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専門知識を持ち、地球環境を考え、給料も高くなっている農業従事者は、人々にリスペクトされ、農業が憧れの職業のひとつとなる

2050年までに世界人口は98億人になると推定されています。すべての人に食料を供給するために、そして地球環境を守るためにと願って農業に転身し、北京、東南アジア、中東でコンテナ式植物農場を次々に展開し続ける小田剛さんが今回のゲストです。9年前に中国で起業し、コロナ禍でも北京にずっと滞在していた小田氏は、ここ数年で環境問題への取り組みにシフトした中国政府の対応に目をみはります。「植物工場は、30年後には絶対に必要不可欠となっている」と断言する小田氏に、中国の現状について、そして未来の農業について北京から話してもらいました。

小田剛(Tsuyoshi Stuart Oda)
日本人の両親のもと、アメリカで生まれ育つ。シンガポールの中学・高校を卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で国際関係及び経済を学ぶ。2007年の卒業後はメリルリンチ日本証券の投資銀行部門に入社し、2011年にはパソコンメーカー「DELL」の中国・新興国経営企画チームへ。退社後、2013年に農業テックの「アレスカライフ」を起業。安定して栄養価の高い野菜を生産できる、世界一資本効率の高い植物工場及び精密農業機器の開発に取り組む。

「誰でもわかる」「どこでもできる」ソフトとハードウエアの開発が世界の農業には必要不可欠

――今回は出てくださってありがとうございます。小田さんが初めての海外からのゲストです(笑)。

小田 光栄です(笑)。コロナで中国から出られなかったのですが、オンラインで情報交換はしていました。直近では「ノーマ」のCEOであるピーター・クレイナーと話をしましたし。

――デンマークのレストランの「ノーマ」ですか?

小田 はい。彼はもう「ノーマ」を飛び越えて、広い視野で食を捉えています。消費者がアクセスしやすい環境を整えることで、ハーモニーを奏でていきたい、ということを常に考えているみたいです。ファームとレストランを合体させたそもそもの理由も、今後を考えたうえでの一つの戦略のようです。

――「アレスカ ライフ(以下、アレスカ)」はアジアや中東というイメージがありますが、欧州にも進出されるんですか?

小田 はい。実は今年から「アレスカ」の植物工場をノルウェーをはじめヨーロッパに持って行くんです。

――小田さんの会社について知らない方もいらっしゃるので、まずは「アレスカ」について教えてください。

小田 「アレスカ ライフ」は農業テック企業ですが、ここでは大きく2つの商品とサービスを提供しています。ひとつはターンキーである植物工場のシステムの開発。そのなかのさらなるターンキーが輸送用コンテナを植物工場に再利用した施設になります。コンテナを利用することで世界中至るところに、たとえばそれが砂漠にでも極端に言えば南極にでも植物工場を展開することができます。さらにコンテナだけではなく、都市内の空いている空間、それは空き地だったり、地下室の駐車場だったり、オフィスのなかだったりと、あらゆるところで野菜の現地生産を可能とするシステムの開発にとりかかっています。もうひとつが、農業外界の効率と生産性を最大化するために、精密農業機器の開発と販売にとりかかってます。まずは植物工場向けに開発したオペレーション管理のソフトウェアや環境の監視、施設の自動化などを全てマネージするIoT端末を今現在一般農家でも利用できるようにアップグレードしている最中です。これらのビジネスを通して、包括的に農業業界で大切な5つのメトリックをすべて向上させようとしています。

――その5つを教えていただけますか?

小田 まずは生産性。シンプルに1㎡あたりの生産量をあげたい。次に効率性。使う水の量や肥料、エネルギーを減らしたい。3つめは安定性。震災のときでも、同じ高品質のものを世界中どこでも安定して供給をしたい。4つめが透明性。消費者や企業に信用される情報を開示すること。最後には安全性です。農業業界におけるこれらのミッションを実現させるためのソフトウエアとハードウエアの開発にとりかかってます。

――小田さんは、もともとは証券会社を経てコンピューター関係のお仕事についていらっしゃいましたよね? どうして農業のほうに向かったんでしょうか? 

小田 UCLAを卒業してから日本の外資系証券会社に入社し、2011年にパソコンメーカーのDellの新興国向け経営企画チームに勤めて、世界中の急成長してる国々がどういう課題を抱えているのか、今後10年間どのような成長機会が存在するかを分析する仕事にとりかかりました。各国の様子を見ていくと、共通点としては、道路やコールドチェーンのインフラが充実していないことにより、住民の日常生活に対して大きな影響を及ぼしていることが分かりました。そのため、カロリーが豊富な米や小麦粉などの保存が効く食品に対するアクセスは普及していたけれど、栄養素が豊富な新鮮な野菜などの保存が効かないものに対するアクセスはなかなか普及していないことに気づいたんです。人間が生きるために欠かせない「食」というもっともベーシックなところで大きな課題を抱えていたわけです。そこで、まったく知識も経験もなかったのですが、一次産業の農業、食べ物の生産を改善できないかと2012年の4月にアレスカの第一歩をとりました。

――それでDellを辞めて「アレスカ」を起業したんですか?

小田 いえ、すぐには辞めませんでした。まずは16か月間、とにかく勉強しました。日中はDellの仕事をこなし、最後の電話会議が終わり次第、農業業界に関するビデオや資料を読み込み、知識のレベルを徐々にあげていきました。また、高校・大学生の頃の生物の教科書もネットでアクセスし、植物はどう成長するのか? 食べ物の現地生産はどうやって達成できるのか? 光合成を加速化するためにはどのようにLEDや環境をコントロールするべきなのか? 栄養素や水はどのように節約できるのか? 最初のコンテナ式植物工場は手作りを予定していたので、建設をどのように安全に進めるべきか?などなど、ありとあらゆる勉強をしました。計画がロックされたタイミングでDellを辞めて、2013年8月に「アレスカ」を起ち上げたんです。

――光合成の勉強はすぐに生かされましたか?(笑)

小田 実は最初は全然成功しなかったです(苦笑)。やはり、知識のレベルは上がっていたのですが、未経験者として色々ミスが多く、最初の一年間は野菜がほとんど生産できなかったです。そこで植物の生産にとりかかってみて驚いたのは、農業業界はもう少し進んでいる印象があったのですが、意外に遅れているということでした。空調管理施設やオペレーション管理ソフトウエア、LEDや自動化システムなどを市場から購入し、インテグレーションして、植物工場を組み立てれる印象だったのですが、未だに「LEDや自動化の価格が高すぎる」「多くの機能がない」とか、「システムが柔軟に対応できない」といった問題で停滞しています。さらにハードやソフトが複雑でついていけない、そんなギャップを埋めるために、クオリティも高い、機能も豊富、利便性も高い、使いやすい、それでいて安価という、誰でもバリューを認めてくれるものを作ることがミッションとなりました。「誰でもどこでも」が、我々の求めるところです。実は先進国向けに開発されたものを新興国でそのまま使えるか、というと、そうではないんです。先進国とは違い新興国の農家の「オーナー」と「マネージャー」と「オペレーター」は全て違う人物の場合が多く、知識や経験、教育のレベルが異なるため、誰が実際に使うのかをちゃんと意識したうえで商品開発にとりかからなくてはいけないと思っています。まずは中国と中東の新興国向けに事業を展開して、拡大したスケールを欧州・アジア・北米の先進国や東南アジア・アフリカなどの他の新興国に持っていく予定です。それが「アレスカ」の現状の計画です。

――なぜ起業が東京よりも先に中国だったのか、ドバイなのか、ということがわかる気がします。

小田 今ではさらに広がっていて、プロジェクトとしては、中国やドバイ、シンガポールのほか、先にも申し上げたように今年初めてノルウェーに入っていきますし、中東もアラブ首長国連邦だけだったのが、サウジアラビアとクエートに、東南アジアはマレーシアとも話をしています。韓国や台湾、日本にも近々植物工場を持ってくる予定です。

環境問題や植物工場や代替ミートといった農業・フードテックで、世界のトップになるための舵をきった中国

――コロナがやや落ち着いてきて、また世界中をまわる生活が続きそうですね。ただ拠点は10年近く北京を拠点になさっていて、ここ3年はコロナがあって外国に出られなくなって、という事態となりましが、外に出られないことによって、また新たな中国というものが見えてきたのではないですか? 

小田 そうですね。コロナの前からではありますが、「アレスカ」の観点からいうと、一番大きい変化は、中国政府が正式に、初めて農業・フードテックをどういう風に支援していくのかという5年計画を農業大臣がリリースしたんです。そのなかに、フェイクミートやオルタナティブプロテイン(Alternative Protein=代替プロテイン)や植物工場に対する支援を明確に記載し始めたんです。その一環として、植物工場の観点でいえば都市内の空き地を植物工場に開発するサポートだったり、食用の栽培の規格基準も見直されたりしています。

――それはやはり、中国も2030年、2050年問題を抱えているということでしょうか。

小田 はい。中国では2030年までに多くて1億人の農民、日本のすべての人口に相当する人数が都市化によって農家を離れると予測されています。また、日本でもよく知られている土壌汚染や大気汚染といった環境汚染の問題や温暖化による干ばつや洪水などの震災により、食べ物が生産できる土地が大幅に減少しているのが現状です。実は中国の一人当たりの耕地面積の世界ランキングは129位でして、食糧安全保障の観点から、政府が動かざるをえないんです。

――中国ではそうした問題の解決はあとまわしにされているイメージがありましたが。

小田 1950年代の飢餓の経験がありますし、大気汚染や土壌汚染によって、農地の生産性が落ちているという報告や、栽培されたものの安全性は大丈夫なのか? という政府の調査が入るようになって、政府の側からアナウンスするようになってきています。人がいなくなる、土地がなくなるという供給の問題で大きく方針が変わってきていて、情報共有のレベルやポリシー自体が変わってきています。その結果、政府はものすごい補助金と支援を農業テックに対して出すようになりました。

――具体的にどのくらいの額でしょうか。

小田 政府は2013年から2020年の7年間で既に50兆円を投資してます。直近では大きく5都市を選んで、各都市がそれぞれ専門のエリアにフォーカスさせることを政府は支援してます。たとえば南京であれば植物工場や精密機器、IoT端末といった「スマートアグリ」のシステムの開発を支援したり、成都では農業エコツアーの開発やスマート製造業の研究をしたりといった、ハブの設立を既に実行しています。そしてそこに資金を入れています。今後、2030年、2050年で急成長する可能性のある業界、たとえばAIや電気自動車などいろいろあると思いますが、中国ではそうしたものと並んで農業テックが非常に大事であると位置づけていて、それで世界一になりたいと思っているんですね。それを支援するためのポリシーや取り組みがどんどん出てきています。たとえばアラブ首長国連邦は300億円の農業テックの支援プログラムを発表しましたが、その10倍、100倍の金額の取り組みに中国はとりかかっていますし、各分野でのパートナー企業も明確にしています。

中国政府が支援する5都市の専門分野 資料提供「アレスカライフ」

――海外企業も誘致していますよね?

小田 日本の商社も、欧州の肥料メーカーもパートナー企業として参加しています。

――中国が考えているアイデアのベースはあるんですか? それとも独自性ですか?

小田 5か年計画においては2021年よりも前から食に関することはちょこちょこ出ているんですが、今回はコロナウイルスの影響もあってサプライチェーンに対するインパクトが大きかったですね。中国は「大量に食べ物が生産され、輸出されている国」というイメージがあると思います。それは間違ってはいないのですが、ひとりあたりに対する食べ物を生産できる土地となると、先程説明した通り世界ランキングはボトム3分の一になります。この指標でアメリカが100とすれば、中国は18(日本は世界ランキング163位で、アメリカの100に対して7しかない)。中国の政府もそのことをもちろん認識していますから、環境問題だけではなく社会的問題として意識し、解決するするように取り組んでいます。中国の政府が動くとそれは規模がすごくて、たとえば砂漠化が進んでいることが問題となったときは、木を大量に植えて、「緑」のカバレッジエリアを7千万ヘクタール増やしました(日本の土地は合計3800万ヘクタール)。また、直近の世界経済フォーラムのダボス会議では2030年までに700億本の木を植え保護すると発表し、「気候」テックへの支援も明確にしました。その延長として、農業テック、フードテックをどう支援していくかの具体案が出てきています。

――政府も世界的な気候変動を肌で感じてきているということですね。

小田 僕が最初に北京に来たのは2011年なのですが、春になると黄砂がひどく、バルコニーがいつも砂だらけになっていて、身近に砂漠を感じていました。去年は一度悪化しましたけど、それ以外はまったくないです。ものすごくお金をかけたと思いますが、ちゃんと対策をすると中国は結果を出せる国です。ボランティアと軍隊を使ってでも木を植える勢いでやっていますから。そんな緑化事業の次なる目標が、農業テックにおいてドローンとAIで田畑を監視したり、よりクオリティの高い種の遺伝子や肥料を開発したりといった支援ですね。また、コロナ問題があったことによって、今までは消費者の安全性や利便性にフォーカスしていたものが、食糧安全保障により力を入れてきていると感じています。そして、安ければいいという考え方が、クオリティの向上へと意識が変わって来ています。本物と偽物に対する意識もかなり強いです。特に食べ物に関してそう思います。

――日本のメディアが伝えてくる中国のイメージとかなり違いますね。未だに昔の先入観のままで中国像を伝えてくるというか。

小田 クオリティへの高い意識は多くの先進国よりももう進んでいるかもしれません。原産地をとても気にしますしね。ソーシャルネットワークは使いやすいし利用頻度も高いので、商品やサービスの質なり消費者が少しでもネガティブ要素を見つけると、速攻で「この企業・産地のものは買わないほうがいい」「ここは行かないほうがいい」とネットで拡散しますからね。いつもそうした目で見られているので、当然、質は上がっていきます。国産の商品やサービスの質があがることにより、今まで輸入品にたよっていたものも、現地生産の販売が大幅に増加してます。こうした安さから質への移行はコスト削減にもなっています。

――というと?

小田 たとえば、「アレスカ」のウィートグラスで作った青汁を例に出しましょう。通常の安いウィートグラスで青汁ジュースを作ると、1kgあたり出てくる液体の量は100~150mlです。「アレスカ」のウィートグラスは3倍近くの価格が販売してますが、出てくるエキスの量が1kgあたり670~750mlもあります。収量が5~6倍あるんです。一杯あたりの値段でみると、結局は安くなるし、良質で安心して飲むことができる。

――旬の野菜を買えば、栄養素が豊富でおいしいし、収量も多いし、安くなる、という考えと同じですね。

小田 良質な野菜は触感や味、風味が全然違いますし、栄養素も豊富です。こうした素材をとることが、結局は環境だけではなく経済活動にも健全ということです。「アレスカ」の植物工場は環境をコントロールできるので、「旬」の条件で育てられます。味も触感のコントロールも可能です。LEDや水質を調整することによって、ウィートグラスを甘くしたり、ルッコラを辛くしたり、バジルの風味を強くしたり、マイクログリーンの食感をやわらかくしたりといったこともできるんです。クオリティのコントロールだけではなく、植物工場はそうした要求にもこたえられます。北京のホテルのシェフからは、冬に購入するバジルの品質があまりにも低いため、仕入れた時に30~50%のハーブを捨てることになるという話は毎年聞きますが、現地の植物工場で仕入れたものならば、まず気候に左右されずに年中野菜の生産が可能なうえに、フレッシュな状態ですぐに届けられるので、無駄も大きく減ります。フードロスは環境だけではなく経営的にもマイナスですが、それが防げることは大きいと思います。

――中国はそうした植物工場のメリットを理解しているからこそ、予算を投じてきたということですね。予算がつくと研究が進みますが、中国の大学の研究はどうですか? フードテックというと、たとえば日本では大豆ミートのようなものは、もともとは日本でとても進んでいましたよね。でも、今、時代が求めているような新しいフードの研究は今ではまったくダメになって、大学の研究は止まっている印象があります。基礎研究は大事なので、このままではまずいだろうと思っているんですが。

小田 中国の大学での研究のやり方は、かなり進んでいると思います。私のなかでいいと思っているのは、中国の研究が、アメリカやヨーロッパの大学と「共同でやろう」とする流れになってきていることです。これまでは研究開発を自分の国のなかだけでやりたいイメージがあったのですが、中国が積極的にほかの大学や事業会社とコラボレーションするようになってきていると感じます。実際、中国の農業系でトップの大学とオランダやイギリスにある世界的にトップの農業系の大学が共同研究していて、中国の学生はオランダやイギリスに行けるし、オランダやイギリスの学生は中国に来られるようになっています。「アレスカ」のチームは大学をよく訪問するんですが、大学自体の雰囲気も、閉鎖的ではなくとてもオープンになっていることを感じます。「アレスカ」もパートナーシップで成長していくことをモデルに掲げているので、この中国の傾向は心地いいですね。

何か問題があったときに解決するのは経験値を積んだ人間の仕事。ロボットではできない



――何か大学と共同研究をされているんですか?

小田 中国の大学とは「アレスカ」独自開発のモニタリングと自動化のIoT端末のテストを一般グリーンハウスで行っています。モニタリングの端末を利用し、グリーンハウスの環境「心拍」をトラッキングし、そこからオペレーションの改善や異常値の監視などを行っています。

また、マルチスペクトルのAIカメラの開発はアメリカで20年以上全米ランキング一位の工学大と研究開発を進めています。「アレスカ」は人間が食べるものを作っている会社なので、LEDの開発、カメラの開発、IoT端末の開発といったものばかりではなく、もっと人間味のあるもの、たとえばシェフとのコラボレーションといったこともやっていきたいと思っています。コロナ前ではありましたが、今まで一番ヒットしたコラボレーションはミシュランスターのシェフと行ったライブクッキングデモなんです。植物工場で栽培した野菜をその場で収穫・料理し、イベントの参加者に試食してもらいながら、「食の未来」をテーマにディスカッションを行うことができました。

――そのイベントは中国で、ですか?

小田 いえ、ドバイでです。ドバイは食べ物の大半を輸入しないといけない国なんです(新鮮な野菜に関しては9割近く)。輸入が止まった瞬間に何も作れなくなってしまう状態なので、食べ物の現地生産に非常に興味を持っているんです。

――なるほど、「アレスカ」がドバイで展開しているのはそういう理由もあるんですね。

小田 私たちは新興国にフォーカスしていると申し上げましたが、Community Resilience(コミュニティ回復力)がとても重要だと感じます。地域に密着して人と人とのつながりを大切にすることが、食に特化した環境にやさしい都市づくりの第一歩だと考えています。気持ちよく生活できる、よりよい未来の都市を皆が願っているわけですが、それを達成するためには、世界一の省エネ植物工場があったとしても、たとえば旅客運輸・物流事業がサステイナブルじゃない、あるいは不動産開発事業がサステイナブルじゃなかった場合、何かしら欠けているところがあると、皆が夢を見てる都市にはならないですからね。皆がコラボレーションしてこそ、美しい都市が作れると思っています。

――コミュニティのある美しい都市づくりとなると、人と人との関係が不可欠だと思うのですが、農業従事者に対してどうですか? 中国では1億人の離農者が出るという計算とおっしゃいましたが。

小田 ロボットだけでできる農業は当分想像していないです。1億人がいなくなったあとに残された人たちは、生産効率性の観点からはスーパーマンにならないといけないと思っています。残された人たちで、これから増えていく人口に対処できるほどの生産物を10~100倍高い効率で育てなくてはならないのですから。「アレスカ」では、その残された人たちがスーパーマンになるための技術を開発したいと考えています。それを達成するためには、小学生でも理解できるような商品とサービスを開発することです。誰でもわかる、どこでも利用できる、誰でも購入できる。新しい技術を広げていくためにはこれが重要と思ってます。

――これからの農業において、人間がやることと、機械がやること、それぞれ何だと思いますか?

小田 種を植えることや収穫することは徐々になくなっていくと思います。そうした作業は、人間の労働効率性と付加価値が非常に低いからです。歩いて種をまく、歩いて収穫をするといった、この「歩いて」という作業を減らすだけで、100人必要だった作業を10人にすることができます。この部分はアマゾンの最新型商品発送センターと同じように、ロボットがすればいいでしょう。では人間がする仕事は何かというと、問題があったときにどうすればよいか?などの判断。また、収穫後の農作物のクオリティ管理などの作業になると思います。温暖化で気候変動が激しく、変わっている環境に対して、去年がこうだから今年もこう、ということが予測し難くなっている今、農業従事者たちの経験値が今まで以上にモノを言うと思います。若い人たちはまだ経験値がないので、そうした環境変動に対処できるか?というと疑問です。その経験値のギャップを埋めるためにデータを集めて、分析し、どういうアクションをとるべきかのレコメンデーションまでを我々は提供すべきだと考えています。その一環として、「アレスカ」のマルチスペクトルのAIカメラは20年以上経験のある農業従事者よりも直近では24倍速くかつ正確に植物の異常状態を把握でき、間もなく農家のオペレーターに対応策も自動的に送るようになります。未来の植物工場及び一般農家は車を運転するのと同じように、誰でもできる作業になると思います。

――先日、気候変動に対応した食生活を提言した「イート・ランセット」の論文を読んでいて、これからますます、豆やナッツ類のニーズが高くなっていくと思っています。そうしたものは、植物工場でまだできないように思うのですが、30年後はどうなっていますでしょうか?

小田 植物工場はレタス・ハーブ・お花・イチゴなどの生産は問題ないですが、イモ類などのデンプン質やナッツ類のような脂質、豆類のようなタンパク質が多く含まれている食材は可能なものの、まだ収益性の観点からは黒字化を達成するのがむずかしく、これからの課題ですね。食べ物の生産は、一般農家が行う露地栽培とグリーンハウス栽培と大きく2つに分かれて進められてきましたが、どんなに技術開発が進んだとしても、これら2つは当分なくならないと思います。豆やナッツ類もそうしたところで継続的に作られていくことになるでしょう。今後の大きい違いとしては、IoT端末や宇宙衛星で集めたデータを分析し、より生産性・効率性・安定性・透明性・安全性の高い農家のオペレーションに推移していくと思います。その中で私は、植物工場が農業業界の3つ目の生産方法だと考えています。運輸業界は自動車からバス、トラックからコンテナ船、飛行機からロケットと複数の輸送方法があるため、人と物が非常に効率良く動かせてる状態です。農業業界も新たな生産方法が存在することにより、食べ物の生産効率が大幅に増加すると思ってます。また、植物工場は環境をコントロールできるので、年中生産が可能なうえに、研究開発がしやすく、非常に早く結果を出せるのが特徴です。となると、豆やナッツ類の遺伝子の研究開発や苗・苗木の大量生産に植物工場が利用される日もそんなに遠くないと思っています。30年後は、植物工場はなくてはならないものになっていると思います。特に月や火星に人類が基地を設立するのであれば確実に必要な技術ですね。月の表面に1キロのレタスを送るには200万円前後かかると予測されてますし(笑)。宇宙では、弁護士や会計士が必要ないかもしれないですけど、医者とエンジニアと農業の専門家は欠かせないですね。私の夢は、農業という職業を憧れの職業にさせることなんです。

――日本でも世界でも離農者が増え続けていると聞きます。それだけ大変だという印象がありますね。

小田 専門知識を持ち、地球の環境を考え、さらに高い給料を得る仕事だと認識されれば、農業従事者は人々に尊敬され、憧れの職業のひとつとなると思います。そうそう、農業に興味を持ってもらうために、子供たちにも積極的に植物工場に来て収穫のオペレーションやAIカメラの技術的な面を体験してもらうんです。そのとき、自分が植えた野菜の種に名前をつけてもらいます。そうすると、子供たちは愛着がわいて絶対に忘れないですし、無駄にしないです。いずれフードロスを減らすためにも重要な要素だと思ってます。こうした経験を都会でもどこでもできるのが植物工場の魅力です。地球上であろうと、月であろうと、火星であろうと、植物工場は30年後には既に当たり前のようになっていると信じています。

インタビュー:吉川欣也、土田美登世(構成含)


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