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モラ夫にとっての「子ども」とは

こんにちは。Rです。
クリスマス、如何お過ごしでしたでしょうか?

我が家は娘の塾はありましたが2人で手作りビーフシチューやケーキを食べて、プレゼント交換もして、
25日朝には サンタさんも来てくれて(娘はサンタさん信仰やめない宣言をして、ジンジャーブレッドもクリスマスツリー下に置いていました)、
心穏やかなクリスマスホリデーでした。

で、離婚した元夫から
娘にプレゼントも 何もない事も 既にデフォルトとなってます。

そして、ふと、何度目か、思い出した モラハラ元夫にとっての 子供 について、綴ってみます。


子供好きで通っていた モラ

モラハラ人間の外面がめちゃくちゃ良い事は、少しでもモラ被害に遭った方ならよくご存じの事かと思います。

でも、私の元夫は、モラの家族の間でも、子ども好きで通っていました。
モラのきょうだいの子ども達、つまり、モラの甥姪の全員が、長らく独身(子なしバツイチ)だったモラを、「おじさん」ではなく、親しみこめて名前で呼んでいました。
結婚の挨拶に行った時には、
義母もきょうだい全員それぞれ、
「結婚できてよかったね。〇〇、子ども好きだから。」

モラの友達たちからも 言われました。
「〇〇、子ども好きだから、自分の子どもが出来たら、もうメロメロだよ、きっと!」

モラに子どもが生まれた時、モラはどうしたか

うちの場合は、まず、子どもが、本当に手が掛からなかった記憶です。
今もそうですが、とにかくよく寝る子で、夜泣きは皆無。
ミルク飲んだら そのまま飲み寝。
ミルク飲ませたらげっぷをさせなきゃ!と、最初は焦って背中トントンしていたのですが、ミルク吐きもなく、飲み落ちするので、ミルクの飲み方もよほど上手だったらしい。

よく寝るから私はむしろ手持無沙汰で、産後ハイのまま、掃除に精を出したり、ケーキ焼いたりして、初子育て中の私を心配して遊びに来てくれた友人達をがっつりもてなしてしまい、逆にびっくりされました。

だから、モラハラ夫の漫画とかに出てくるように、「おい、早く泣き止ませろ!」みたいな事もなく、家族で自営業の事務所と家の往復をしていたので、帰宅したら家の中がぐちゃぐちゃ みたいな事もなく。

まったく、娘には感謝しかありません。

そんな、超育てやすい子だったので、モラは娘が小さい頃から一緒によく出掛けていました。
すごい時には、当時1歳の娘と一緒に飛行機乗ったとか言って、子どもにプレゼントされるおもちゃとかを、子ども以上に喜んだりしていました。

しかし、その後、それがエスカレートして、
1 子供を何処かに連れて行って喜ばせたい。
2 妻子を車に乗せて、何処に行こうか考えながらドライブ
3 車に飽きた、お腹空いたという妻子にイライラ。
4 適当にその辺でご飯食べて、その辺で遊んで帰ってきてぐったり
が繰り返される事になりますが。。。。

本当にモラは子ども好き?と感じた事

そして、娘が家の近くの幼稚園に入ります。
園バスがない幼稚園だったので、我が家にとっては家の近くで良かったのですが。
家の前は、登園、降園の園児達とその保護者が毎日通ります。
仲良しの子同士が はしゃぎながら歩いたり走ったり、
ママ達が「危ないから走らないの!」とか 賑やかな時もあります。
すると

「ガキどもが うっせぇんだよ!」と、家の中から毒づきます。
家の中で です。 
相手には聞こえない。

そしてだんだん、幼稚園のママ友や、幼稚園の先生方の事を
悪く言うようになりました。

本当に、耳をふさぎたくなるような罵詈暴言。
「聞いていて気分がよくないし、子どもが聞いたら外で同じように言うよ!」と注意すると
子供がいない所で言っていました。

子供の行事に参加しようとしないモラ夫

これ、未だに不思議なのですが。
うちのモラ元夫は、自分の子の入学式、授業参観に行った事がないです。
娘が通った幼稚園は、両親が揃っている事に重きを置く園だったので、
(そもそも、シングル家庭が通わせられるシステムは皆無だった)
何とか行事に参加していた感じですが。

小学校の入学式にも「仕事があるから」来なかった。
(自分の趣味の旅行では 平気で私に会社番をさせて出かけていたけど)

授業参観は一度も来なかった。

運動会は、何故か、お弁当の時間になると「場所取っておいたぞ」と
やってきて、お弁当食べたらまた いつの間にか消えていた。

そして、娘が小3の時に、 女に狂って娘に暴言を吐き散らかし、
家の中に物理的に壁まで作って、家族との接触を遮断した。

離婚調停、裁判中のモラ男

調停中は、自分が娘に暴言吐いたりしたのを否定して、
逆に私が娘にDVをしていたと主張し、
親権は俺が取る!Rが俺に養育費を払うべきだ!と 
最初はありもしない事を言い散らかした後に
こちらがモラの不貞の証拠を提出するや否や
あっさりと「親権は争わない」。

離婚裁判でも一度は親権を主張するものの
あっさり取り下げる、謎っぷり。

そして、裁判が和解で終わった時に 私の弁護士に
「娘とは 何時でも連絡が取れるように、メールアドレスを渡したい」
と言ってきたとのことですが、
その後、メールアドレスの連絡はなかったそうです。

モラ男が子どもが好きかどうか の 私的解釈(まとめ)

結局、モラは 子供が好きでも何でもなかった と 今の私は 思います。

周りに「子ども好き」で通っていたのは、大人同士の会話がウザかったから、「俺は子どもと遊んでいるから!」と、逃げていたんじゃない?と、今は思います。
現に、甥姪たちが大きくなってから、お年玉を挙げている所も見た事ないですし、そもそも、お正月の義実家の集まりにモラが参加したのは、ほとんどないです。

そして、本音は「ガキはうるさい」。だから、家で、家族には 本音でしゃべっていたのでしょう。

もっと言うと、自分の子も「俺の言う事を聞く」のと「カネがかからない」なら許容範囲だけれども、言う事を聞かなくなったとか、習い事や塾でお金がかかる、自分の為に時間を取らなくなると、不要になったのでは と 感じています。

実際、もらは出産費用、幼稚園の入学金、習い事の月謝や発表会代は 払ってこなかったどころか、 児童手当も全て自分の趣味の旅行に使っていました。


結論: 子の成長を喜ばない親は要らない

父親が女に走って 家を出て行った後のうちの娘はどうしているかというと。

何をしたい、何を習いたいと言っても
「カネはない!」とか言われていた頃よりも
余程、自分で色々考えて 遊びも学びも 工夫してやっています。

もっとも、
うちの場合は子どももそこそこには大きくなっていたし、
ある程度は自分で物事を把握出来るようになっていたし、
娘本人も 父親から暴言とか受けていたんで、
父親と一緒に暮らしていても良い事ないと 理解していましたが。

「子どもから父親を奪うのはかわいそう」と思ったら
じっくりと
「本当に 子供にはこの父親でいいの?」と よくよく観察しているのも良いかと思います。


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