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神だって超える#30

 襲撃がいつかくるとは思っていた。封印の石版とは、神にとってそれほどまでに突き動かす神秘と真理に包まれている。果たして、それが神の為になろうか。その中身を知らぬ神は貪欲にも追い求めるのだろう。自らの破滅を招くとも知らずに――。

 目の前に現れたニートルは、エリザベルの護衛をいとも簡単に蹴散らした。女王エリザベルは眉一つ動かさずに玉座で頬杖をついている。

「恨みはないが、その命を頂く。許せ」

 自前の剣を創造し、彼は刃先をエリザベルへと向けて攻撃姿勢を構えた。それでもなお、女王の貫録は一切のブレを生じさせなかった。エリザベルは薄ら笑いをして足を組む。

「神書には下界の者を不条理に殺してはいけないとの掟があったはずだが?」
「無論、知っての行動だ」
「ほう。今の地位を捨てでも成し遂げたいものとはなんだ? 死に土産に聞かせてはくれんか?」
「……神の間にも相性というものがあるのは知っているな?」
「ああ。たとえば豊穣の神と天神は密接の関係であり、大きな影響力を及ぼす。他には金運の神と商売の神もそれにあたり、戦神と平和の神は真反対で相性は最悪」
「さすがに神と精通しているだけはある。あの三体の神の影響か、あるいは他の神との繋がりもあるのか。ただの下界の者ではないからこそ、貴女を処理しなければならない」
「ふん、もっとシンプルな理由で話せ。要は封印を解く上で我の存在が邪魔であり、それは恐らく首謀者のウェルダか全知神からの指示を受けてのもの。その思惑に乗ったのは、上位神の地位をダシに使われたからか」

 ニートルは剣の刃を肩に据えて置き、小さく溜息を吐いた。そんな彼にエリザベルも眉を少しピクっとさせる。

「先程の件、相性の話しでいえば、俺とウェルダ様の相性は抜群。夜の神とは闇を司る創造に長けている。暗闇を生み出すことにより、下界の者には1日という感覚が生まれる。その時間を基軸に彼らは行動し、生活リズムを生み出す。だが、多くの者は暗闇を恐れる。それはなぜか? 恐怖、不安、絶望、死……それらが直結するイメージが暗闇・・だからだ。負の感情は全て、闇夜に帰属する。そして、必然的に負の感情を司る神:ウェルダ様とは切っても切り離せぬ関係にあるのが俺だ」

 ニートルにとって上位神への憧れは、アナザーほどない。だが、闇に触れる機会が多い彼にとって、精神を簡単に壊すアナザーとの相性はとても良いものだった。アナザーが上位神への執着心を燃やしている中、ニートルの目は冷めた感情しか宿していない。

「おっと、話が長すぎたようだ」

 再度、剣を構えたニートルはエリザベルへ向けて剣を振り上げる。以前として顔色を変えないエリザベルに向かった剣先だったが、寸前でその太刀はピタリと止まる。

「守護神の力か」

 彼女を囲うように創られたシールド。それは見えない壁となり、簡単に剥がせるようなものではなかった。

「残念だったな、ニートル」

 王室に入ってきたザックとミチ、ナンプシー、ピューネ。彼らを見たニートルは驚きよりも感心に傾く。

「アナザーの精神から脱け出るとは、些か予想外だ」
「あんな猫だましにやられるわけねえだろ。あんなんでやられる神なんてダサすぎだし」

 挑発のつもりで言ったミチだったが、先程までまんま・・・と精神を操られたザックが居心地の悪そうな咳払いでハッと気付き、すぐに訂正をする。

「とはいえ、素晴らしい精神攻撃だったぞ。うむ。俺が相手じゃなきゃ、いい線はいっていたかもな」
「お前みたいなヒューマン族がアナザーを? これまた驚きだな。ところで、お前は何者だ。どうして神と共に肩を並べておる」

 何者かと問われると、今の状況において非常に答えにくい。さっさと正体を明かしたいものの、ゼウスに固く口止めをされている。彼が視る最善の未来を変えたくはないので、やはり同じような嘘を吐くしかないようだ。

「俺は神様の見学会に参加している見習いだ」
「……何を言っている。そんなものが神界にあるわけないだろう」

 あっ……。この展開はあまりいいものではない。直ぐにザック、ナンプシー、ピューネの三体がヒソヒソと確認を取り始める。

「見学会ってなかったのか?」
「わしは知らん」
「おじ様とお兄様が受け入れていましたので、私はてっきり本当のことかと」
「ピューネだって、『新人だー後輩だー』って喜んでいただろ」
「そ、そうだ。ピューネが喜んでおったから、わ、わしも黙ってアイツを受け入れたのだ」
「ちょっと待て。誰が受け入れたかなんて話はどうでもいい。それよりもアイツの正体って……」

 疑心の視線が集まるとミチは冷や汗を全身に流す。今さらただのヒューマンだと言ったところで誰も信じない。そもそもヒューマン族がこの惑星にいること自体が説明つかない。このままでは異物として、此処にいる神々から厄介な問答を食らいそうだなと苦心する。

「もういい。実はその男は我の顔見知りだ。ヒューマン族に大いに興味があった時期があったので、ゼウスに取り寄せてもらった」

 エリザベルが玉座からミチを見据えて大嘘を公言する。そもそも一介の下界の種族が、万能神ゼウスからネットショッピングのように他種族を取り寄せるだなんて滅茶苦茶な話にも程がある。
(女王さん、その話には無理がありますよ……)

「ひた隠していたのは、女王である我が他種族と夫婦関係にあるのを国民に知られないため」

(……は? 今なんつった?)
 ミチは顔を歪めて空笑いをするしかなかった。当然のように他の神々はヒソヒソとあらぬ話に盛り上がる。

「ついでに、そいつとの間に出来た子供は3人だ」

 噓八百が止まらない。というよりも、エリザベルが何故だかノッて・・・きてしまったというべきか。

「その男をただのヒューマンと見るな。強い者にしか興味が無い我の心を奪った男。何が言いたいのか察しただろう?」

 ニートルは女王に向けていた刃をミチ達へと移動させた。ヒソヒソと話していた神々も緊張した面持ちで身構える。

「一筋縄ではいかんということだな。なるほど、神であるアナザーを倒したヒューマン。さすが、ゼウス様が選んだ者か」

 意味合いは全然違うが、ゼウスに選ばれた点でいえば遠からず近からず。なんだか多くの誤解があるものの、なんとか正体については隠せたようだ。エリザベルには一応、感謝しておくべきか。
 ちらりとミチは、ニートルの背後にいるエリザベルの顔を見た。相変わらず冷徹な表情で頬杖をついていた。
(俺のタイプがアレ・・だって、これから思われるのか?)

「ミチ、集中しろ! 奴は夜の力。つまり、闇を創り出すのに長けている!」

 ナンプシーの言葉にハッとミチはした。そうだ、今は戦いに集中をする時だ。数の不利を受けながらも戦いに挑むということは、それなりに腕が立つ、あるいは数の差は大して問題としない力。

「一人一人を相手にしている暇がないのでな。一気に片付けさせてもらう」

 ニートルが腕を広げた瞬間、視界は突如として真っ暗闇になり、上下左右どこを見ても他の神の気配を感じなくなってしまう。手を伸ばして三体の神に触れようとしても、彼らのいた場所は空を切るばかり。

「おい、誰か! 返事をしろ!」

 しかし、誰の声も返ってこない。耳を澄ませても足音、息遣いがまるで届かない。
(幻想攻撃よりも、こっちのほうが精神ダメージを受けそうだな)
 さすがにミチも、この状況の危うさに不安を覚え始めるのだった。

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