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神だって超える#11

 再度、閃光によって視界が真っ白になる。意識が元の世界へと戻ると、マクマとウイランは微妙な面持ちで座っていた。

「やあ、おかえり~」

 千年前の過去から現在。見た目では何の変化もない二人の女神。なぜ、彼女達が神としての役割を全うしないのか理解する。

「これで分かった? 私達は今さら神として動くつもりはないの」

 ウイランの瞳は冷たかった。故国が目の前で滅亡した痛手は測り知れない。が、だからなんだというのだ。ミチは首をコキコキとして奥歯を噛んだ。

「よーく分かった。お前達は何も反省をしていないってことを」
「え?」

 天空に向け、ミチは意味をなさない言葉で吠えた。何もない荒地と雲一つない空へと反響する。彼の行動に唖然とする一同。叫び終えたミチは、二人へと睨みを利かせた。

「千年もダラダラと過ごしやがって。俺達人間はな、100年生きるか生きれないかの寿命の中で必死に生きてんだよ。どんな辛い悲しみを抱えようが、そうやって人は乗り越えて前に進むんだ。それが聞いてりゃあ、王女や故国を守り切れなかったから神をやめただと? ああ、同情はしてやるさ。でも、いつまでも悲劇のヒロインぶってんじゃねえ!」
「ちょっと、ミチ! 言いすぎ――」

 止めに入ったヴェリーの腕を払いのけ、ミチは怒りをぶつけるがままに続けた。

「どっかの誰かが言ったように、この悲劇を招いたのは戦神の仕事をサボっていたディライトだろ! 怒りのままにベベット族を殺したウイランだろ! それを良しとしたマクマだろ! なにを全てベベット族のせいみたいな顔してんだよ。テメエら神の独りよがりで下界のもんを放っておくんじゃねえ! 考えたのか? お前達がやったことは無関係の西の大陸にまで影響を及ぼしたことを。考えたのか? 異国と友好関係を築こうとしていたイーサンの気持ちを……。お前達は、彼女の想いを簡単に消し去ったんだ……ぞ」

 最後は悔し涙に喉を詰まらせたミチ。彼の言葉は少なくとも、マクマの心に突き刺さり、彼女は少女のようにわんわんと泣き出した。ヴェリーが彼女の背を優しく擦る。鼻水が流れてくるので、ミチは袖で鼻下を拭った。

「ディライトをぶん殴ってやる。と、ミチ様は決意表明を心の内でされました」

 静かに見守っていたタナカがミチの脳内リンクを通じて声にする。それに対して、特段ミチはなにも言わなかった。彼の濡れた瞳に宿っていたのは怒りという炎だった。

「神なら神らしく生きろってんだ。あー女々しくて吐き気がする!」
「でも、ディライト様がどこにいるのかなんて分かんないでしょ」
「そんなもんコイツらが知らねえわけねえ。そうだろ?」

 マクマとウイランは視線を落した。ミチの読み通り、彼女らはディライトの居場所を知っている。

「アタシが案内するよ~」
「待ってよ、マクマ。そんなことをしたらディライトの怒りを……」
「ミチの言う通りだよ。アタシは甘えていたんだ。イーサンの死に直面したアタシは、もう自分の無力さを痛感したくないって逃げていただけ。ディライトがどうとか、ウイランがどうとかじゃない。アタシはアタシの弱さから神の立場を放棄したの」
「マクマ……」

 ズズズと鼻水をすすったマクマは、ゴシゴシと目に溜まった水を全て落してパン!と自分の頬を叩いた。

「アタシにはやるべきことがある! ちょっぴり遅れたけど、今からでも間に合うかな~?」

 マクマは真っ直ぐにミチを見た。彼女が精悍な顔つきになったとヴェリーは思う。先程までの彼女はどこかに消えたような……そんな気がした。それに目に見えない、口では上手く表現できない何かが――。
(マクマ様とミチの間に、何か見えない結束のようなもの……?)

「千年のどこが”ちょっぴり”なんだっての。でも、お前のやるべき事は決して遅くはない」

 え、なに? 何の話? 分からない。まるで意思疎通をしている二人の会話にヴェリーは焦ってタナカへと密かに頼った。彼はミチが見せられた記憶を追随するような形で、脳内リンクにより千年前の記憶を見ている。

「千年前。レベット王国が襲われたあの日、ディライトとウイランが神議会へと呼ばれた。それも1年前の件で。どうもタイミングが良すぎるとしたマクマの違和感をミチ様は感じ取ったわけです」
「そ、そう。上位神に敬称を付けないところも彼譲りなのね、アンタ」
「飼い主に似るとはよく言ったものです。――話を戻しますと、マクマは十の神の中に密告をした者がいると睨んでいるわけです。それもベベット族を上手くそそのかし、レベット王国への侵攻を手引きした者が」

 血の気の引くような話だ。密告そのものには神書に従った忠誠心のように感じられるが、万一にもベベット族を動かしたともなれば……。考えられるのは、密告したことにより神としての評価を全能神から受けること。ただ、ベベット族への侵攻は何の意図がある? 下界での戦は神に直接影響を及ぼさない。安定した惑星でもあえて戦を放置することもある。要は平和と戦争でバランスを取るということが神の世界では許されている。しかし、それが目的だとは思わない。戦神を差し置いて、それを仕掛けた裏には――。

「ヴェリー、なにを思い耽っているんだ。俺が格好良かったからって、今さら見直してんじゃねえよ」
「だ、だ、誰がそんなことを思っているって!」

 ミチは背中越しのヴェリーにクスリと笑って見せ、前を向いた。

「俺はずっと神は感情の揺るがない冷徹な野郎だと思っていた。だけど、今回の件で分かった。大してヒューマンと変わんねえ心の弱い生き物なんだって。そりゃあ、そうか。神になる前は種族は違えど、同じ下界に住む生物だったんだもんな。何年生きようが、本当の意味で神になれる奴がいないってことだ。――ディライトの野郎の目を覚まさしてやる。そして、救ってやろうぜ。お嬢さん・・・・

 不覚にも、その背にゼウスの姿を重ねてしまった。決して大きな背中ではないはずなのに、いつも全てを受け入れてくれるような背中。どうしようもないヒューマンだと思っていた男が想像だにしない創造力を持ち、いい加減だと思っていた男がどういうわけか道を示す。
(ミチ、あなたは本当に万能神になるべくしてなる存在なの?)

「さあ、行きますぞ。お嬢さん」

 気付かぬ間に、後ろからミチに腰を抱きかかえられていたヴェリーは、大きく目を見開いて、ブチ切れた。

「なにさらしとんじゃあ、わりゃあ!」

 顎にアッパーを食らわされたミチは吹っ飛び、腑抜けた言葉で言い訳を始める。

「だゃてぇ、タ〇コプターじゃ遅いんだゃもん」
「だからってレディの腰に急に抱きつくな!」

 なんだかんだ二人がゴタゴタとする決まりシーンとなってきたが、その光景を見てフフと笑ったのはウイランだった。彼女のその表情にマクマは一驚した。

「ウイランが久しぶりに笑った~!」
「そ、そんなんじゃないからっ」
「い~や、笑った! 笑ったよ~!」

 はしゃいだマクマはウイランの手を取りブンブンと喜びを示して大きく上下に振った。照れたウイランは堅い笑みをする。

「ちょ、ちょっとマクマ、やめてって」
「いいじゃん、いいじゃん! 久しぶりにこうするのも~」
「まったくもう……しょうがないんだから」

 マクマの緩んだ顔はいつも以上にニッコリとしていた。それは本来あるべき笑顔だったのかもしれない。彼女の作る笑みはどことなく偽物だった。だから、手を取り合ったマクマとウイランの表情を見た時、ミチとヴェリーはいざこざに制止をかけ、心から嬉しい気持ちになるのだった。

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