見出し画像

神だって超える#19

 場面は切り替わって、少し前に遡る。ミチ達が目で捉えたのは、ベベット族の3人だった。

「あとどれぐいだ?」
「もう少しでレベット大陸に入る」
「なんだ、案外速かったな」

 三人の内、一人が己の剣で目の前の草木を掻き分けている。

「こんなことを知れたら、俺達、国王になんて言われるか」
「へへ。兄貴には俺達を罰することなんてできやしねえ。あれは相当な甘ちゃんだからな。得体の知れない国と関係を持つと兄貴は云うが、俺は相手をよく知る必要があると思う」
「さすが、シルラン。兄貴よりも国王に向いているんじゃねえか?」
「馬鹿を言え。あんなに国民から慕われる国王に、俺はなれねえよ」

 地道に道を拓いていく三人を待ち構えていたかのように、一人の男が高い木の枝に腰を据えていた。彼の存在に気が付いた一行は、持ち前の武器を構えて警戒をする。

「レベット国の人間か? ここはまだ我が領土であるぞ」

 男は軽い身のこなしで枝から飛び降り、三人の前に顔を曝け出した。青い瞳、そして尖がった耳。ホーリッドでは得ない情報の種族だ。

「はじめまして、僕は神であるアナザー」

 三人はお互いに視線を合わせて首を傾げた。この頃、ホーリッド内では神という存在の認識が皆無だった。無論、宗教とは無縁であり、彼らは神のような存在を意識したことはない。

「カミってなんだ? 知らない国の名か?」
「わからん。だが、レベット国の者ではないようだ」

 それでも、彼らは武器を下ろすことはない。レベット王国の種族でない以上、どうしてこの森に居るのか怪しいところだ。

「うん、そうだね。僕はレベット国の妖獣ではない。他の国から来たといえば、それも嘘になる。君達は想像したことがあるかい? ホーリッドの外側の世界を」

 宇宙という言葉を当然のように知っているミチ達とは違い、この時代、ホーリッドの多くは、この惑星が全てだと思っていた。故に惑星の外に何があるのかという疑問を抱くことはなかった。

「おかしいとは思わなかったかい? 今も照らしている太陽は、どうして夜になると消える? 夜になると、どうして星々が姿を現す?」

 確かに。そう言われれば怪奇なことだと三人は思った。アナザーの言葉に興味を示したのか、シルランは武器を脇差に納めた。それを見て、アナザーはほくそ笑む。

「ホーリッドの外にも生物が存在する場所があると?」
「あるよ。それも数多く、君達と同じような惑星で住んでいる。僕はね、それを管理する者なんだ。そうだね、口にするよりも見せてあげるよ」

 アナザーは自分の右眼の下をトントンと人差し指で叩いた。三人は誘われるように彼の青い瞳に視線を合わせた。

 スゥっと目の前の視界が、星々に囲まれた青黒い世界へに変わる。

『ここは、宇宙と呼ばれる場所。ほら、見てごらん。目の前にある球体、あれが君達の住むホーリッドだよ』

 アナザーの声が脳に語りかけてくる。まるで、これは夢の中の世界だとシルラン達は思う。身体は自由が利かずに宇宙の中を浮遊し続ける。

『少し場所を変えようか」

 と、ホーリッドが目の前から消えたかと思いきや、次に3つに並び惑星が。一つは球体の真ん中に穴が開いており、輪っかのような形。一つは四角のキューブ状。もう一つは凸凹とした異形の惑星。

『君達はどの形が好みかな?』

 問いに誰も答えない。というよりも口を開くことも叶わなかった。

『うん、そうか。じゃあ、僕の嫌いな形を発表しちゃおうか』

 その瞬間、凸凹の惑星が大きな音を立てて爆破する。同時に並列にあった二つの惑星までもが巻き添えを食って、炎に包まれながら大破していく。青黒い空間は、瞬時にして黄昏色へと変わった。

『どの形も嫌いだ。美しくない』

 目の前で起こったことを理解することは、到底不可能だった。一体、この男は何をしたのだ。急に粉砕された惑星がカケラとなって散りじりに。あそこに住む種族は、何を想うことないまま滅亡したのか。

 視界が元の緑で溢れる森へと移り変わった。

「これが僕。多くの惑星を管理し守るのも壊すのも全ての采配は僕の手の中。このホーリッドも例外じゃないよ」

 うろたえる三人にアナザーはペロリと上唇をなめずり、微笑んだ。

「大丈夫、この国をどうするって話じゃない。ただ、こちらに今も近づいてくる妖獣プリアを1体、葬ってほしいんだ」
「プリアって、確かレベット国の種族のことか」
「そう。彼女は非常に危険な存在。エルバンテの支配を目論み、その為には女子供を容赦なく殺す非情な女。彼女もまた、僕と同等の力を有する者。妖獣に扮した彼女は、僕達の世界でこう呼ばれている。”死神”だと」

 シルラン達は戦々恐々としながら、唾を呑み込んだ。アナザーはクスリと笑って、彼らの心の落ち着きを取り戻す言葉を紡ぐ。

「大丈夫さ。彼女は僕のような神の前では強さを発揮するが、他族からの攻撃に対しては滅法弱いんだ。この惑星とエルバンテの為にも、君達は英雄になるんだ」
「……英雄」
「そうだ。国王よりもさらに敬われる存在、それが英雄だ」

 シルランの瞳に熱が加わる。――英雄。
 国王を超える存在。それはつまり、兄を超えるということ。願ってもみないチャンスだ。

「その女を殺せばいいんだな?」
「うん、君達なら出来る。僕が保証するよ」
「うぉぉぉ! やってやる!」
「期待をしているよ。次に会う時は、君達が英雄になった時だね」

 スゥと姿を消し去ったアナザー。三人は改めて彼がやはり只者ではないことを確認し、そして彼の言葉を信じた。


――「本当に相手をその気にさせるのが上手だな」

 木の影から大男のニートルが姿を現す。アナザーはバンダナを額に巻き、視界を閉ざすよう目深にずらす。

「精神の神だからね。彼らの精神を支配しただけのことさ。これで、彼らが上手くやってくれれば事は運ぶ」
「下界の者達が自ら戦を起こせば、我々のルールに背くことにはならない。これで戦神がどう動くのか見物だな」
「ふん、平和ボケした上位神には早々にご退場をしてもらおう。俺達こそが上位神に相応しいってところを教えてやる」

 冷徹な表情をする二人。彼らは静かにベベット族の三人の様子を窺った。


 森の中でアナザーが言っていたと思われる女と鉢合わせをする。彼女は一瞬たじろぎながらも、好意的な笑顔を向けてきた。

「私はレベット王国の王女、イーサンと申します。勝手に貴方達の領土に入ってしまったこと、謝罪いたします。しかし、私に敵意はありません。どうか、貴方達のことをお聞かせ願いませんか?」

 三者は顔を照らし合わせ、シルランが首を横に振った。

「黙れ。お前は不幸を招く者。エルバンテをお前なんかに渡すものか」
「待ってください。レベット王国は他国を侵害する気など毛頭ありません。その反対で私達はエルバンテと友好を結びたいと考えています」

 まるで兄貴のような口ぶりだ。どのようにしてか兄貴と自分の関係を調べ上げたのか。考え方、口調、正義感、なにもかもが兄貴に似せている。性別が違うというだけ。これは自分を引き込む巧妙な罠だ。
 シルランは剣を手に取った。
(これが”死神”のやり方。相手の心に油断を生ませる卑劣なやり方だ)

「お前達、この女を今すぐ殺すぞ」
「話しを聞いてください!」
「黙れ!!!」

 シルランは剣を振り上げ、彼女へと落そうとした。その時だった。空がゴロゴロと唸り、雷鳴が轟き始める。シルランは空を見上げた。一閃の光が空から降ってくるのを目の当たりにする。とてもではないが、躱す余裕などなかった。
(これが”死神”の力なのか……我らで勝てると、あの男は言ったのに……)

 三人は衝撃で木にぶつかり、身に纏う熱で木の部位が焼けただれる。そうして、黒焦げになった彼らの身体と大きな木は、急速に温度を下げて一体化となったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?