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消費者からは安さと便利さを求められ生産者はさらなる効率化、施設園芸に舵を切る

安くておいしくて食物繊維たっぷりのえのきは庶民の食卓の味方です。地味か派手かといわれれば少々地味ではありますが、「加藤えのき」の代表、加藤修一郎さんは、その地味さにこそ成長幅と活路があると考えています。若き代表のもと、作ったレストランのようなおしゃれなガラス張りの社屋で、平均年齢30代の社員たちがのびのびと働いている姿を見ていると、えのきを通して明るい食の未来も見えてくるようです。

(かとうしゅういちろう)1975年宮崎市高岡町生まれ、宮崎県立宮崎農業高校を卒業後、イギリスとオーストラリアに語学留学へ。帰国後、福岡県の服飾関連の仕事を経て1999年から家業の「加藤えのき」に入社。2005年から現職。 県農業法人経営者協会副会長、九州きのこ協議会副会長などを務める。加藤えのきHP 


えのきに求められることは、おいしさと安定した安さ。
それに応えても利益が出るシステム作りをしたい

――健康志向の高まりやヴィーガン人口の増加を背景に、きのこ市場は拡大を続けているように見えます。

加藤 確かに生産高がグッと伸びた時代はありました(注:1989年の国内生産量33万トンから22年間で約4割増加。林野庁資料より)。でもここ数年は実はそうでもないんですよ。えのきたけ(以下、えのき)はきのこ類の中で生産量がもっとも多いんですが、生産量は日本全体でみると前年比から2.5%減の12万6321トンで生産者も減っています。

――菌床栽培で高齢者でも育てやすい印象がありますが。

加藤 えのきの栽培は意外にむずかしいんですよ。温度や湿度だけではなく二酸化炭素量のコントロールも必要ですからね。また、菌を植えてから収穫まで2か月はかかります。とはいえ、家庭でふだん食べられる食材に消費者が求めていることは「安くておいしい」ことで、えのきはまさにそのシンボルですから価格は上げられない。そしてえのきは安いもの、という認識が当たり前のことになっています。消費者の立場では理解できますが、生産者の立場でいうと、価格を上げられないものは経営的にきつい。さらに、昨今は流通が大型化しているし、異物混入はもってのほかで、安全安心は当然のことと思われている。そうなるともう、人力だけのコントロールはなかなかむずかしいです。小さい農家だと1個あたりの儲けが少ない生産物に対してなかなか思い切った設備投資はできない。世の中の必要とされている価値に、供給側が対応するのがむずかしいことに問題がありますね。だから生産者が減っているのだと思います。

――そのなかで「加藤えのき」は売上を伸ばしています。テレビ(がっちりマンデー!!)でも特集が組まれていて拝見しました。

加藤 恐縮です(笑) 「消費者が望むことに合わせた事業をする」とふりきったからでしょう。今、消費者が農業に求めていることは、「安いこと」に加えて「面倒くさいことはやらなくてすむこと」で、そのニーズに応えることに焦点を合わせているんです。

――面倒くさいことはやらない、ですか。確かに。カット野菜や冷凍食品は増えていますよね。

加藤 えのきももやしも、付加価値をつけにくい素材です。えのきの味や風味、食感で他社との差別化もはかりにくいし、何より、消費者がそういうものを求めていないです。となると、付加価値をつけて高く売るというより、安定した味と安い価格で満足いただけるシステムに整えていく売り方にしたほうがいいと考えました。栽培量を増やし、カットえのきも作る。となると、技術や効率化、自動化ができるロボットなどは不可欠となります。消費者のどのゾーンを狙っていくかを考えたとき、えのきは完全に大量ゾーンで、我々は皆がやりたがらない面倒くさいことをコツコツやっていくのが仕事だろうと思っています。

――そうなると、確かに、個人経営では限界があります。

加藤 消費者は正直ですよ。小売店も、いまは安売り店の売り上げが伸びていますから。おいしいものを安く食べたいと、国民が望んでいる証です。そうなると、農業もそれに応えなければならない。農業というものは、田んぼ1反から米何俵ができるかと言われるように、ひとつの面積からできるだけたくさん収穫することを考えますよね。えのきも同じです。でも、作る分だけ売れる時代ではない。そして、自然のなかで作っている農家は、天候条件がいいときにいっぱいできて、たくさんとれたら安くなる。そうなると、商売としては成り立ちにくいです。安定した収穫を求めるのなら、やはりある程度技術に頼った農法が必要となってくると思います。

――ただ根本的な問題として、すべてを「安く、安く」と大合唱している風潮にはうんざりするし、それに合わせるために生産者側がシステムを変え続けなければならないことも、なんだかモヤモヤしますね。

加藤 今の日本ではしょうがないです。ただ我々としては、大変な状況ですが、「安く!」というテーマを与えられることで鍛えられますよ。どこでもやれるという強い気持ちになってきますから。世の中が便利になっていくと、面倒臭いことはやりたくない時代になって、手軽さ、保存性も求められていきます。このニーズに応えるのは誰がやるか? となったとき、僕らがやっていけばいいんじゃないかと。シンプルにいえば、そういう考えです。

――加藤えのきといえば西日本最大の生産量を誇りますが、えのきの生産量を上げるためにどこかの大学や研究所と組んだのですか?

加藤 いえ、自分たちで研究を続けています。かなりアナログで泥臭い研究ですよ。そんなにむずかしいことをやっているわけではないです。たくさん失敗をしてきたから、その経験を生かしつつ、1年中、いろいろなやり方を試し続けています。たとえば、きのこはボトル状の容器に培地を入れて冷暗所で育てますが、私はボトルの大きさも研究して、金型からおこして自社で最適なものを研究しました。そのおかげで収量が年々増えていきました。これに、どう利益を出していくかですね。農業は働いている人たちの賃金が一般的な業種よりも低いといわれていて、なかなか利益も出ないんです。そういう業界のなかで、我々のように各個人事業主が研究をし、栽培を自動化して、ロボットを入れて、機械を償却できるかという話にはなかなかなりにくい。だから、これからの発想としては、体力のある事業主が環境を整え、そこに、技術や知識のある生産者が入っていく、というシステム作りが大事になるのではないですかね。

――新社屋を作られたのも、システムの一環ですか?

加藤 システムといいますか、働く人たちの環境を考えたらそこに行きつきました。技術力を上げていくことで消費者のニーズに応えていけますが、技術力とは働く人それぞれが創り上げていくものです。彼らの環境を整えることは技術力を上げることでもあります。働いてくれる人たちが何を求めているかを知るために、実は規模拡大とともにスタッフ全員にアンケートを取ったんです。そうしたら、休憩室が狭いとか、トイレが少ないといった働く環境に対する不満の声が多くありました。ちょうど、社屋を増築する必要性があって、思い切って新築にしたらいい方向に向かいましたね。ここ2年くらい新規採用はしてませんが、人の紹介で働かせてくれっという人たちが増えてきていて、いい状況ではないでしょうか。

――海外への出店は考えていないんですか?

加藤 醤油が世界に認められたように、えのきも世界に認められるようになればいいな、とは思います。

農業従事者は栽培技術だけではなく
加工技術なども求められる

――離農者が増えているいっぽうで、地方で農業をがんばろうとしている若者たちも増えていると聞いたのですが、どうですか? 

加藤 彼らもがんばっていますよ。ただ、やっぱり現実を知って「安い」「人が集まらない」「天候に左右される」という愚痴は聞こえてきますね。自然と共存した牧歌的な農業でやってみるという姿勢はとてもすばらしいですが、これからはいろいろむずかしくなってきているのではないでしょうか。気候変動が言われているように、実際、この夏は猛暑でかなり厳しかったですよね。あの暑さはさすがにつらい。未経験者でも農業をやってみたい、やってみたらできる、という時代ではもうないでしょう。農業に対する基本的な知識と技術を持ち、資金力を持ち、ITや経営も理解できる。そうした人が求められる時代になっていくと思います。酷暑のなかで日焼けや熱中症を気にしないで農業ができる時代が来ます。

――30年後は、やはりテクノロジーの時代でしょうか。

加藤 そうなるとは思います。先も言いましたように、消費者が毎日の生活の食材に求めることは、これからはさらに「安さ」と「便利さ」になるでしょう。食材そのものの種類も質も、もうある程度は揃いましたからね。きのこにしても、昔はえのき、しめじ、しいたけくらいだったのに、今はエリンギもあるし、まいたけ、ひらたけなども店頭に並んでいます。珍しいきのこもたくさんあります。食材の種類にもよりますが、新品種、高品質から、低価格、利便性、そして保存性が求められるようになっていくと思います。


――保存性というと、加工という意味ですか?

加藤 そうです。一家庭でも、工場でも、そこで面倒だと思われる作業をするところまでが、農業の仕事のひとつになっていくでしょう。作れば売れる時代ではないです。実はいま、小さな食品加工工場も持っているんです。乾物の干ぴょうやしいたけを、戻して、味つけをして販売しています。米よりもおにぎりの消費量が伸びているように、そうした加工品がこれからも求められていくように感じていて、いまはその可能性を模索中です。農業に求められる技術が、栽培だけではなく、加工にも広がっていくと思います。

――その技術を生かすシステムを経営側が構築するということですね。

加藤 はい。消費者のニーズに応えるためには一個人では限界がある時代になってきているので、それぞれの能力を発揮できるようにするために、皆で力を合わせてシステムを作り上げて、農業を守っていこうということです。そう考えると、世界的に食料危機といわれますが、発想の転換や技術の進歩が人間にはできるので、実際はならないと思っています。食料が不足するイメージがわかない。ただ、施設園芸に舵を切る時代にはなると思います。

インタビュー:吉川欣也、土田美登世(構成含)


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