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エレベーターに向いていない

自分は普段、あまりエレベーターに乗りません。

基本的にエスカレーターか階段を使いますが、エスカレーターで立ち止まることがもどかしく思えてくるので、ほとんどの場合は階段の方に行きますね。

大阪は新世界のど真ん中にあるスパワールドは、8階建てのクソデカ温浴施設であり、うち4階と6階が大浴場ですが、エレベーターを横目に、ひとり隣の階段へと向かい、無心で歩いて上っていったりする。

普段から適度に足の運動をとか、健脚を保つために、というようなことを意識しているわけではなく、なんとなくエレベーターの中に入るというのが苦手なのです。

特に図書館のエレベーターなんて、天井に死体が隠されているかもしれないので……。というのは『名探偵コナン』の伝説のトラウマ回「図書館殺人事件」の内容なのでフィクションですが。

密室で上部と下部に何があるかよくわからんというのが怖い、というか、なんかイヤ。ちなみに「図書館殺人事件」はコナンの公式ユーチューブチャンネルで視聴できるので、当時の多くの良い子の視聴者にトラウマを植え付けた館長を視たい方はぜひ。

あと、密室の中で赤の他人と一緒というのもイヤだ。せいぜい数秒間だけのことではあるけど、無言で全く知らない人と顔を突き合わせるというのが、なんとも気まずい。

現代では大抵の人がスマホの画面に視線を落としているので幾分か気が楽だが、スマホ世代でないご老人とご一緒した時が気まずい。

ここで「今日はお日柄が好いですねえ」などと話を振るコミュ力をまさか持ち合わせているわけもなく、ただただスマホを弄るふりをしてうつむくばかり。スマホという逃避用のツールがあってさえこれである。陰キャには向いていない。

エアロスミスのヒット曲『エレベーター・ラブ(LOVE IN AN ELEVATOR)』の歌詞は、エレベーターの中で男女が恋に落ち、たちまち情事に……というような内容ですが、それくらいの陽キャになれば気楽なのかもしれない。

まあ、そんなことをしている会社員が現実にいるのかどうかは不明だし、かなり高層階まであるビルでないと難しいだろうが。

28階建ての梅田のピアスタワーなどでは、こっそりそのような密会が行われ、ネクタイの下のタワーがそそりたっ(自主規制)……。もしかして、グランフロント大阪のビジネス棟とかでも……。いや、やめておこう……。  

とりあえず、そんなカップルは現実に見かけたことがない。

電車内で堂々とイチャイチャできるバカップルであれど、エレベーターでは粛々と時を過ごしているはずである。いや、見かけないだけで、実際はあんなことやこんなことをしている輩もいらっしゃるのかもしれんが……。やめなさい。ホテルでやりなさい。

なぜか話が変な方向に逸れてしまいましたが、何がいいたいのかというと、電車やバスなどの交通機関に比べて、エレベーターというのは他人との距離が妙に近い。

同乗者がいて、自分がボタンの前にいたら、何階で下りるのか訊かなければならない。いや、なければならないというわけでもないだろうが、なんとなくこう、訊いておかないと気まずい。

そういえば、昭和時代のデパートにはエレベーターガールという仕事のお姉さんがいて、その人がボタンを押す役目を果たしていたらしいですが、今はエレベーターガールを見かけることはまずないですね。

正直、あの役目の人を付けてほしい。別にガールでなくてボーイでもいいし、おじいさんでもおばあさんでもいいので。10階だて以上の建物には標準でいてほしい。防犯にもなるだろうし。人件費の問題で雇いづらいのだろうか。

そんなこんなでエレベーターを避け続けていたのですが、先日、マンションのペンキを塗り替えるということで、一時的に階段が使えなくなり、3階に住んでいる自分は、否が応でもエレベーターを使わざるを得ないという事態になりました。

たかが3階なのにエレベーターを使うのは不本意である。めんどくさいので、かつて9階から飛び降りて生還した窪塚洋介さんをリスペクトし、ベランダから飛んで着地を決めてやろうかとも思いましたが、下は芝生ではなく駐車場だし、そもそも自分は窪塚さんではないので諦めました。

しぶしぶエレベーターに乗り込むと、さっそくご老人に鉢合わせた。しかし、このご老人、なんだか見覚えがある。

たまに飴をくれる、近所のおばあちゃんである。このマンションの住人だったとは知らなんだ。

会うたびに「こんにちは」と言われるが、一体いつから挨拶を交わす知り合いになったのかは全く覚えていない。そして、今回もまた飴をいただいた。ビニール袋に何個か包まれた飴たちを。

このおばあちゃん、いつどこで渡す機会が訪れてもいいように、常にビニール袋に入れて準備しているようなのである。

エレベーターが3階から1階へと降りるこのわずかな時間でさえ、さっと飴を取り出せる。熟練の技である。いったい何年この技を続けてきているのだろうか。

「一体いつからその技を習得されたのですか?」と質問してみたい衝動に駆られたのですが、やはりエレベーターからは一刻も早く出たいので、「お元気で」とだけ言って去りました。

「お元気で」は、ちょくちょく会う近所の人に言う挨拶ではないような気がしますが、陰キャがエレベーターに乗ると言語感覚がおかしくなるのです。

おばあちゃん、いつかまた会いましょう。ふつうに再来週くらいにまた会って飴をもらうような気がするけど。

サウナはたのしい。