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伊香保に行ったら膝が壊れて股間を握られた挙句、オチはダジャレ。

私は、同年代の人に比べて圧倒的に旅行の経験が少ない。家族旅行の経験も無ければ、彼女と旅行に行ったこともないため、修学旅行を含めても10回に届かない程度である。

一方、世間の皆様は旅行がお好きなようで、自分を探しにインドへ行き、卒業旅行でタイ。新婚旅行はハワイやピピ島。休日は熱海や別府へ旅行に行き、自分へのご褒美でフランスに海外旅行。夏休みには軽井沢。年末年始はやっぱりハワイで、帰省のついでに国内旅行。

昨年、今年とコロナ禍で移動が制限されていたというのに、地元の人間に聞くとそれでも県外ナンバーの車をよく見たと言う。皆、旅行が好きなのである。

私は団体行動が苦手な引きこもり体質なので、いつでも家が1番であり、極力友人であっても他人と寝泊まりなんてしたくない。

温泉やサウナは好きだけど、長時間かけて温泉に行くくらいなら、近所のスパで良い。

海外の文化や歴史に興味がないわけではないが、特定の国に強い好奇心があるわけではないので、家で「世界ふしぎ発見」を見ていれば充分である。

行けば楽しいのは分かるが、腰に異常な重量が働いている私は、行くまでがとにかく嫌なのだ。旅行に対する経験値の無さから、準備の方法や立ち振る舞いがわからないのである。リサーチなんてまるでせず、雰囲気で行き当たりばったりである。また、そんな私の周りには似た様な人間が集まるものだから、そんな仲間と旅行に行って散々な目にあった事もある。

20台前半のころ。バイト中に暇を持て余し、バイト仲間のSとお互いのケツのスメルを嗅ぎ合って健康状態をチェックしていたところ、突然バイト先の親方から、

「おう、オメーら、旅行行くぞ」

と、声をかけられた。念のために言っておくと、この親方という男は普段から親方の様な言動をとるため親方と呼ばれているだけであり、身分は我々と同じアルバイトである。

私とSは根っから田舎者のウブなネンネだったので、泊まりの旅行に誘われる=SEXの誘いではないかと恐怖に震えた。

「お父さんに門限を決められてるから、泊まりはちょっと……」

とモジモジしながら拒否した我々を、親方はキッと睨みつけ、

「うるせぇ、行くぞ」

と言い放つ。この押しの強さが、親方たる所以であり、その頑固さから、彼は別名「ダイヤモンド・クレイジー」とも呼ばれていた。クレイジー・ダイヤモンドではない。逆である。私とSは、これだからゴーインなオトコのヒトってイヤ!と、思った。

親方は我々を誘う前から旅行の行き先を決めていた。「伊藤の香りを保存する」と書いて、群馬県は伊香保温泉である。20代前半の旅行先としては、なかなか渋すぎるチョイス。

これまでに友人と旅行に行った経験などなかった私は、行き先どうこうではなく、いくら仲の良い彼らと行くとしても、泊まりは嫌だなぁと思っていた。しかし、親方が言うには、

「伊香保にはよぉ、石段って言う良い雰囲気の温泉街があるっつーんだよ。しかも近くにストリップとか、珍宝館ってのがあってよ。面白そうじゃねぇか?」

という。この頃の私は、「雰囲気」と言うものに凝っており、非常に興味をそそられた。しかも、ストリップや珍宝館とな。ほうほう、そう言うことなら、ワタシもまぁ、嫌いな方じゃない。ようござんしょ!いっちょ行ってやりまっか!と、参加を決意した。

1月某日。我々は、戦時中に作られたと思われる親方のジープに乗り込み、伊香保に向かった。カーブのたびに遠心力で車の部品が落ちていたので、伊香保に着く頃にはハンドルを持ちながら自分の足で走るハメになるのだろうと思った。

旅行も、始まってみれば意外と楽しい。車内で大いにはしゃぐ私とSを見て、親方もなんだか嬉しそうである。新宿-群馬間は意外と近く、2時間程度で群馬県に入った。

伊香保に着く頃、突然Sが車外に何かを見つけ、発狂し出した。

「マジかよ!!みんな見て!!乳の里って書いてある!!伊香保って乳の里なんだ!!」

私は、「乳の里だって!?なんだそれは!伊香保ってイエローキャブの隠れ里か何かなのか!?」と思い、野田社長の顔を思い浮かべながら必死で車外を見渡した。すると、そこには

「豆乳の里」

と書かれたのぼりがあった。ホテルに着いたら、真っ先にSを麻婆豆腐にしてやろうと思った。

宿泊するホテルに到着。時給750円で働く我々は、当然平日の最安値でしか泊まれない。連休明けの平日と言うこともあり、ホテルはかなり閑散としている。我々としてはむしろそのことに解放感を感じ、テンションが上がる。さっそく浴衣に着替えて乾杯し、夕方までくつろいだ。

日が暮れ始め、そろそろ石段街に行こうと、フロントに石段街までの道のりを聞きに行く。ハードジェルで髪の毛をビシッと固めたフロントマンが、気まずそうに口を開いた。

「……石段街なんですが、実は平日だとお店を開いていない場合が多くてですね……」

我々は顔を見合わせた。

「先日も、他のお客様からお叱りを受けまして……」

悲しそうな顔を浮かべて言う、「お叱りを受けまして……」が、なぜか私のツボに入った。

いや、そんなはずはない。ネットで見た、あの暖かな石段街が我々を待っているはずである。我々はフロントを信じることができず、石段に向かう。

道には雪が残っている。凍ったコンクリートを踏みしめ、私たちは歩いた。履き慣れない下駄を鳴らし、歩いた。寒かった。しかし、熱かった。心の内は熱かった。もうすぐネットで見た石段街。きっと私たちを暖かく迎え入れてくれる。さぁ、受け入れよ!冷えきった我々の体を!そう願いつつ、高く積み上げられた石段の方へ目を向ける。


笑っちゃうくらい真っ暗だった。嘘みたいな闇。フロントマンが「もしかしたら、この店は営業しているかもしれません」と言っていた店すら閉まっていた。ホテルに戻ったら叱ってやろうと思った。

熱いテンションで体感温度がバグっていた我々は、我にかえって自分たちが浴衣姿であることを思い出し、途端に震えるほどの寒さを覚えた。早くホテルに引き返そう。我々にはまだ仕事が残っている。一刻も早くフロントマンにお叱りを授けなくてはならないのだ。

しかし、親方は力強く言った。

「せっかくだから登ろうぜ。もしかしたらあいてる店があるかもしれねぇしよ!」

無理である。途中に休憩できる店が確保されてるのならいざ知らず、1月のバカみたいに寒い夜、浴衣に羽織1枚で600段の階段をただ登るなんて、時代錯誤の精神訓練に等しい。しかし、我々に親方を止めることはできない。そう、ダイヤモンドは砕けないのである。

ネットで見た温かい雰囲気のある石段街が、今この状況ではさながら真冬の八甲田山の様に感じる。寒さを堪え、黙って一段ずつ登る。なんのエンジョイ感もない。ひ弱なSは、心身の寒さで凍死した。

運動不足とタバコで衰え切った体に鞭を打ち、何度もゲロを吐きながらようやく六百数段の石段を登り終えた。途中で開いていた店は、駄菓子屋と酒屋の二件しかなかった。

石段を登り終えた先にあったのは、人気のない薄気味悪い神社のみ。取り敢えず参拝して、上から石段街を見下ろす。その頃には、不思議と石段街が営業していないことに対する不満がさっぱりと消えていた。

代わりに湧き出た感情。それは、怒りや虚しさ等ではなかった。ましてや、登りきったことによる達成感等でもない。



疲労だった。膝が悲鳴をあげていた。

Sの亡骸を抱えながらホテルに戻り、気分転換に飯でも食おう、と判断。普段着に着替えて街を散策する。折角なら、土地のものを食べたい。親方に聞くと、伊香保はうどんが有名らしい。




街に、営業しているうどん屋はなかった。

気を取り直し、ホテルのパンフレットに伊香保の名物としてこんにゃくがあると書かれていたのを思い出し、また、伊香保が豆乳の里であると言う事も思い出した。




旅行の初日に、こんにゃく食べて豆乳で乾杯なんかしたくないとみんなが思った。

仕方なく焼肉屋で腹を満たし、次の目的地に向かう。そう、この日の我々にはもう一つの目的がある。それが、ストリップである。

伊香保には、歴史あるストリップ小屋があると言う。我々にとって、初のストリップ。しかも温泉街の老舗ストリップ小屋とは、何とも風流な響きである。単語の端端に侘び寂びが効いている。我々はストリップ小屋の看板を見つけ、ワキワキとしながらその怪しい建物に近づく。




閉館していた。

我々は叫んだ。伊香保の、どこまでも限りなく広がる真っ暗な空に叫んだ。

どんだけーー!!いかほどーー!!

IKKOさんと伊香保を掛け合わせたオリジナルギャグである。ぜひ群馬県民に使って欲しい。

次々と我々の期待を裏切り続ける伊香保の残虐ファイトに、涙を止めることができなかった。

しかし、悪いのは伊香保ではない。我々のリサーチ不足と計画性のなさである。

例えば、今「伊香保 平日」と検索すれば、平日は殆ど店が閉まっており、休日に行くべきであると言う情報がヒットする。名物や食事処なども、事前にリサーチし、幾つかピックアップしておくべきだったのだ。当時はまだスマートフォンもなく、その場で調べるということが出来なかった。旅慣れしておらず、計画性のない我々の実力不足が浮き彫りになっただけなのである。


2日目になり、もう一つのメインイベントである珍宝館に向かった。珍宝館は平日も営業しており、私たちは胸を撫で下ろした。

珍宝館は、読んで字の如く、男性器や女性器にまつわる展示物が飾られている、所謂秘宝館である。我々に「アート」と「下ネタ」に境界線などないと実感させてくれる、素晴らしいスポットだ。

受付を済ませ、説明を受ける。どうやら館長自らが案内してくれるシステムだと言う。その館長というのが、珍宝館の館長というにしては、いたって普通の見た目をしたおばさん。

料金を払ったあと、館長は我々に外にある夫婦岩の前に並ぶ様指示する。すると、突然彼女の目の色が変わり、大きな声で自己紹介を始めた。

「ようこそいらっしゃいました!私が珍宝館のカン長兼、マン長の、名前はチン子です!」

何というパンチラインだ!我々は度肝を抜かれ、笑うというよりも萎縮してしまった。そんなノリの悪い我々を見て、チン子さんは何を思ったのか、突然親方のイチモツを掴んで、言った。

「あんた、短小」

あ、当たってる!!我々は顔を見合わせた。驚く我々を見て、ニヤリと笑うチン子さん。今度はSのイチモツを掴んで、言った。

「あんた、包茎」

また当たった!!我々はすっかりチン子さんの虜になった。的中率100%の占い師。島田秀平は今すぐチン子さんに弟子入りすべきである。本物の占い師を見たのは、これが初めてのこと。ワクワクする私のイチモツを掴み、チン子さんは勝ち誇った顔で言った。

「あんた、早漏」

私はがっくりと肩を落とした。私は仲間内でも有名な遅漏だったのである。事情を知るSが私の背を軽く叩き、

「お前だけ外れちまったな……」

と慰めてくれた。伊香保は最後まで私を裏切り続けたのである。


楽しかったのは事実だが、リサーチ不足で目的の多くが果たせなかった事も事実。あの日の忘れ物は、あまりに多い。思い返したら、なんだか熱い気持ちが込み上げてきた。自粛期間が明けたら、今度はしっかりリサーチしたうえで親方やSと伊香保に行きたいな、と思う。改めて、本気の伊香保がいかほどのものか、味わいに行きたい。

気付いていると思うが、これも伊香保をかけたオリジナルギャグである。

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