アンモナイトは人をあざむく
<ムービージュークボックス27>
ぞわっとするサイコスリラー「アンモナイトの目覚めAmmonite(2020)」1840年代の実在の古生物学者メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)に、
インスパイアされた映画
サイコスリラーと言っても、異常な人間が必ず登場するとは限らない。
金持ち夫婦が、小さな化石のお土産屋に訪れる。1840年ごろの話。
夫は、これから半年間の考古学ツアーに出かけると言う。
妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)は、うつ病にかかっている。
旅行には連れて行けないので、面倒見てほしい。もちろん、たくさんお金を払う。
うつ病には、気分転換が治療になるので、化石発掘にでも付き合わせてくれればいいとも言った。
たまにしか客が来ない。化石の土産物屋にとっては、望外の礼金だった。母親が
用意する具の少ない、さ薄いシチューともお別れだと思った。
清貧メアリーは、お金より石に縁があった。彼女が11歳のとき、ジュラ紀の海竜の化石を発見し、現在は大英博物館に所蔵。知る人ぞ知る化石研究家でもあった。
濃厚なシチューと、シャーロットの病気治療のための、化石探索を行なった。
しかし、シャーロットは、ひな鳥が親鳥の飛び方を本能的に覚えるように、
化石発掘の目のつけどころを、容易に理解する利発さがあった。
また、向こう見ずの性格でもあった。以前、医者に泳ぎを勧められからと言って、冬の海に飛び込んで、肺炎にかかった。
本当にうつ病なのかと、疑いたくなった。
うつ病の快方はともかく、メアリーの心のこもった看病のおかげで、シャーロットは、肺炎から驚異的に快復した。ふたりの距離がじょじょに縮まった。
ある日の化石探索で、メアリーが少女時代に発見した同種の魚竜の化石を、
シャーロットが偶然発見。このことが、ふたりをさらに近づけることになった。
男の世界だと嫌って考古学会に入らず、人との付き合いを避け、石を相手にずっと暮らしてきたメアリーにとって、シャーロットは、冬の日の温かいココアのようだった。
いまや、メアリーの日記は、ラブレターになっていた:
私はひとりぽっち
その人は夢の中で
私を想い、愛してくれる
ぴくりと目覚めると
愛は消えて
私はひとりで泣いている
そんなとき、考古学ツアーから戻った夫から妻に帰るよう手紙が来た。
メアリーに冷たい夜が、また戻ってきた。
1ヶ月が、1年に感じた時、シャーロットからの手紙を受け取った。
メアリーは、封筒に口づけして、震える手で開封した。
心ゆくまで滞在してほしいと書いてあったが、夫のいるシャーロットの家には数日しか滞在できないだろう。大英博物館に飾られているはずの自分の発見した化石を見届けようと思った。
シャーロットの家に着いた。召使いがいるとても大きな邸宅。彼女は、資産家のようだった。
1階の応接室には、シャーロットが発見した魚竜の化石が、ガラスケースに入れて飾られていた。
しばらくして、シャーロットが現れ、召使いの目もはばからず、ふたりは熱い抱擁をした。
メアリーは、シャーロットの夫の存在が気になった。「夫はいないわ」離婚したのか、シャーロットに聞かなかった。
メアリーの部屋を案内してくれたが、クロゼットまで完備された居住用の部屋だった。2人の部屋が鍵付きのドアでつながっているとも言った。「ここで、心ゆくまで、化石の研究をしてほしいの」とシャーロットが言った。
メアリーは少し取り乱しながら「私をカゴの鳥にするの。私は自由に化石を探しに行きたい。ここでは出来ない」と言って、シャーロットに背を向けた。
メアリーは、大英博物館に行きながら考えてみる。シャーロットが化石を発見して、手入れが終わる数週間後に、都合よく化石の買取業者が現れたこと。どこでどうしたのか、その化石を彼女が買取り、応接室にあること。あるいは、シャーロットをメアリーに近づける役割を果たした彼女の夫と称する男は邸宅にはいなかった。そして、彼女の利発さ、勝ち気さ、うつ病患者には認められない性向があった。
仮病で近づき、親しくなり、メアリーの化石研究と収集品を手に入れる。
出会いからすべてが、仕組まれていたと考えると、腑に落ちる。
いや、でも、シャーロットが、自分を手玉に取っていたとは考えたくない。あの熱い抱擁に、嘘いつわりはなかったと、メアリーは信じたいと思った。
メアリーは、大英博物館に着いた。自分が、発見した魚竜化石の展示ケースの前に立っていた。発見者メアリーの名前ではなく、寄贈者の名前になっていたのを、少し苦い思いで見た。
ふと、目を上げると、笑顔を浮かべたシャーロットが、メアリーそっくりの服装をして、展示ケースをはさんで立っていた。
メアリーは、声にならない叫びを上げた。そして、体毛がすべて逆立つのを覚えた。
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