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神だって超える#2

◆惑星:地球アース

「だめだ、田中~。今月も契約が1件しか取れなかった~」

 ここで酒に溺れる男が一人。決して仕事の話をしているわけではない。彼の言う契約とは、チャットアプリで連絡先交換まで辿り着いた女性の数だ。

「1件なら上出来じゃねえか」
「それがよ、超がつくサバサバ系女子でさ。話が盛り上がらないのなんのって。”うん”とか”そうなんだ”の返事だけだぜ?」
「返事があるだけマシだろう。連絡先を好感してもらえるだけ脈ありじゃねえか?」

 まあ、そう言われてみればそうか。確かに脈がなければ連絡を交換してはくれないだろう。

「しかしだな。ひょっとしたら俺はキープマン・・・・じゃないかと。とりあえず保留にしておいて、気になっている別の男に猫かぶってハートマークを付けて返事していたり……。いやいや、もうとっくにそういう・・・・関係にあるのかも」
「お前さ、そういう想像だけはすごいよな」

 田中は呆れながらグラスに入っているバーボンをユラユラと揺らした。既に二人共、瞼がトロンと落ちそうになっている。呑み始めて3時間。勢いで会社を辞めたミチに呼び出され、田中は酒を付き合っている形となる。
 これからは組織ではなく、個人で働く時代と熱く語っていたミチは、いつの間にか自分の運について恨み節を吐き捨てていた。

「やっぱり神なんていないのかね。どうして俺は金運にも女運にも恵まれないんだろうか。せめて、せめてだよ、イケメンにして生まれてきたかった。それだけで随分と人生は変わっただろうねえ~」

 遠い目をするミチに田中は苦笑するしかなかった。顔は決して悪くはない。可もなく不可もなく、いわゆる普通だ。だが、普通の顔の人間が普通の恋愛をし、普通の結婚をして普通の人生を歩むかといえば、それは違う。

「性格に問題があるんだろ」

 田中が笑みを浮かべて揶揄する。どんな反応が返ってくるのかとミチの顔を確認すると、彼は血色の悪い顔で口をおさえていた。

「おまえ、まさか……」

 すぐに彼を立ち上がらせ、トイレへと駆けこませる。個室の便器でオロオロと嘔吐したミチ。

「……わりぃ、ちょっと水を持ってきてくれ」
「ったく、分かったよ」

 口の中が気持ち悪い。動悸も激しいし、胃が重たい。
(やべー、飲み過ぎたかも)

 もう一波が来そうだった。いつでも吐き出せるように便器に顔を近づける。込み上げてくる酸っぱい胃酸が喉を通り、勢いよく口から出ようとした時――。

 一瞬の眩い光が視界に広がったと思った瞬間、辺りは真っ白な景色となり、そして幕が閉じられるように暗闇へと変わっていく。
(あ、これがブラックアウトか……。悪い、田中。家まで無事に送ってく……れ……)


◆神界◆

「おかしいな~。ここら辺のはずなんだけどな」

 数刻前、万能神の種の気配を感じ取ったヴェリーは、神界域の中でも端っこにあるサフランと呼ばれる場所に足を踏み入れていた。サフランは主に下位神の戯れの場ともされている。中位神となったヴェリーが足を踏み入れることは滅多になかった。

「これはこれはヴェリー様。なにか報告がありまして?」

 下位神の一人が綺麗な羽ををパタつかせて飛んでやってくる。元は妖精の一人であるが、妖精ニンフと一緒にされるのが気に入らないらしい。彼女いわく、自分は妖精ニンフではなく妖精ピクシーなのだと。神々の間でも、この違いについて分別がついている者は少ない。さらに言うなれば、妖精フェアリーという種族と3種混合でややこしい話なのだ。

「なにか変わったことはなかった?」
「変わったことですか? いえ、特になかったと思いますけど」

(気配を読み間違えた? いや、そんなはずはない。確かにゼウス様の残り香も感じたのに)

 ヴェリーは妖精ニンフに感謝を告げ、さらにサフランの奥へと進む。憩いの場と称された理由には、虹色の水が噴出され続ける大きな噴水場があった。それを囲いながら暇を持て余した者達が、談話を愉しんでいる。
 どうやら此処にゼウスの(間違った)後継者は居ないようだ。ともなると、考えられるのは――。
 サフランの中でも更に端。つまりは神界の一番端に存在する”静寂の祠”に万能神の種を宿した者がいるかもしれない。名の由来は不明であるが、気軽に足を踏み入れていい場所ではないことを耳にしている。
 本来であれば極位神クラスの神に相談する必要があるが、今回の失敗がある上あまり顔を合わせたくないヴェリーは独断で祠へと向かった。

 祠の中は木が茂る森の中にポツンと立っていた。想像以上の小ささに驚いたが、それ以上に驚いたことがヴェリーにはあった。祠の近くでイビキをかいて寝ている男の姿。仰向けの男はあまりにも無防備で、気持ちよさそうにヨダレを垂らしていた。

(間違いない、この男からゼウス様の匂いが……)

 恐る恐る歩み寄るヴェリー。熟睡しきっている男の顔を上から見下ろすと、彼女は蒼白な顔色になって頭を抱える。

「嘘でしょ!!!! なんでよりによってヒューマンなのよ!! あー、どうしよう、こんなのがバレたら全能神様に怒られちゃうよ……」
「それはマズイな。だったらバレないようにしよう」
「そ、そうね。こうなったら何としてでも誤魔化して――」

 仰向けになったままの男の目がパチクリと開いていた。数秒間、目が合ったヴェリは―飛び跳ねて後退った。

「ぎょええええ!!!! アンタ、いつの間に起きていたのよ!!」

 男は上体を起こし、顔を歪めながら欠伸をした。

「少し静かにしろよ。二日酔いで頭に響くだろう」
「なによ! 私に指図する気? ヒューマンのくせに!」
「お前だってそうだろ」
「ざーんねん。私は女神よ」

 目を覚ませば妄想癖の強い女が、妄言を吐いている。
(これはちと、酒が残り過ぎているな。夢と現実の区別がつかねえ)

「よし、もう一回寝るわ」
「寝るなー!」

 どうも生々しい映像体験に、ミチは自分の頬を思いっきり抓ってみせた。痛みが走り目頭に涙が込み上げる。

「あれ、まじか。これは夢じゃないのか」
「そうよ。やっと理解した?」
「じゃあ、ここは一体どこなんだ?」
「それはね」
「ああ!! 田中の奴、俺に元気を出させようと、≪奇跡のSMマーメイドおっぱぶ・・・・へようこそ≫に招待してくれたんだな。あいつから何度も聞かされて一回は行ってみたいと思ったんだ。わぁーい!」

 ヴェリーの胸に飛び込んだミチは、彼女の胸に自分の頬をスリスリと擦りつけた。

「ふざけんな、このド変態が!!!!」

 頭部を思いっきり殴られたミチ。痛がるより顔が緩んでいる。

「これはご褒美ですね、女王様」

 そんな彼をヴェリーは悪寒を走らせておののいた。
(なにコイツ、なんかヤバイ奴を連れてきちゃった……)

「と、と、とにかく人の話をちゃんと聞きなさい!」
「イエッサー! 女王様!」
「その呼び方はやめなさい!」
「では、なんとお呼びしましょうか?」
「ゴホン、私はヴェリー。ここでは中位神として上位神以上のサポートを任されているわ」
「ちゅういしん? じょういしん?」

 さっぱり話が見えないと呆けた表情をするミチ。それも仕方のないことだとヴェリーは順を追って説明をすることにした。その前に、彼が訳の分からない”女王様”という認識を自分に持っているところから変えなくてはいけなかったので、彼女は大きな溜息を吐き出すこととなる。

「付いてきて。歩きながら話すから」
「はい! 女王……じゃなくて、ヴェリー様!」

 やれやれ、これは先が思いやられるとヴェリーは頭を抱えるのだった。

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