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神だって超える#34

レベット国王の首なしの身体を横切り、黒いコートに身を包んだウェルダは壁をコツコツと叩き始める。そこで音が変わるや否や、彼はそこに手を翳して爆破する。穴を開けた壁の向こう側に地下へと続く階段が露わになった。彼はスタスタと進んで封印の部屋へと進入する。そこには術者が今もなお封印の儀を執り行っていた。ウェルダに気が付いた彼らは顔を引き攣らせて、逃げようとした。

 ウェルダの手によって呆気なく殺害された術者達。彼は封印が完全に解かれ裸同然となった石版へと手を伸ばそうとする。が、彼の手を薙ぎ払う者がいた。

「詰めが甘いな。焦りからか? 自らが下界の者を殺すだなんて」
「……ゼウス。俺はてっきり、未来の視えているお前が奴らを助けだすと思っていたんだがな」
「残念。俺は下界に住む彼らを救うつもりはない。神書でも関与しないことが鉄則。忘れたか?」
「ふん。結局はお前の視る未来では奴らは死ぬんだろう」

 ご名答と言わんばかりにゼウスは微笑んだ。このすかした男を前にウェルダは手を翳した。

「おっと、随分と好戦的だな」
「お前では俺に勝てないことを知っているだろう? 余計な戦いはやめて退け」
「だったら俺には未来が視えることも知っているだろう」
「愚図が。この先の未来は知らんが、今こうして俺と対峙しているお前では無力だと言っているんだ」
「はいはい、そうでしたね。負の神にして無の神のウェルダ様。なんでも無力化にしてしまうのは厄介だね。マクマにも手を加えたようだし、神同士で仲良くできないもんかな」

 ペラペラと喋るゼウスに向け、ウェルダは創造した黒い気砲を放つ。あっさりと右肩を抉られたゼウスは顔色一つ変えずに、自己再生を行う。

「全知神がバックにいるからって、そう好き勝手にやっちゃいけねえぜ。お前だって処罰を受けたくないだろ?」
「くだらんな。お前だって万能神という身になってよく分かっているはずだ。俺達はなにを目標に生きている? なにを糧に生きている? 惑星を見るだけの虚しい暮らしに飽き飽きとしているはずだ。だったら、こんな万能神の身などどうでもいい」

 ゼウスは色々と頭を巡らせながらウェルダの言葉に耳を傾ける。彼を前にしているだけで、創造も能力も無効化にされる。無論、この間は未来を見据えることは出来ない。ウェルダと対峙する前に見た未来の記憶を呼び起こしながら、自分がどのような行動を取るのがベストなのかを再現する。1ミリでも狂えば、望んだ未来は大きく変動する。

「それで石版を手に入れてどうする?」
「……全知神様は言った。そこに書かれているものは、神羅万象のことわりだと。――未来を視たお前なら、その意味が分かるのでは?」

 頭をポリポリと掻いたゼウスは、口を曲げなら鈍い反応を示した。どうも自分の視た未来と会話が若干違うからだ。多少の異なりは覚悟をしていた。未来を視るゼウスを知っているウェルダだからこその知策。本来であればゼウスの未来通りの言動をするのだが、彼が視た幾数の未来を掻い潜ろうとしている。いつ突飛的な行動が来てもおかしくはない。今この時、未来視を無効化されている影響は十分にあった。

「そうだな。時間稼ぎには丁度いいから、教えてやろう。それにこれを話してお前の気持ちが変わるかもしれないし」

 万一にもその可能性はないことは承知の上であったが、ゼウスは自信あり気な表情で石版について語った。

「あれはパンドラの箱さ。読み解けば神界そのものの常識が覆り、最悪の場合、神は全滅をする。いや、神だけじゃない、この世界の全ての生物が一掃されることになる」
「まるでおとぎ話のようだな」
「知っているか? 下界の多くはおとぎ話として神を登場させる。それは神が実在していないという固定観念がどこかにあるからだ。おとぎ話の延長線上は事実になる」
「……どういう意味だ?」

 ウェルダは手を下ろし攻撃態勢を解く。彼の関心はゼウスの摩訶不思議な言葉に集中をした。その隙をゼウスは見逃さなかった。彼は一瞬にして石版を掴み取り、煙幕を放出して逃げる。

「っく! ふざけやがって! こんな下界のモノを使いやがって!」
「ははは! 創造が出来ないのなら、既に創造されているものを使えばいいだけだもんね~。俺って、賢いだろう?」
「貴様!! ナメた真似を!」

 煙幕を払おうとウェルダは風を創造して吹き飛ばす。晴れたところで、既にゼウスの姿は消えていた。
(あの野郎!!)

 ウェルダが相手を無効化にする為には、一定の距離に近づかなければならない。このままではゼウスに石版を持ち去られたまま取り返せなくなる。

「いいだろう。そこまで俺を本気にしたいのなら、相手になってやる」


 腕の中で冷たくなり始めたイーサンをそっと地に置いてやる。

「ごめんね、少しだけ待ってて」

 マクマは陰のある怒りを滾らせ、王都へと戻ろうとするベベット族へ向けて身に纏わした果実を一つもぎ取る。それを握り潰すと、風にそよいだ周囲の木々はピタリと動きを止めた。

――身体が動かない。周りの兵士たちはピタリと動きを止め、瞬き一つとしない。それはまるで時が止まったかのように。第三の目だけが辛うじて動く。その視線の先には、先程射止めた王女の死体と傍にいた女の姿。彼女がゆっくりと近付いてくる。
 いや、1コマコマを早送りにしたように、彼女は急接近してくる。第三の目でも捉えきれない速さ。ハッとした時には、彼女の顔が目の前にあり、大きく見開いた眼は血走っていた。

「ひっ!」

 オルランは情けない声を出した。マクマの姿が悪魔の化身のように思えたからだ。

「君達を地に還してあげるよ」

 マクマの足元からモコモコと木の根っこが次々と地上に伸びて出てくる。オルランは唾を呑み込み、なんとか逃げようと足を必死に上げる。しかし、深い沼に浸かったようにビクともしない。

「サヨナラ。せいぜい、次は栄養分になってアタシの役に立ってね」

 助けを乞う暇もなかった。オルランは意志を持った根っこに捕まり、がんじがらめにされていく。次第にその根っこはオルランを完全に吸収し、一つの大木へと変わった。彼の兵士達も同様に大木の一部となって呑み込まれていく。彼らの顔はかたどられ、木の中央部から凹凸となって仮面のように這い出る。それを冷ややかな視線で見たマクマは、イーサンの元へと戻るのだった。


 ゼウスの指示通り、ディライトとウイランは彼に決められた時間を待ってホーリッドへと戻っていた。

「一体なにが起こっているんだろうな
「分からないわ。ただ、ゼウス様が動くほど厄介なことが起こっているのは間違いないわね」
「なんだか胸騒ぎがする」
「……イーサンのこと?」
「ああ。このタイミングで俺達が神議会に呼ばれたことに疑問を覚える」
「確かに。まるで狙いすましたかのようなね」
「ベベット族が絡んでいるとなると、その矛先は間違いなくイーサンにいく」

 ディライトの胸騒ぎは最悪な形で的中をする。上空から見たレベット王国は炎を轟々と燃え広がり、逃げる妖獣族を容赦なくベベット族が斬り捨てている。突如として起こった大爆発が王宮で起こり、ディライトは青い顔をして向かっていこうとした。

「待って!! ディライト、あそこ!!」

 呼び止めたウイランが指さした方向は王都から少し離れた森の中。そこには不自然な大木の数々があり――膝の上に眠っているイーサンを置くマクマの姿があった。

「イーサン!!!!」

 全速で飛び出したディライトを追ったウイランは、イーサンとマクマの姿を瞳に映して異変に気が付く。
(嘘………でしょ)

 マクマの表情が暗い。あんな表情の彼女をウイランは見たことがなかった。それと同時に彼女はイーサンの死を悟るのだった。

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