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神だって超える#8

 王宮の中へ誘われた一行は、これまた赤土で造られた長机の前に胡坐を掻く形となった。土臭い匂いに囲まれながら、もてなされた料理に失笑する。
(どれもサソリじゃねえか)

「さあさ、神の皆様。本日は私の誕生祭ということもあり、良いタイミングで来られました。今夜のご馳走は豪華ですよ!」

 ビチビチと跳ねるサソリの活け造り。これを目の前にして、口に入れろという方が無理だ。

「神の私達に食事は必要がないの」

 平然とそう言ったヴェリーの表情は嘘偽りがなかった。それを知らなかったミチは目を輝かせた。

「そんな話は聞いてねえぞ」
「神には三大欲求と呼ばれるものがないの。睡眠も必要なければ、性欲もないのよ」
「……ん? 俺がこっちに来たときは眠かった上に、いやらしい気持ちを持っていたぞ」
「自信満々に言うことじゃないよ。恐らくそれは、ミチが完全な神格化になっていないからね」

 ということは、空腹になることも考えられるということか。それは非常に参ったが、目の前の生物を食すぐらいなら我慢する方がまだマシか。

「空腹にならないのなら、一部では神と同じ身体になっているということね。現にこの惑星に来てから、ミチは暑さを感じた?」
「いいや」
「ここの気温は50度を超すのよ。平然でいられるということは、既に神としての肉体を部分的に機能しているということ」

 どうりでベベット族は皆、裸なわけか。にしても、ベベット族の女の裸を見ても何も感じねえ。体つきは人間と酷似するものだが、どうも額の三つ目が化物という固定概念を生み出してしまう。
 誰一人サソリに手を付けないので、エルバンテの王:リリブは哀し気な表情を見せていた――ように感じた。

「それで、何か御用があってここに来られたのでしょうか?」

 リリブが4人の顔を窺いながら尋ねる。彼の傍にいたメイド:タンヤリンは気を利かせて席を離れる。彼女の胸の大きさを横目で追っていたミチは、その豊胸に思わず鼻の下が伸びた。
(種族が違っても巨乳好きはどこにでもいるもんだな)

「私達の他に、ベベット族以外の者が立ち寄ったりした?」
「はぁ。エルバンテの領土には誰も入ってはいないと思いますが……」
「そう、残念ね」

 どうもスカったようだ。情報を得ないことには次の行先を決めるのもままならない。

「ああ、そうだ。320ほど前の夜のことになるのですが」

 つまりは320日前――10カ月ちょっとか。と、ミチは計算する。

「エルバンテの者が警備の為、外れにある大地を探索していた時の話です。彼が言うには大地が一面に濡れて広がっていたというのです。ご存知かと思いますが、この惑星に雨が降ったのは何万の夜も前。水源があるわけでもないし、私達も調査に入りましたが、既に乾いておりました」

 それは不思議な話だ。異常気象でも起こったのかとミチは思ったが、マクマが咄嗟に心当たりがあると言い出す。

天神あまがみのウイランかな~。彼女なら天候を自在に操れるから」
「お、十の神の一人か」
「そうだよ~。彼女は動くことが嫌いだから、まだその周辺にいるんじゃないかな~。ただ気がかりなのは、どうして彼女がその一帯にだけ雨を降らせたんだろうって思ってね~」

 まあそれはそうなのだが、本人に問いただすしか正解は分からない。未だ元気に跳ねるサソリの生身を前に、ミチは立ち上がった。

「そうと決まれば、そこへ行くしかないな!」


 はるか彼方まで広がりを見せるひび割れた大地。周りは殺風景で姿を隠す場所なんてない。此処にウイランという神がいるのか? そんな希望は消え失せた。

「こうなったら、俺が雨を降らせてやる」

 ミチは雨を想像し創造しようと目を瞑った。

「すごいです!! ミチ様!!」

 タナカの大仰な声にミチは、悦喜して瞼を開けた。確かに……確かに雨は降ったようだ。丁度、ミチの足先に一粒だけ。
 ガーン! と彼は四つん這いになってショックを受ける。

「いくらなんでも、今の君じゃあ無理だよね~」
「今の俺では?」
「そう~。万能神は万能だけど、それは十の神の認血を受け取ってからこそ発揮ができるものなんだよ~。君がウイランから認血を受け取れば、雨を降らせることも出来るんだよ~」

 十の認血を得るということは、十の力を得るということか。さて、理解したところでどうしたものか。結局、手詰まりな状況には違いない。

「あ~!!!」

 急にマクマが大声を出したので、ミチとヴェリーは跳ね上がって驚く。

「ど、どうしたんですか、急に!」
「ねえ~、君がタナカを創り出したように、アリオット様を似せて創ることは出来る~?」
「いや、マクマ様それはちょっと……」
「おう、任せておけ! イケメンを創るのは気が進まないが、なにか案があるんだろう?」
「ウイランはアリオット様にご心酔の身だからね~。もしかしたら、アリオット様の姿を見れば食いついてくるかも~」

 タナカを創った要領でいけば、なんて問題はない。アリオットの青毛、顔、身長、ガタイを頭に浮かべる。
(あのイケメン野郎~)

「あ、出来た~」

 パッと目を見開いて創作物を視線の先に収める。やたらとヒョロヒョロの男が立っている。

「あれ……?」
「う~ん。雑念が入ったようだね~」
「あとは嫉妬ですな」

 タナカが無駄に解説を挟む。呆れ果てたヴェリーに文句の一つも言えないミチは肩を落とした。

「これじゃあ、さすがに食いつきはしないわね」
「はぁ~。やっぱりこれは地道に探すしか――」
「アリオット様ーーーーーーー!!!!」

 突如、上空からロケットのように飛んできた何かが、ヒョロヒョロの偽アリオットへと飛び込む。地が凹み、砂埃が舞う。偽アリオットは潰され、カケラとなって空中分解して消えた。ミチが無意識に弱い設定にした結果だった。

「あれ? アリオット様は?」

 キョロキョロとする一人の女。水色のボブヘアーをした彼女の前髪は、綺麗に切り揃えられている。なによりもミチが注目したのは、彼女の尻から生えた白くてまん丸の尻尾しっぽである。

「やあ~、ウイラン。久しぶりだね~」
「え? どうしてマクマがここに? アリオット様は?」
「あれは創造物ポプトだよ。残念だったね~」
「そんなぁ~」

(いやいや、普通に会話をしているけど、あれをアリオット様と勘違いして本当に心酔しているって言えるの!?)

 ヴェリーは色々と突っ込みたくてウズウズとしたが、もしウイランが上位神であるのなら、そんな言葉を出すわけにもいかず。しかし、なんだかムシャクシャしたので、近くにいたミチの頭をひっぱたく。

「なにすんだよ、いきなり!」
「うるさい。全部あんたのせいだからね!」
「……意味がわかんねぇよ」

 ウイランはギャンギャンと言い合っている二人と上半身裸の男に視線を移した。

「騒がしいわね。――あれは確か、ゼウス様にべったりしていた小娘じゃない。他の奴らは見たこともないけど、あれってもしかして最低種族のヒューマンじゃないの?」
「ウイランも生で見るのは初めて~?」
「そんなことよりも状況を説明してよね。こっちは騙されて機嫌が悪いんだから」

 顔をしかめた彼女に、質問を答えてもらえなかったマクマは口を尖らせる。それでも手っ取り早くに話を伝えるため、マクマはウイランの額に人差し指をコツンとあてた。その瞬間、今までの経緯が情報伝達として彼女へと流れ込んでくる。

「えぇ! あのゼウスが消えたの!!」
「やっぱり知らなかったんだ~。神界に戻って来ないからそうだとは思っていたけどさ~」

 そして、そのゼウスの後継者候補として動いているのが、今もなお中位神と言い争いをしている下級種族のあの男。どう考えても、彼が万能神になる器ではないと考えた。それに一番解せないのは……。

「まさか、マクマ。あいつに認血を与えてはいないでしょうね?」

 彼女が緩い表情でピースサインをして見せたので、ホッと安堵の吐息をついた。

「でもね、アタシ。彼にすごい興味があるんだ~」

 上位神の中でも、特に他人へ興味を示さないことで知られているマクマ。そんな彼女にそこまで言わしめるほどの男。現に彼女が、自分よりも地位の低い者と同行していることすら不思議で仕方がないのだ。
 再度、ウイランはミチの姿を捉える。ヴェリーにボコボコにされている彼の姿を目に焼き付け、彼女は唖然とするのだった。

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