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神だって超える#12

 ベベット族の掟にこのような文言が遺されている。

『東の大陸に足を踏み入れし者は、千年の呪いに触れるのと同様。さすれば死をもたらす』

 この文言に従わない者も中には数知れずいた。だが、いずれも生きて還ってきた者はいないとされる。千年の呪いとはすなわち、ディライトによる暴挙になる。

「全能神もよくもまあ、放っておいたよな」

 ミチは結局、頭頂でカタカタと回転する飛行物で移動することなっていた。彼とタナカの速度に合わせながら他の女神たちは、ディライトについて語る。

「戦神から復讐神へと移行したからね~。戦神は戦乱を抑えたり、起こしたりするバランサーの担い手である一方で、復讐神は傍若無人に下界の者を殺す権限があるの~」
「ちょっと待て。神の中にも役職が変わるシステムがあるのか?」
「別に申請をしてなるってものじゃない。ただ、神の体内にある種が変形をするの。その神により合った種に」
「う~ん、よく分かんねえなあ。惑星にはそれぞれの役割を持つ十種類の神がいるってことだろ? それって統一されているわけじゃないのか?」

 説明を請け負ったヴェリーいわく、惑星には十の神が各々分担しているものの、各惑星に配属されている神の役割はまるで違うものだという。無論、同じ役割をしている者もおり、それらは惑星で被らないように配慮はされている。例えば天神はポピュラーな種のようで、惑星に必ず1人は存在するように配置されている。一方で、豊穣の神は数が少ないらしい。

 その役割がどう振り分けられているのか全能神ですらよく理解しておらず、種の研究は全知神が主導で進めているというのが神界での噂となっていた。

「神をも知らない謎の種ね~。それで、復讐神から戦神に再び戻ることは可能なのか?」
「さあ。変化前に戻るって話は聞いたことがないな。マクマ様やウイラン様はどうですか?」
「アタシは知らないよ~」
「前例が無いのは確かかもね。復讐神でさえ、過去に一人や二人いたかどうかだもの」
「でも、その復讐神の種を引継いだ者がいるんだろう?」
「それがねえ、中々ややこしい話で――」

 と、ウイランが言いかけた時、レベット大陸が目の前に広がる。こちらも荒れた大地が広大に広がっているだけで、無人大陸そのものだった。

「マクマ、気配を感じる?」
「なんだかいつもよりも空気が重いかも~」
「ん? お前達は今でも仲が良いんだろう」
「それはそうなんだけど~。多分、私達がミチ達を連れて来たから怒っているんだよ~。この大陸にはウイランとアタシだけが入ることを許されていたわけだし~」

 突然、マクマとウイランは移動するのを止めた。彼女達は唾をゴクリと呑み表情を強張らせた。同時に立ち止まったヴェリー。いや、気圧されて動きを止められたと言った方がいいのか。彼女は蒼白な顔色で唇をワナワナと震わせている。――来る! ミチですらも何かが強い殺意を持ってやってくるのを感じた。
 それは目に捉えきれないスピードで、マクマとウイランの間に割って入ってきた。

「コイツらはなんだ?」
「えっと、えっとね~、ディライト」
「ここは三人だけの結束の地。まさかお前達、俺を裏切ったのか」

 ギロリとした血眼で咎める視線に、マクマは畏怖として腰を反る。すぐにウイランがディライトの視線を自分に向けるように仕向けた。

「待って! 彼らはゼウスの、万能神の後継者よ」
「それで? まさか、話を聞いてやれと?」
「……そうよ。私も耳を貸す気なんてなかったけど、アイツならディライトの苦しみを救ってくれるかもしれない。だからここへ連れて来たのよ」
「ふふふ、ウイラン。お前はいつからそんな腑抜けた女になった? 俺を救う? あのヒューマンがか? 俺を馬鹿にするな!!」

 甲で頬を殴られたウイランは、そのまま地へと真っ逆さまに墜ちる。すぐにマクマが彼女を追いかけて抱きとめた。

「てめえ! ウイランはお前の友達だろ!!」
「神に痛みは感じん」
「そういうことじゃねえ!! お前は一人の存在として最低だって言いてえんだよ!」
「熱くならないで、ミチ」

 ヴェリーが咄嗟にミチの前で腕を伸ばして、突っ込みかける彼を制止させる。

「中位神よ、今すぐそいつを連れて帰れ」
「……それは無理です。私達はあなたの過去を知りました。だからこそ、あなたを苦しみから解放し――いいえ、それは無理なのは百も承知。ですが、私達は神。惑星を好き勝手していい存在ではないはずです!」
「過去を見た? ふん、マクマか。余計なことを。お前達と話すことはない」

 ディライトは己の手の上に大剣を創造する。武力行使をしてでも追い出すつもりである。

「ヴェリー離れてろ。コイツには俺のお仕置が必要みたいだ」
「ダメ。あなたはまだ完全に神格化できていないの。不死じゃない可能性が高い今、戦わせるわけにはいかない」
「バーカ。部下に守らせるほど、未来の万能神は腐っちゃいねえ。タナカ!」

 ミチの考えを脳内リンクを通じて受け取ったタナカは、ヴェリーを後ろから羽交い絞めにして取り押さえた。

「ちょ、ちょっと! 放してよ!」
「ミチ様の頼みごとなので」
「いいの? あなたのご主人様がこのまま死んでも!」
「私はミチ様を信じています。必ずやこの状況を打破してくれます」

 そりゃあ信じたい気持ちはわかる。だが、相手は戦に富んだプロフェッショナル。万一にも勝ち目などありはしない。

「万能神の後継者よ。さしづめ、この惑星の十の神から認血を受け取るよう全能神から指示を受けたのだろう。その不運にせいぜい嘆くのだな」
「はん! 不運は生まれつきなんでね、慣れたものさ。なにが不運って、この世界に来たら神様は千年もの間、メソメソとして仕事をサボっていました――だって? ”女にモテたい、金持ちになりたい”って、神に祈っていた自分が馬鹿恥ずかしいのなんのって、それが一番の不運だ!」

 ミチは想像の中でドラ〇エのオリハルコンの剣を浮かべ、そして創造した。

「げっ、しまった!」

 とてつもなく重たいものだとイメージしてしまったせいで、柄を握った瞬間に地へ向けて急降下する。頭頂の回転ロボではその重力には勝てなかった。

「ふん、愚か者め!」

 見下しながら不敵な笑みを浮かべたディライトに、ミチはかなり苛ついた。どれほど苛ついたかといえば、現実の田中が恋人を作ったという報告を自慢気な表情でしてきたとき程だ。
 彼は苛立ちの中で新たな想像を巡らせる。ドーパミンが漲る中で、イメージは冴えた。

「だまれ!! この銀髪イケメン!!!」

 ミチの右腕が3倍ほどの太さとなり、オリハルコンの剣を槍飛ばしの要領で飛ばした。

「なっ!」

 まさかの攻撃に躱し切れず、ディライトの右肩が吹き飛んだ。

「ぎゃああああああ!! 右肩が吹っ飛んじまったーーー!!! 悪いって!! そこまでの威力が出るなんて思わなかったんだ!!! 警察には行きたくねえよ!!!」

 あたふたとしたミチにタナカに抑えられたままのヴェリーが叱咤する。

「落ち着きなさい! 神は傷を負っても勝手に修復するわ!」
「え? そうなの? そういうことは早く言ってくれねえと。俺、なんか取り乱して恥ずかしいんだけど」
「ミチらしいと思うわ。――ごめん」
「あん? なにが?」
「アンタじゃ相手にならないと思っていた。けど……あぁ! もう頑張れってことよ!」

 まったく素直じゃねえんだから。ツンデレブームは俺の中では過ぎ去ったというのに。と、ミチは微笑んだ。

「ほう。侮っていた。まさか己の身体に変化を加える創造をするとは。中々に面白い。だが、どう足掻いても半神であるお前には俺を倒すことはできん」
「勘違いしてんじゃねえよ。お前を倒すことなんて鼻から頭にねえの。こっちは交渉をしに来たんだ。その頭でっかちを直さねえと、お前を神と認めてやんねえぞ」

 さすがにそんな言葉で心が揺れるような相手ではない。ディライトは創造によって右肩から先を生やし、大剣を握り直したのだった。

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