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『人のセックスを笑うな』を笑うな

 蟄居を決めた連休。友人にオススメの映画を募り、それらを観て過ごしていた。あらゆる家事労働から自らを開放させ、スナック菓子とコカ・コーラを開ける。

 何作かを視聴し次は誰から薦められたものを観ようかと考えていると、ふと古い記憶が蘇る。高校時代の英語教員のことだ。


 図書室の窓から散りかけの桜を眺めるのも板についてきた三年目、20代にも30代にも感じられる不思議な風貌の男が教壇に立っていた。間違いなくベテランではないだろうが、とりわけ若くもなさそう。

 まだお互いが探り探りで緊張が鎮座する教室で、彼は穏やかな口調で自己紹介を始めた。一対多の場面にありがちな横柄さも、素っ頓狂な雄弁さもなく、ひたすらに穏やかだったのを覚えている。いくつかの経歴を挙げたあと、趣味生活の話へと移った。

「『人のセックスを笑うな』という映画が一番好きで――」

 麗らかな教室に似つかわしくない単語が飛び交い、やっと毛が生え揃ったくらいの私たちはおもむろに笑いを漏らした。彼は少し緩んだ空気をものともせずのらりくらりと喋り続け、次に目を合わせたときには音楽の話題へと転じていた。たしか、雨のパレードが好きだと言っていた気がする。


 あのとき薦められた映画をウン年越しに観る。気恥ずかしくて、なかなか手にとる気分になれなかったのだ。

 美大生の「みるめ」が20歳年上の講師「ユリ」と過ごした日々が、なんともみずみずしく描かれている。そして、「みるめ」に想いを寄せる同級生「えんちゃん」がまた切ない。正直キュンとしすぎて、四文字のカタカナのことはすっかり忘れてしまっていた。この映画の主題は「青年期特有のどうしようもない(恋愛)感情」ではなかろうか。

 題名のとおりセックスシーンも当然出てきたが、その交わりは打算とはかけ離れていた。肉体的な快楽というよりも、好き同士という関係性に突き動かされた精神的な快楽であるように思えた(実際に「気持ちいい」のではなく「気持ちいいと思うから気持ちいい」といった風に)。

 みるめに対する、ユリとえんちゃんの関わり方がとことん対象的で、切なさに悶えた。自転車とバイク。横たわるみるめの上をとび跳ねる二者。保守派を拗らせた私は、えんちゃんの行動すべてが愛おしくてたまらなかった。


 これ以上連ねるとネタバレが過ぎるので、例の四文字の話に戻ろう。上映が始まり、しばらくしてから現れたタイトルの下には "Don't laugh at my romance." の副題が。視聴後の解釈と完全に一致。うら恥ずかしい年ごろの私たちが反応した「セックス」とは "my romance" のことであった。

 英語教員の彼は、このことを伝えたかったのだろうか。あるいは、既に伝えていたのだろうか。すっかり呆気に取られていた私には思い出しようがない。


 余談だが、大学を卒業する間近にあの頃のクラスメイトと小旅行に出かけた。夜になってからは、情事について話した。人それぞれですごく良かった。ひどく慎重な私の話をも、誰も馬鹿にすることなく柔らかな笑みを浮かべながら聞いてくれた。

 久しぶりのまとまった人数で集まった小旅行で、私はあらためて私の気持ちと身体を生きようと思えた。ありがとう。そしてみんなも観ようね『人のセックスを笑うな』。

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