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啜る

ーー橘雄一さん行方不明事件の続報です。今日未明、橘さんのものと思われる運動靴が発見されました……ーー

かちかちとザッピングをすると、どこもかしこも俺の話ばかりしている。専門家と称した禿げたおっさんが、我が物顔で俺の話をしている。昼下がり、暗く閉ざされた遮光カーテンの隙間から降り注ぐ、眩しすぎる太陽光が部屋を微かに色付ける。
「なあ、見てくれよ。俺が死んだことになってるんだ。お前が死んだのに、なあ」
彼の顔を優しく撫でると、彼は、にっこりと笑った、ように見えた。
俺の死体なんて出てくるはずもないのに、警察は総動員で、わざと落とした俺を証明するものたちを手がかりに、日夜問わず探している。そんなワイドショーを見ながら飲む酒は、格別なものだった。布団の上にある彼の頭を撫でると、ごろりと音を立てて転がった。ああ、勿体ない。彼を布団の上に戻そうと立ち上がると、よろよろと世界が揺らいだ。手のひらで掴んだ彼は、なんだか冷たく乾燥していた。彼の終わりも近いのだろう。ボサボサになった切り口にかけたラップが、剥がれかけている。固まった血液が、ポロポロと彼から離れ、転がった道筋を示している。
死の匂いがする。
彼を戻して、顔を覗く。口から腐敗の臭いがする。
「まったく臭いな……」
立膝をつき、すくと立った俺は、洗面台に向かう。手にコップと彼の歯ブラシを掴んで彼の元に戻る。
「一人で歯磨きもできねえんだもんな、お前は」
オレンジ色の歯ブラシを、彼の口にねじ込む。シャコシャコと歯ブラシを動かすと、腐った口内が混ざってぐちゃぐちゃになっていく感覚が手に伝わってくる。歯ブラシを抜き取ると、茶色くなっていた。実に滑稽である。スキンを手に取って己のペニスに装着する。これが最期だろうか。ぬぷぬぷと彼の口の中に挿入すると、彼の口内は既にオナホールと化していた。
「くっ……っ……」
ずろろ、ずろろと何度も何度も上下する。もう壊れているのだから、今まででは到底叶わなかったようなことだってもちろん可能なのである。身体を上下に揺する度に、彼の鼻が陰嚢にぶつかる。俺の体液と彼の体液が混ざり合う。何度か鼻を押しつぶすと、ぐにょりと崩れるのを感じた。その刺激で俺は呆気なく吐精した。
「はぁっ……あっは、っ……なんだこれ」
彼の壊れた口内から抜き取ると、スキンは茶色く穢れていた。愛した男の顔の上に跨ってあんあん喘いでいたことを思うとおかしくてたまらない。吐精後の脱力感なんてそっちのけで、目も当てられないような形になった彼を見てあはあは笑った。
「お前俺の金玉に負けてんの、情けねえの」
使用済みのスキンから、己の精液を彼の口に渡す。茶色の液がこぽこぽしている所にどろりと白濁が乗っかる。
「コーヒーゼリーみてえだな。こりゃあ」
それがなんだかとっても美味そうに見えたので、彼の唇を啜ってみる。ずるずると啜る。苦酸っぱい味が口内を侵食し、吐き気がする。彼を喰らいながら彼の口内に吐き散らかす。酒とそれらが混ざったものが吐き出され、それをまた啜る。その繰り返しだ。歯のようなものが口内にたどり着けばラッキーである。俺はジャリジャリと砂糖菓子でも噛むように味わって、飲み込んで、また彼の口に吐いた。異様なやり取りを続けていると、鼻や切り口から汁がぶしゅぶしゅ溢れてくる。彼が汚物になった時、俺もまた汚物になったのだ。彼の放つ死の匂いの中、俺もまた朽ちていくのだ。
彼を食べきって1週間が過ぎた。もう思うこともない。最期くらい彼と同じになって、彼と一緒にこのアパートのシミになるのが本望なのである。

丸まるようにして、俺は彼を啜り続けた。

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