アメリカはなぜ“米国”と表記されるのか、その理由(#67)
写真はメリケンサックである。
あまり聞き慣れないない単語だが、それもそのはず日用品ではないからだ。
カイザーナックルともナックルダスターとも呼ばれる当商品の本名はBrass knuclesといい、Brass=真鍮 knuckles=指関節、“拳骨”を意味する、殴るための武器である。
拳にはめて殴ったときの攻撃力を高まる、喧嘩や抗争に使われたものだ。
喧嘩なんてどの国でも起こり得るものだから、それが海外由来であってもいいのだが、この武器を“メリケンサック”と呼ぶのは日本だけだろう。
なぜか?
カタカナという以前に、和製英語だからだ。
まずサックについて。
サックは英語でsackと書き、意味は袋だ。
指サックをイメージしてほしい。
紙を一枚一枚数える際に年配者などがよく使用するあれだ。
おそらくメリケンサックのサックは指サックと同じく“指を入れる行為、道具”から連想されたと推測している。
(そもそも指サックが和製英語で英語ではfinger cotと呼ばれている)
そしてメリケン。
メリケンは所有格のAmericanを置き換えたものだ。
だったらアメリカンサックで良かったのでは?、そのように思わなかっただろうか。
英語は単語にストレスをかけて発音される言語だ。
おそらく日本語の発音に慣れた耳でアメリカ英語の「ァメリケァン」を聞き取ったとき「A」の音が聞きとれなかったのかもしれない。
また英語の母音は日本語のa(あ)とe(え)ほどイコールでなく日本語の母音に慣れていたら、そのどちらともいえない曖昧な感じに聞こえる。
同じくAmericanのcanがケンと聞こえたのだと思う。
話が逸れたように感じたかもしれないが、実はここにアメリカが日本で「米国」と表記されるヒントが隠されている。
USAは米国にも美国にもなる〜中国語との相関性から
ところで同じ漢字圏の中国ではアメリカはどのように呼ばれているかご存知だろうか。
中国語でアメリカをしっかり書くと「亚美利加」であり、USA(アメリカ合衆国)は「美利坚合众国」だ。
そして一般的には「美国」と呼ばれる。
方や日本では「米国」だ。
「美しい国」と「米の国」…なぜすれ違ったのだろう?
実は明治以降外来語を中国語同様漢字表記してきた。
現在こそ外来語はカタカナで表現されているが、日本ではアメリカを「亜米利加」と表したといわれている。
そして両国共通して日本語の音にして「メ」に該当する部分がピックアップされている。
それはストレスが加わっている音「me」だ。
ではなぜ中国語と日本語で「美国」と「米国」とに分かれたのだろうか。
これは中国語と日本語の発音の違いで、中国語の「美」は「mei3」(※数字は声調を意味する、つまり第三声の発音)で、敢えてカタカナを当てるなら「メィ」だ。
もし「米」を中国語読みした場合「mi3」で、カタカナを当てるなら「ミィ」となり、日本語のような「メ」の音とは明らかに異なってしまう。
こうして二国間でアメリカは異なる漢字表現が用いられるようになったのである。
イギリスと英国が同じ国なワケ
しかしUKは中国語、日本語とも「英国」なのである。
なぜだろう?
そしてそもそもなぜ日本ではUKを「イギリス」と呼称しているのだろうか。
ちなみに“イギリス”も日本でしか通じない言葉だ。
中国語ではEnglandを中国語の音に当てた「英格兰(ying1 ge2 lan2)」、Britianに寄せた「不列颠(bu4 lie4 dian1)」などがあるが、いわゆる「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」の総称として「英国(ying1 guo2)」と呼ばれている。
日本語での英国も中国語での表現も同じ発想だ。
ただし、日本は室町時代から江戸時代初期に行われていた南蛮貿易から江戸時代の鎖国を経る中で、ポルトガル語とオランダ語の影響を受けているという。
補足だが、南蛮貿易は主にボルトガルと貿易をし、キリスト教や鉄砲が伝来するきっかけとなった。
江戸時代になって鎖国されてからは朝鮮・中国(明朝と後の清朝)、オランダとのみ交易が行われる。
ポルトガル語のInglezは日本語でいう「イングランド」を指すだけに留まらず、連合王国を含む意味で使用されていた。
カタカナを当てると“イングレス”となる。
鎖国後はオランダ語のengelsch, engels由来して“エゲレス”と呼ばれたりもした。
幕末からは漢字が当てられ、英吉利、Great Britianを漢字化した“大不列顛”と呼ばれたりする。
幕末以降は中国語表現とほとんど同じだ。
エゲレスをローマ字にするとegeresuで、eをiに置き換えるとigirisuとなり、今現在親しまれている「イギリス」となるのがわかる。
その理由は定かではないが、ポルトガル語由来の表現に加え、英語でenglishやenglandなどの頭文字の“e”が日本語の“イ”に近い発音だったのも“イギリス”となった理由にあるのではないかと推察している。
そもそもドイツってどこ?
ある日、訪日観光客と話す機会があり「Where are you from?」と尋ねたことがある。
ごく一般的な会話の切り口だ。
彼は「Germany」と応えた。
Germanyは初歩的な英単語だが、一瞬どこか忘れてしまった。
なんとか“ジャーマニー”が「ドイツ」だと思い出したが、どうして頭の中で「ドイツ」をGermanyと置き換えるなんて煩わしい作業を必要とさせたのかという苛立ちとともにそもそも「ドイツ」って何だという疑問が沸々と湧いた。
外務省HPでもFederal Republic of Germanyはドイツ連邦共和国と日本語表記されている。
ではドイツは一体どこから来ているのか。
ドイツ語での国名は“Bundesrepublik Deutschland”であり、英語のGermanyに相当する部分がDeutschlandになる。
このDeutschlandはカタカナの“ドイチュラント”に近い発音で、この“ドイチュ”の部分に漢字を当てた際、「独逸」や「独乙」となった。
ちなみに中国語では「德意志联邦共和国」で“联邦共和国”は連邦共和国の簡体字表現で意味は同じで、“德意志(de1 yi4 shi4)”で敢えてカタカナ表記すれば「デイシュ」で日本語の「ドイツ」と語源は同じだ。
そして一般的には「德国」と呼ばれている。
考えてみればオランダも英語の正式名称は「Kingdom of the Netherlands」だし、日本語の“オランダ”も俗称のHollandのポルトガル語“Holanda”由来で、日本でイギリスという名称が定着した成り立ちと同じだ。
(尚、オランダ政府は現在俗称のHollandの使用を廃止し、ネーデルラントの使用を推奨しているものの、“オランダ”は日本語として定着しているので変更を求めないとしているそうだ)
外来語を漢字やカタカナに当てるにしても英語とその国の言語で開きがあるとこのように馴染む名称に開きが出るのだと痛感させられる。
しかしよくよく考えてみたら、韓国もKoreaも“高麗”の音から来ているものだし、中国もChinaで、“秦”の音から来ているものだし、日本(Nippon)もJapanだ。
たとえばItaliaとItalyのように英語と親しければカタカナになろうとも気にならないが、そうでない場合、あまりに馴染んでいるため注意が必要かもしれない。
まとめ
ざっと思い浮かんだだけでも結構な数の国名があった。
たとえば香港も英語表記でHongKong(ホンコン)だが、中国語ではXianggang(Xiang1gang1・シャンガン)だ。
北京は日本で「ペキン」と認知されているがBeijing (Bei1jing1・ベイジン)と英語表記されるのが一般的だ。
厦門もXiamenなはずなのにAmoi(アモイ)と使われたりする。
このあたりは日本が宣教師の影響でポルトガル語由来の言葉があるように歴史の影響を受けている。
中国語の標準語は中国語で「普通話」と呼ばれているが、これを英語表記すると“Mandarin Chinese”となり、清王朝代の満州族の言葉となり、どこか歪な感じが残っている。
少し前にロシアとウクライナが開戦した後に、ウクライナの都市名がウクライナ政府の要請により、表記が変わった。
たとえば首都がキエフからキーウへとなったように。
いずれもロシア語の表記に近い旧名称からウクライナ語に近い新名称となったかたちだ。
こうしてみるとただ英語圏の世界が広がっていただけで、愛称のようなものは歴史の影響を絶妙に受けて今に至っているのがわかる。
それを良しとするのか否とするのかはわからないが、そんな今残るものを遡ると今残る不思議にも自然と合点が行く。
そんな不思議をこれからも追いかけていきたいと思う。
おまけ
漢検 漢字博物館・図書館 (京都府京都市)
漢検 漢字博物館・図書館は2016年京都・祇園でオープンした漢字に特化したミュージアムだ。
そのコンセプトは「京都で 見て 触れて 遊んで 漢字の魅力 大発見」で、見るこののみならず触れて遊ぶという体験型ミュージアムである。
本稿と直接関係はないかもしれないが、同じように現在使用されている漢字で新しい発見ができるかもしれない。
中国文字博物館(中国・河南省安陽市)
中国河南省安陽市にある中国文字博物館はその名の通り中国の文字の歴史を扱う博物館である。
漢字の元は甲骨文字で、発展の歴史、少数民族の文字、はてや世界の文字まで広く文字について触れられる場所だ。
その他:書道博物館(東京都台東区)
中国には北京の故宮には漢字館があったり、山西省普城市には中華字典博物館という字典編纂の歴史などを扱った場所もある。
漢字を深掘りしたいなら中国まで訊ねたり、日本で行われる企画展をチェックしてみると面白いかもしれない。
また「書道」を訊ねてみる手もある。
東京・台東区には区立書道博物館があり、一般的に想像される「紙に書かれるもの」に留まらず、書法や文字の歴史について触れることができるのでおすすめだ。
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