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心死から復活するということ〜救世主なんて居ない〜

精神を壊してだいぶたつ、もう30年くらい精神科に通っている
そもそも精神を壊したのがいつなのかよくわからない
きっかけ?そんなものない
幼少期から相当、つまずいていた
幼稚園の時から完全につまずいていた
幼稚園に行けないと言ってるのに母は無理やり私を連れて行った
幼稚園に到着すると吐き気がしてきて
朝の朝礼のような時間に、自分の机の上に盛大にゲロを吐いた
しかも毎日
それが続いて、しばらくすると身体中に大きな水ぶくれができた
病院に行っても原因不明と言われ
注射器で一つずつ、水ぶくれに針を刺して水を吸い取って抜かれた

そのうち髪の毛が抜けた
小学校に上がる前、母は幼稚園の先生からこう言われたそうだ
「娘さんは普通の小学校が難しいと思います。養護施設をお考えになったほうが」
母はその忠告を無視して私を一般の小学校に入学させた

小学校も地獄だった
給食が食べられず、クラスメイトとも打ち解けられず
学校は恐怖だったし人も怖かった
絵を描くことだけが得意だったので何度か表彰されたけれど
それが何かの救いにはならなかった

社会に出てもすぐに仕事に行けなくなった
朝起きても仕事したくない=行かない
がんばって慣れようとか、働かないとお金がないとか、そういうことは考えられなかった
行きたくないイコール行かないなのだ
そこには他の理由や事情なんてものは挟まらない
行きたくないから行かない
仕事は1日でやめたり、3日でやめたり、せいぜい長くても3ヶ月〜半年だった
職を転々とした
その数たぶん30以上
正社員にはなれなかったのでバイトばかり
時には体を売ったりもした
お金がなかったので手っ取り早くお金を得るには日雇いの風俗に行くのが早かったそれ以外の方法を知らなかった
薬物にも手を染めた
お酒の飲んでは泥酔して記憶を無くした

本当に生きていくのに向いて無かった
生まれてきたけど生きるのに向いてない人もいるのだ
それから、なんとなく出会って付き合うことになった男性との間に思いがけず突然子供ができた
相手は13歳年上だった
その人が最初の夫になり、結婚した
でもその時の私はまだ20歳だった
私は「子育て中の専業主婦」という立派な肩書きを得た

しばらくなんとかやり過ごしたが、自分には子育てもあまりできなかった
子供と遊ぶことはできるけど、途中で嫌になってきた
夫と子供を残して家を飛び出した
気が狂いそうだったのだ

そのまま一人暮らしを始めた
幸い運良く、その頃父親が死んだおかげで莫大な遺産が入って
たいして働かなくても暮らせるようになった
仕事は向いてない
だからこれは自分的には本当にラッキーなことだった
遺産を食い潰しながら遊んで暮らした
たまに娘に会った
娘はいつも良い子だった
家を飛び出した母親を嫌うこともなく、ぐれることもなく、素直に優しく育った

そうこうしているうちにまた新しい彼ができた
その彼は同い年だけどとても優しい人だった
そして、月日が流れてずーっと一緒にいてくれたその彼と結婚した

私が精神がめちゃくちゃになって突然暴れても泣き叫んでも
彼は私を支えてくれた
献身的に守り、生活のすべてを支えてくれた
父親の遺産が尽きても彼は居なくならなかったし
ずっと私を愛してくれた
その彼と2度目の結婚をした
今も一緒に生きている
もう20年も共に過ごしている
彼がいなかったら、自分はとっくにのたれ死んでいるだろう

私は生まれてきたけれど、うまく生きられない
精神科に入院したこともあった
その時に検査をされてわかったことは
自閉スペクトラム症だということ
IQが84の境界知能だということ
双極性障害だということ
この3つだった

今も治療している
そしてなんとか生きている
娘は成人して立派な大人になって、親がこんなだったからか
やたら自立したしっかり者になり
良い大学を出て良い会社に就職し、営業成績がトップで
今は海外で働いて暮らしている
多分わたしのダメな部分は何一つ遺伝しなかったのだろう
トンビが鷹を産んだようなものだ
もし神がいるなら深く感謝したい

私はいま、亡き母親が残した家で家賃も払わずのうのうと暮らしている
そのうち夫が死んだらどうなるかサッパリわからない
わからないけどそれがどれだけ大変なことかも
自分の足りない脳みそでは理解できていない

それでも何かを書き記したいと思って
ここに残してみようと思った
自分のどうしようもない人生を

荒れ狂う精神の中で、コントロール不可能な脳みそと共に40年以上生きている
いつ死んでもいいし
いつ殺したっていい
そう思って生きている
ギリギリだけど剥き出しの自分と
なんとか共存しているのだ
救世主なんてどこにも居ない

救いを求めてあらゆる宗教を転々をしたこともあったけどぜんぶ嘘だった

全ての人間にとって
教祖は自分なのだ

心が死んでも復活はできる
イエスキリストじゃなくても自分で自分を救えるのだ

精神科に通いながらでもそれは可能だ

こうして私が今ここに生きている
その事実が素晴らしいし
それがすべてだ

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