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シーツのおばけのペピー

 今日はね、かぼちゃのパイを焼いて来たの。ロージーが言うと、焼きたてのあまぁく香ばしいかぼちゃのパイがカゴの中から、たからもののようにそっと取り出されました。白磁の器を覆う焼き目はそれはもう見事なもので、模様の隙間から見える鮮やかなかぼちゃ色が、こんがりと焼き上がった隙間から控えめに顔をのぞかせているのでした。

 パティは喉をごくりと鳴らしながら、負けじと、とっておきの紅茶だよと手提げの中から、やはり白磁のカップとソーサー、銀色に磨き上げたスプーン、そして星柄の封蝋の付いた小瓶を取り出しました。ロージーは目を輝かせ、その封蝋は星屑紅茶店の、ほんとうにとっておきの、と小さく拍手しました。

 二人のお茶会は月に一度の、小さな楽しみでありました。パイと紅茶は交代で、晴れでも雨でも、月の半ばの同じ日に楽しめるように、小さな小さな、お人形さんのような家の中で行われました。学校よりも仕事よりも他のお友だちの約束よりも、何よりも大事にしている日です。

 必ず、焼きたてのパイと香り高い紅茶を。それは二人の間の約束事でした。10月のその日はせっかくだからと、前の日のうちにハロウィンの飾り付けをして、楽しくも少し奇しげな、コウモリや紙のクモの巣を提げ、空いている席には小さなオバケを座らせました。

 ハロウィンには少し早いけれども、ロージーとパティの世界ではもう8月の終わりからハロウィンの用意で浮かれていたものだから、10月はずーっとハロウィンの本番のようなものでした。

 だから、その日に来た、小さな小さなお客さまも、何も驚く事なく家に招き入れました。trick or treatの合図はハロウィンの正しい挨拶なのですから。

 昨日から席に堂々と座っていたオバケのぬいぐるみは小棚の上へと置き直されて、小さな小さなお客さまがその席に座りました。どうせパイも紅茶も、毎月、二人がお腹いっぱいになっても少し残るくらいなので、treatをご馳走したのです。お客さまの名前はペピーといいました。

 三人に増えたその日のお茶会は、真夜中を通して、太陽が上がる少し前まで続きました。小さな小さなお家だから、昔は小さくなんか見えなかったのに、今になって見ると本当に小さなお家だったから、見つけられなくて、迷ってしまったのだと、シーツを被ったままのペピーは言いました。

 山の向こうが少し白んだのを、覗き穴のような小さな窓から見て、そろそろ帰らないと、とペピーは言いました。吸血鬼の格好をしたパティが、まだハロウィンは終わってないと言いました。黒猫のロージーも引き止めました。

 嬉しそうに、けれども、ぐすん、そう鼻を鳴らしながら、もう大丈夫だよ。ペピーはそう言いました。それから、このお茶会も、もうしなくていいんだ。そう言うペピーのシーツのたけは、入って来た時よりすっかり短くなっていました。いつもの二人ならば、座ってしまえばさほどの窮屈さも感じないお家も、もうぎゅうぎゅうでした。次の行き先が決まったんだ。だから、もういいんだよ。ペピーがもう一度言いました。

 最後のひとすくいのパイを残して、ペピーは朝を迎える前に帰りました。ロージーとパティはそのパイを二人で分けて食べました。いつだって三人分を作っていたパイでしたから、その日はお腹が程よく満たされて、苦しくなることはありませんでした。

 結局のところ、ロージーとパティが月に一度のお茶会をやめたかというと、そんなことはありませんでした。ただ、好きな日に、好きなだけ、好きなものばかりを持ち込んでお茶会をするようになりました。月に何度もお茶会をするようになりました。けれど、ペピーはもう、来ることはありませんでした。

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