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two face

このイラストは、みんなのフォトギャラリーから使わせてもらっています。ありがとうございます。

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 土曜の夕方と言うこともあって通りはにぎやかだった。浴衣姿とそれに合わせたマスク。中には和柄のフェイスガードをしている人もいた。そんな人たちが行きかう中に、こちらに駆け寄ってくる女の子が見える。多分あの子だ。俺は手を振ってみせる。

「遅くなってごめんなさい。沢木さんですか?」

 マッチングアプリを通じて何度かやり取りをしている女の子の有彩ちゃん。プロフ画像で見るよりも美人だった。肌もきれい。いや、化粧フェイスガードだからか? それにマスクをしているから、顔の全体がわからない。

「こんにちは。全然待ってないよ」

 かくいう俺も美白タイプのものを付けている。一昔前はこんなファッションなんて考えもしなかっただろう。特に急速な進化を見せたのがフェイスガード。昔のダサいプラスチックの覆いなんかではなく、シリコンなど組み合わせて作った肌に密着するタイプが今の主流だ。つけたままでも会話はできるし飯も食える。表情は少し作りづらいけど。

「じゃあ、行こっか」
「はい」

 隣を歩いているとき、俺のイケナイ視線が彼女の胸を捉える。恐らく、これは。

「エネルギッシュのE……」
「エネルギッシュ?」

 いけない。うっかり声に出てしまった。

「ああ、いや。熱くなってきたからエネルギーというかスタミナ付けないとなーって。あはは」
「そうですね。夏バテしちゃいますね」
「そうだよー。あ、それより今日花火上がるみたいだよねー」

 初デートでいきなりやらかすところだった。危ない危ない。話をすーっと逸らしながら、俺たちは予約した店に向かっていた。

 店はネットで調べて選んだ。内装がおしゃれで、いかにも女子受けしそうなバルである。しかも、観覧車があるビルに入っているからこの後のデートにもぴったりだ。

 飲み物を頼むとすぐに店員が持ってきた。ビールを受け取り、レモンサワーを有彩に渡す。マスクを外してジョッキを持つ。そこで俺は固まってしまった。有彩のマスクの下が露わになったのだ。想像を超える、美人。

「どうかしました?」

 小首をかしげてそう言われ、我に返った。

「いやあ、なんでも。乾杯しよっか」

 乾杯した後、メニューを見ながら二人で頼むものを決めた。その間は「雰囲気いいですよね」だとか「おしゃれだよね」とか店の感想を言う程度で、お互いそれ以上言葉が出なかった。美人と一対一で何を話せばいいんだよ。自分の経験値を恨んだ。話題出せよ、俺。やっと会話らしい会話が始まったのは、注文したカプレーゼと鶏レバーのパテが来てからだった。

「地元はこの辺りなんですか?」

 ありがとう有彩ちゃん。それに比べて俺ときたら、情けねえ。

「うん、そうそう。有彩ちゃんは?」
「私は就職でこっちに。沢木さんはこの辺りが地元ってことは、ご実家暮らしなんですか?」
「いや、一人暮らし」
「すごい。ご飯は自炊ですか?」
「それがさ、だいたいコンビニか外食で済ませちゃうんだよねえ。あはは」

 気を遣わせちゃってるのかな。意外とぐいぐい質問してくる子だ。

「お仕事、大変なんですね。今日も出勤されてたって言ってたし」
「ただの営業だよー。土曜出勤は月一くらい」

 それにしてもなんだか、お見合いっぽいなと思う。マッチングアプリではもっと盛り上がったような気がするけど。アプリで俺、何の話してたっけ。映画の話は別の女の子だったろうか。こういう時に限って思い出せない。

「有彩ちゃんも一人暮らしなんでしょ? 家で料理とかするの?」
「そうですね、大したものは作ってませんが」
「でも偉いよ。いいお嫁さんになれるね」

 さっと彼女の顔が暗くなる。まずい。地雷を踏んだか。

「だといいんですけどね。年齢的にもそろそろだし」

 そうか、女性はもう結婚を考えるのか。有彩は確か26歳。26歳なんて、大学卒業してから4年しか経っていないのに。結婚なんて考えたことがなかった。29歳になった今でも。俺とはあまり縁がないものだと思っている。

「ごめんなさい、なんか重いこと言って」
「ああ、別にいいんだよ。気にしないで」
「沢木さんは結婚願望とかあるんですか?」

 言葉に詰まる。何か上手い返しはないだろうか。いきなり結婚前提で付き合うなんて、正直だる過ぎる。かといって目の前の美人をこのまま放っておいていいのか? 付き合えるチャンスをみすみす逃してしまってもいいのか? いや、そんなわけにはいかない。

「正直、結婚について真剣に考えたことはないんだ。恥ずかしながら」

 有彩の顔がこわばったように見えたが、気にせず続ける。

「でも、その人と一緒にいていいなと思った先に、結婚があるんじゃないかな。なんて」

 言った後に思った。恥っっっずかし。この空気どうしよ。あんまりこういう感じは想定してなかった。

「なんか、真面目な話になっちゃったね。ごめん。そうそう、この後観覧車乗りに行こうよ」

 慌ててフォローを入れると、有彩は首を横に振った。

「ううん、こちらこそ変な話しちゃってすみません。沢木さんって、ロマンチストなんですね」

 有彩の口角が上がり、目をわずかに細める。フェイスガードを付けているのにきれいな微笑みで、思わず照れた。お互い緊張がほぐれたのか、趣味の話や最近見たネット動画の話で盛り上がって、あっという間に時間が過ぎた。


 観覧車乗り場に行くとまあまあ混んでいたが並べないこともなかった。出番が回ってきて乗り込むと、観覧車はゆっくり動き始めた。昇っていくゴンドラと一緒に気持ちが昂る。時間は15分。キスをするならここしかない。

「有彩ちゃんって、かわいいよね」

 ゴンドラ内に青や紫や緑の妖しい光が差しこむ。それでも夜は濃く、顔はあまり見えない。かえってそれが良かった。

「えっ」

 有彩は下を向いてしまった。ストレート過ぎたか?

「そんなこと、ないです」

 まんざらでもない様子だった。これはもしや、行けるか? 心臓が痛いほどバクバクする。

「可愛いよ。すごく」

 有彩にキスをしようとすると、縮こまってしまった。やっぱりだめか。ゲームセットなのか。

「嫌、かな」
「嫌じゃ、ないです」

 っしゃおらあああ!! 全俺が歓喜に沸いた!! でも落ち着け。ここはクールに。焦るんじゃあないぜ、俺。ゆっくり、そっと、唇にキスをして……と、シリコンの硬質な感触が伝わってちょっとがっかりした。これじゃあフェイスガードにキスしているみたいだ。

「今だけ、はずそっか」

 有彩は頷く。薄暗い中フェイスガードを外す。こんなところ見られたら恥ずかしい。でも、その背徳感もまた気持ちを高揚させた。

 呼吸を整え、顔を上げる。瞬間、花火が上がった。ぱっと光が差し込んで一瞬だけ見えた、知らない顔。先ほどの有彩の顔とは、まったく別人のものだった。

 美顔フェイスマスク。そういえばAVサイトの広告に精力剤と一緒に並んでいたのを見たことがある。でたらめだとは思っていたが、なるほど、実際に使われると騙されるものだ。近くにいたとしても、薄暗かったりすれば見抜けない。

「見て、花火だ!」

 とっさに言った。素顔の有彩は戸惑いながらも一緒に窓を見る。

「えっ、あっ、ほんとだ」
「花火、きれーだね」
「うん、そうだね」

 観覧車が下っていく。降りる準備をしなければ。

「あ、フェイスガードつけなきゃ」
「あ、うん」

 もたもたしていると白い目で見られる。いまどき外でフェイスガードを外すなんて、服を脱ぐみたいなものだ。

 ゴンドラから降りた後のことは、あまり記憶にない。ただ別れ際に「帰りは気を付けてね」とかなんとか言ってそそくさと帰ったのは覚えている。全く、こんなことになるなんて思いもよらなかった。後日このことを会社の同僚に酒の席で話したら、一カ月以上からかわれた。

お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!