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増え続ける人口に対する食料を考えると化学肥料をまったく使わないことは考えにくいが、土をリサイクルする意識と技術が進む。

2023年の第1回目は株式会社TOWING代表の西田宏平さんにお話を伺います。TOWINGは「高機能ソイル」という有機肥料の力を効率的に引き出す人工土壌技術を開発・提供をしていて、化学肥料に頼り過ぎない有機土壌づくりを国内外に、そして宇宙へ広げることを未来に描いています。29歳の若き研究者であり起業家の西田さんの話を聞いていると、化学の力が無理なく自然と寄り添う30年後の生き生きした農業の姿が見えてくるようでした。


西田宏平(にしだこうへい)
名古屋大学大学院環境学研究科修了。農家である祖父母の影響から農業に恩返ししたいという思いと、漫画「宇宙兄弟』のような月面基地で人々が暮らす世界を創りたいという想いから起業をめざす。開業資金をためるために大手自動車部品メーカーに従事しながら「土と、緑で、未来を彩る」をコンセプトに2020年2月に株式会社TOWINGを立ち上げ、同10月に独立。名古屋大学など大学と連携しつつ、有機的な廃材から土を作る循環型の農業システムを開発し、2023年4月から本格的な運営をめざす。

藁やもみ殻、鶏糞などを炭にして短期間で土に返すシステム

――「高機能ソイル」という技術を説明されているインタビューサイトを拝見したのですが、なかなかむずかしくて。改めて説明をお願いします。

西田 どんな環境下でも、たとえば月や火星といった不毛の地の土でも、そこに微生物を加えて培養し、農業ができる土にしようという技術です。今、世界的に化学肥料の使い過ぎ等による土壌劣化が問題になっていて、有機肥料を活用した循環型の農業に変えて行こうという動きがグローバルに起こっています。でも有機肥料を活用しようとすると、どうしても収穫量が下がってしまうし、土づくりに時間がかかってしまいます。それを解決する技術として、「高性能ソイル」を開発しました。

――土に直接有機肥料を入れるのではなく、微生物を直接土に加えるのでもなく、ということでしょうか。

西田 土に、微生物が住んだ家を混ぜるというとわかりやすいですかね。微生物が育つためには住む家が必要で、その家を我々はまず炭で作ります。炭の家に微生物を住まわせて、定期的に餌となる有機肥料を与えていく。そうすると、微生物が暮らしやすい環境をこちらでデザインすることができます。炭に住む最初の住人としてどういう微生物を選ぶか? どういう家つまりは炭を作るか? どういうエサつまりは有機肥料をどのくらい与えるか? そうしたことを管理して、微生物が住む家としての土を作る。それを「宙炭(そらたん)」という商品名で展開していく予定です。悪い土となってしまったところに、その悪い土に合った環境に整えた「宙炭」を混ぜると、作物の収穫量が増えていったことが、データとしてとれてきています。

収量比較量データ。窒素投入量や農地条件等の栽培条件をできるだけアップル to アップルにして比較した栽培試験にて、宙炭区の収量は、慣行栽培区と比較して77%増加。土壌条件や栽培作物によって、発揮される効果にばらつきはあり、現在各種土壌で研究調査中

――炭って、あの、焼き鳥を焼く備長炭みたいなものを粉末にするのでしょうか?

西田 いえいえ(笑)。極端にいえば、燃やせばなんでも炭になりますが、我々がめざしているのは循環型の農業のサポートであり、原価を安くして農家さんに使って欲しいと願っているので、農業の地域で出ている有機的な産業廃棄物たとえば米栽培で出てくる藁やもみ殻、野菜の不可食部、鶏や牛など家畜の糞などを炭の資材として使うことを描いています。それらを燃やして炭にし、そこに微生物を加えて「宙炭」を作ります。化学肥料の使い過ぎによって劣化してしまった土も、「宙炭」を合わせることによって再生することが可能です。

――藁やもみ殻、鶏糞などは肥料としてすでに使われているイメージがありましたが。それでは時間がかかり過ぎるのか・・・。

西田 はい。東北などの米どころは藁やもみ殻が大量に出て、そのもみ殻を、堆肥にするとか藁を牛に敷くなど、何らかの用途で使ってはいます。でも、先に言いましたように、それが有効的に働くには時間がかかるし、そうした土で作った作物の収量も、化学肥料に比べると少なくて、産廃利用をビジネスにするにはなかなか厳しいことが現状なんです。そうしたネガティブな要素を解決するシステムが「高機能ソイル」であり、「宙炭」です。有機肥料を高効率で利用できる微生物環境になるには5年~10年という非常に長い時間がかかりますが、「高機能ソイル」なら、1か月ですみます。さらに、炭自体の物理性が良いので、堆肥の量を減らすこともできます。

宙炭を混ぜた栽培区の土

西田 あと、炭にすることで土壌に炭素を閉じ込めることも期待できます。農水省も推しているプロジェクトで「バイオ炭」といわれるものですが、原料となる木材や竹などに含まれる炭素は、そのままにしておくと微生物の活動によって二酸化炭素として大気中に放出されてしまいます。でも、これらを炭化し、土壌に使うことによってその炭素を土壌に閉じ込めて大気中への放出を減らすことが可能になります。

――その技術って、フードロスで問題となっている給食や弁当などの残食にも生かせるのではないですか? 燃やせばいい炭になりそうですし。

西田 残食の多くは塩が入っていますからね。ナトリウムが残るので、土作りには問題になります。これはこれからの課題です。

――あの、素朴な疑問なのですが、いい土というと、ミミズが作る、みたいなイメージがあるのですが、「宙炭」ってミミズが住めるんですか?

西田 今、開発している「宙炭」100%だとまだ実験していませんが、ミミズは住めないと思います。ミミズは土中の有機物を食べて分解して、土を耕す生物なので、有効活用できると良いですね。「宙炭」に土を混ぜると、ミミズが住めるようになります。現在、5~20%程度の土を混ぜることで、悪いといわれる土がよい土になるという実証はとれています。

――「宙炭」の土壌がむいている作物とそうでない作物はありますか?

西田 基本的にはどのような作物も作ることができます。合わせる作物にとって望ましい土壌のデザインができることがこの技術の特徴です。微生物の住まいとなる炭の資材、微生物の種類、微生物に与える有機肥料の種類と量、合わせる土の条件、そして育てる作物。これらがいい循環となるように、実証実験を繰り返してデータをとっていきます。研究所にはガスクロ(ガスクロマトグラフィー)や液クロ(液体クロマトグラフィー)等の分析機器もあるので基本的な成分のデータは積み重ねていけますし、産学連携で大学の先生たちと一緒に植物の生育に関する研究も行っているので、アカデミアの知見が得られることも我々の強みだと思います。

――未来を考えた農業というと、水耕栽培の技術を使った野菜工場が浮かびます。その技術だと葉野菜は問題ないけれど、芋類はむずかしいと聞いたのですが。

西田 私どもは土での栽培ですからね。芋類も問題なくできます。20ℓのプランターで試験をしていますが。そのくらいのサイズだと、1キロくらいのサツマイモがとれます。マックスで3キロとれたこともありました。植物性タンパク質である豆の栽培も大丈夫です。

ビニールハウス内の栽培ユニット

――今年の春から本格的に運営をされていくということですが、具体的にどういう地域で展開されるんですか?

西田 まずは拠点のある愛知県です。スタッフが自分たちで確認しながら実証できるエリアなので、まずはここから展開していきます。愛知県は養鶏場も多く、鶏糞の量も問題となっていますから炭にする資材も豊富です。ここで実証を積み、全国に展開していく予定です。昨年は農業法人さんや農家さん、JAさんに「使ってください」とお願いしてまわり、5件の実証試験を行いました。今年の春からは30件、さらに30件と、お声をかけていただいています。そのなかには千葉県や北海道といったエリアもあります。

――農業が盛んなエリアですね。

西田 千葉県は落花生の殻、北海道はタマネギの皮もありますよね。九州から沖縄まで全国の展開は可能で、各農地で出た産業廃棄物である資材を使って実証を重ねていけば、次の段階として各農産地にプラントを起ち上げて展開していく予定です。まずは国内から、そして今後、産業廃棄物が余って問題になっているアメリカ、ブラジル、東南アジア、中国、インドなどにも興味を持っていただいているので、そうした国に技術を輸出できればいいと考えています。

――産業廃棄物のリサイクルについては、アメリカは進んでいるんだと思っていましたが。

西田 アメリカや発展が著しい東南アジアなどは、確かに技術力を持っているのですが、産業廃棄物をアップサイクル(創造的再利用)でやるには、日本のほうがまさっていると感じています。産業廃棄物のリサイクル技術を海外に展開していくことはおもしろいと思っています。

――そして、宇宙へですか? 漫画「宇宙兄弟」がこの世界に入るきっかけと伺っています。弟さんも会社の役員でいらっしゃるし博士課程で農業の研究も進めていらっしゃるので、リアル「宇宙農業兄弟」ですね。

月面の宇宙基地での農業は2040年代に実現?

西田 イーロン・マスクさんが以前、火星移住計画を発表して話題になりましたが、地球上で増え続ける人口数を維持することができなくなったとしても、衣食住が整えば、火星に移住すればいいという世界が作ることができるでしょう。ただ、火星はまだまだ先の話で、まずは月面があって、そこを拠点として火星に行くのだと思いますが。私どももそうした将来をイメージしながら、月や火星の土に似た成分の土を手に入れて、研究しているところです。

――火星や月の土って、そもそも地球と違いませんか? 

西田 そうした不毛の土を農作可能な土にすることが我々の技術ですからね。地球と成分が違っても問題はないです。空気や水のある地球上の土は当然バリエーションに富んでいますが、月や火星の土はそこまでバリエーションはない。そのバリエーションのなさが、もしかしたら研究が進めやすいと利点だといえるかも知れません。

――宇宙で農作物を育てるための土ができても、植物に必要な水や空気はどうなんですか?

西田 もちろん、基本的には基地内で栽培するということになります。宇宙計画に関しては、我々がダイレクトに手掛けるよりは、別の法人がやっていることの手伝いということになりますが。当初はだいたい2025年くらいに月面に人を送り込む計画がされていて、そこから基地をゆっくり作っていく計画でした。2040年代くらいには基地を建築していきたいとNASAや宇宙航空研究開発機構(JAXA)などは考えているようです。

――やっぱり資金が大変なんですかね?

西田 詳しくはわからないですが、資金面は大きな問題だと思いますね。でも、我々はそんなにあせっていないし、悲観的でもないです。宇宙での農業計画に関しては、最終目標というより、自分たちが向かう先にあるひとつの形として、研究は続けていく予定です。

――30年後は宇宙農業! というお話になるかと思いましたが、西田さんが思う30年後というと・・・。

2050年までの「みどりの食料システム戦略」をまずは実現させたい

西田 土造りの技術と意識が進むと思っています。現在のような人口爆発のきっかけは産業革命といわれています。工業化によって工業生産物が増え、それらを貿易することによって国同士の食料交換が生まれて、農作物の産出能力が低くても食料を得ることが可能になりました。現在、日本がその状況です。さらに、1940年代から品種改良や化学肥料の大量投入などにより穀物の生産性が著しく向上して「緑の革命」といわれ、それがさらなる人口爆発にもつながっています。でもいっぽうで、化学肥料の使い過ぎによる土壌の悪化が問題視されるようになりました。

――理想論として「化学肥料をやめろ」というのは簡単ですが、では、収量が減ることで飢えるかも知れない現実をどうするのか? というジレンマですよね。

西田 化学肥料はダイレクトに栄養を吸収できるのでとても使い勝手がよくて、基本的には化学肥料がないと、大規模な食料生産、増え続ける地球上の人口を維持することはむずかしいといわれています。実際、日本の農地を、すべて有機肥料を活用した栽培方式に変えて、そこそこ土づくりを上手にやったとしても、作物の収量は減って、日本に住める人口は3000万人から5000万人という試算があります。そもそも現在も輸入に頼っていますしね。現在の1億人の人口をまかなうのはむずかしいわけです。そういう状況なので、化学肥料をまったく使わない時代には、なりたくてもなれないでしょう。

――なりたくても、なれない……。わかります。

西田 ですから、海外から大量の化学肥料を輸入して、それで農業をして食料をつくっているわけですが、最終的には廃棄物が大量に出たりして、環境負荷が高い農業になってしまっています。農水省もそれではまずいとわかっていて、2050年までに有機肥料の農地面積をまずは国内で25%までに増やしましょうという「みどりの食料システム戦略(以下、みどりの戦略)」を打っていますが、土づくりは5年とか10年とかかってしまう。その間、収入が少なくなるわけですから、農家さんは待てないです。だから我々の技術で、早く土をリサイクルすること、そして廃棄物を利用したお金を稼げるプランを作ることが我々の大きな目標なんです。

――農家さんのなかには保守的な方もけっこういて、西田さんのような新しい取り組みについて拒否反応を示す人もいるのではないですか?

西田 プロジェクトを開始しはじめた5年前は9割拒否反応でした。怒られるんですよ。そんなもの、やらない、と。有機栽培の意識を持ってやっている農家さんも、よくわからないことはやりたがらないですね。農業はそれぞれの方が哲学を持ってやられていますから。でも、私が着想してからこの5年で、大きく時代は動いていると思います。みどりの戦略という追い風もあって、ようやく、これが超循環型農業への取組みなんだとわかっていただけるようになってきました。感度の高い方々もいて、農業におけるイノベーションや技術に対する理解が広まることによって、一度試してみようという方がここのところグンと増えてきました。最近では逆に9割の方が興味を持ってくれています。

――いい傾向ですね。

西田 技術だけではなく、農家さんを守るビジネスとしての成功も必要で、そうしたプロジェクトを進めるには、ちょっとベタですが、農業に対する志が最後はカギとなると思っています。祖父母が農業をやっていたこともあり、私も弟も、そして会社のメンバーも皆、農業への理解と熱い思いを持っています。そうした志を同じにするメンバーと、農業システムに一石投じることができれば、と思っています。あと、我々のプロジェクトは農業、大学、企業、自治体と、多くの方の関わりで作り上げるわけですが、それぞれが理解しあわないと、システム自体の「循環」が成り立たない。僕たちは、それぞれの専門家をつなげて橋渡しをすることも目的であり、時として通訳のような仲介役ができる人になれれば、と思っています。

――点と点であったものをつなげて線にし、それをサイクルにして、同心円的なムーブメントを広げられそうです。西田さんの熱量なら実現されるように感じました。興味深いお話をありがとうございました。

インタビュー:吉川欣也、土田美登世(構成含)

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