていた。
つまりセーフ。
偶然出くわした先生が「お届けしておきますね」とやさしく給食袋を回収してくださって、いよいよ任務は完了した。

11時45分。

*

帰りにローソンに滑り込んでハーゲンダッツを買って帰った。
食べながら、染み渡るっていこういうことを言うんだなと思った。

私以上に無駄足とか徒労とかそういう言葉が似合う人を、今のところ見たことがない。

また読みにきてくれたらそれでもう。