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(補充)裁判員になった話1

「あんたに裁判所から封筒来てるよ」

本籍地の実家からこんなLINEが送られてきて平然といられる人間はそう多くない。
何をやらかしたのか、特に思い当たるような悪行もしていないが、裁判所からの封筒というのであればなにかやらかしたに違いない。
私は母親に内容を確認してもらおうとしたものの、どうやら本人のみしか開封が許されていない封筒らしい。
どう考えてもおしまい。絶対に何かをやらかした。
絶望感と不安にまみれて平日を乗り切り、週末に急いで帰ったのが、数年前の11月末。

「最 高 裁 判 所」

実家に帰って恐る恐る封筒を受け取ると、封筒には「最高裁判所」の文字。
初手で三審制の最後の裁判からスタートとなる。と思いきや、横には堂々とレインボーのロゴと共に「裁判員制度」の文字。
そう、誰も裁判員制度の封筒とは伝えていなかったのである。

「裁判員の(候補者の)候補者名簿に載せました」

封筒の内容は至ってシンプル「選挙権のあるあなたは、裁判員の候補者名簿に記載されました。一年間載ってます」ただ、それだけ。
他には、
1.今後裁判員裁判がある場合に、この名簿の中から候補者を無作為に選び、そこからさらに無作為に選びます。
2.日当、交通費出るよ。
3.あなたが仕事しないと会社が潰れたり、裁判出れないような体調なら教えてね。除外するかも。
4.呼び出しあったら指定した日に本籍地管轄の地裁来てくじ引きしてね。
5.裁判員制度はこんな制度だよ。DVDもみてね。
こんな感じ。

ここで重要なのは、この封筒が来た段階では裁判員になったわけではないということ。
ただ単に、裁判員を選ぶくじ引きの候補者の候補者に選ばれました。というだけで、居住地の治安がゴッサムシティ状態でなければくじ引きにすら呼ばれることなく一年して名簿が作り直される。(もちろん次年も無作為に選ばれて名簿に載る可能性はある)

ただし、裁判員を選ぶくじ引きへの呼び出しがある場合には、裁判員を経験しない限り毎回応じる必要性がある。それだけ。

私は名簿に載った段階で、当時の部門長にのみ呼び出しがある可能性などを伝えた。
有給ではなく、公休扱いとなり給料も出ることなど便宜が図られることも多いので、偉い人に相談しておこう。

「裁判員選ぶので地裁に来てね」

それから数カ月後、今度は本籍地を管轄する地裁から呼び出しと、抽選への参加可否の返事をする封筒が届いた。
ここではどのような事件の裁判なのかは明かされておらず、また裁判日程なども明かされていなかった。
この名簿記載時に挙げられたような重大な理由がなければ基本的に拒否できない。むしろ私は仕事を休[データ削除済み]
日付については平日の昼間で、半日分の日当と交通費が出るとの通知も合わせてされた。

「この人達、個人的に知ってる?」

当日裁判所に集められたのは、おおよそ20〜30人。
抽選開始までは裁判所1階の待合室で、無料のティーサーバーと裁判員制度の紹介映像の無限ループが提供された。

時間になると、学校の教室のような部屋に全員が集められた。
部屋の隅にはプロジェクターと、スーツのどう見ても私の研究室の教授の親戚にしか見えない人物と、同じくスーツでプロジェクターの調整を行う人物が二人。
自己紹介で、それぞれ裁判長と裁判官であることがわかった。

抽選会ではまず、裁判所職員の方による当日の抽選の説明と、裁判長による事件の内容の説明、そして担当する検察官と加害者側の弁護人の挨拶があった。
※事件の説明については、私のときは文書のみでした。事件によっては、断りを入れた上で、現場や凶器の写真が提示されることもある模様。

一連の説明と挨拶が終わったところで、裁判への参加可否の確認が行われる。これは紙に参加可否を記入していくもので「否」の場合は理由の記載が求められ、抽選前に本当に参加できない条件であるかの面談が行われる。
記入の際に裁判長が全員に言ったことが何となく印象的だった。

裁判長「この中で、被告、被害者を個人的に知っている方はいますか?知っていれば参加できない方に丸をして、後で教えて下さい」

当然といえば当然であるが、関係者が裁判員に選ばれることはない。

全員が記入を終え、何人かが参加できないと退席したところで、抽選結果がプロジェクターに表示された。

「この番号の方、残ってくださいね」

プロジェクターに表示されるのは、六個と二個の何桁かの数字。
これは席にあった数字で、六個の方は実際に審理を行う裁判員、二個の方は補充裁判員。
そして、私は補充裁判員になりました。

裁判長「抽選と言いましてもね、くじとかじゃなくてコンピュータでやるんで一瞬で出るんですけども、ちゃんと公平に選んでるので安心してくださいね」

仕事を休めるという事と、本当に話し方が学校の教授のような話し方の裁判長だなあなどと思いつつ、抽選された8人は別室へと案内された。

「来週からのお仕事です」

向かったのは、法定のすぐ裏にある審議室。
この中で、裁判長、裁判官、6人の裁判員と2人の補充裁判員が円卓を囲んで、担当する事件の概要と業務内容、注意事項などの説明を受ける。
注意点としては、
1.法廷での出来事は、公開されている場所なので他で話しても良い。
2.この部屋(審議室)での裁判に関する内容で、誰が何を言ったかなどは話してはならない。録音録画もだめ。
3.裁判員をやった、流れなどはネットでもどこでも表明OK。むしろ歓迎。
4.裁判員同士、プライベートで仲良くなって名前や連絡先を聞くのは良いが、無理に聞いたりしない。
5.呼び合うときは、「○番さん」「補充○番さん」と呼ぶ。
6.服装は私服で良いが、法廷なので常識の範囲で。
このような注意があった。

「補充裁判員というのは、裁判員の方の誰かが病気などで欠員となったときに、代わりに参加していただく要員となります」

補充裁判員についての説明は、このようなものだった。
物に例えると、補充裁判員はHDDでいうRAID1とか、バックアップ用のUPSとかそんな感じのポジションである。
審議には参加するものの、基本的には聞き役に徹しており、裁判員に欠員が出たときのみ代わりに意見表明などを行う。
それ以外は、裁判官の方々に意見を求められたら答えられる。という役目。
要は聞いて内容をすべて把握しておくのが仕事。

裁判長「裁判員は最大6人選ばれるんですけども、補充裁判員は2人しか選ばれないんですよ。すごい確率ですよねえ」

発言できないことを残念に思っていると思われたのか、裁判長から謎のフォローが入った。今でも印象に残っている事の一つ。

「来週からみなさんが座る場所です」

一連の説明と書類への記入、署名が完了したあと、裁判長と裁判官の方々による法廷の案内と見学(というより自由散策)が行われた。報道で見るのとは逆方向から見る法廷は、イメージよりも広かった。
私の座る席は、裁判員の方の後ろの隅っこ。PCモニターが埋め込まれた2人掛けの席だった。

「裁判は月曜日から始まりますので、○○時にここへお集まりください。それでは、来週からよろしくおねがいします」

こうして、(補充)裁判員の1週間が始まるのだった。(2へ続く)

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