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神だって超える#14

 遠い日の記憶のはずなのに今でも鮮明に覚えている。冷たくなったイーサンを腕に抱え、彼女の動かぬ顔を見つめ続ける。どことなく笑みを浮かべているのはどうして? その正しい答えを知っている者はいなかった。

「ね、私がホーリッドにある全部の国とレベット王国を繋ぐことが出来たらさ、お父様にも、国の皆にも認められるよね?」

 彼女はいつの日かこんなことを言っていた。彼女を動かす根底には、誰かに認められたいという想いがあった。王女として産まれ育ったものの、男子を望んでいた王から寵愛を受けられずにいた可哀想な女。
 最初は同情から絡んでいたが、神と明かした後も彼女はどういう理由わけか、普通に接してくる。彼女が時折見せた寂し気な瞳の奥に、次第にディライトは惹かれていった。

「私は王女という立場から同じ年齢の子とは一線を引かれていたの。私は単純に友達になりたかったのに。他の大人は皆、私に気を遣って接してくれたわ。けど、お父様の前では誰も私をかばってはくれなかった」

 彼女が自分の過去を話したのは出会ってから半年が経過した頃だった。彼女の孤独は痛いほど分かった。神になる以前、シルフ族のディライトも一匹狼として生きてきた。決して、それは自分が望んだものではなかった。他の者よりも只、ずば抜けた戦闘スキルがあっただけなのに。尊敬こそされたが同等に扱われることはなく、息苦しさが支配をしていた。

「アハハハ」
「なんだ、いきなり」
「こんな話、誰かに初めてしたからちょっと恥ずかしいね。でも、ありがとう。ディラに出会えて、私は以前よりも笑えるようになった」

 誰かを好くにはあまりにも年齢も寿命も、生きる世界も違っていた。はずなのに、彼は心からイーサンを愛してしまった。生きた年月も種族も神も関係ない。そう自分に言い聞かせ、彼はイーサンに自分の想いを告げる。彼女は驚きのあまりに大口を開け、そして目を細めた。

「ディラ、私ね――」


 瞼をゆっくりと上げると、まばゆい光に視界が滲む。その光を遮るように顔の真上で影が作られる。いや、誰かが覗き込んでいるのだ。

「やっとお目覚めか」
「お前は……」

 元の顔に戻った男の顔。この男の手により自分が意識を失っていた状況を理解する。他に中位神の女が座ってこちらを見ていた。その表情は心配といった顔つきだった。また襲われるのではないのだろうかとでも思っているのか、あるいは単純に意識を失った自分を心配してのことなのか。もう一人の上半身裸の男は無関心無表情で、遠くの空を見ていた。

「俺は負けたんだな」
「勝ち負けじゃねえんだって。俺はただお前と話し合いをしにきたんだ」
「……なんだ、本当のことだったのか」
「最初からそう言ってんだろ。この頭でっかち!」

 喋り方や振る舞いからは気品も威厳も見られないが、そんな男に確実に負け、そして不思議にも悔しさを感じなかった。

「あの二人は?」
「さあな。俺達にお前のことを頼むって言ってからは知らねえよ」
「そうか……。見限られても仕方がないな」

 沈んだ表情で顔を下に向ける男の頬をペチペチと叩くミチ。瞬きを繰り返すディライトに、ミチは鼻をほじりながら彼の目を真っ直ぐに見た。

「なーーーーんにも分かってねえよな。こんな鈍感な野郎でも神が務まるってんだから、マジで驚くよな。あんなんで見限るような奴らなら、千年も長い間、心を縛られていねえって。お前とイーサンってひとを想っていたからこそ、アイツらはアイツらなりに苦しんで生きてきたんだ。いい加減、自分だけは悲劇のヒロインのような流れに持ち込むのはやめろ。決してヒロインじゃねえけどよ」

 ほじっていた鼻から鼻くその塊が取れたので、ミチは地にこすりつけた。

「もう、汚いな。もう少し神としての自覚をちゃんと持ってよ」
「いやだね。俺の半分はまだヒューマンだし」
「ヒューマン族の品位が疑われるわ……」
「知っているか? ヒューマン族の古い言い伝えに、愛し合った者同士が自分の鼻くそを互いに食べさせることで、どんな困難な道も共に乗り越え、永遠の愛を手にすると」
「え? 本当に?」
「ああ、本当だ」

 少し表情を緩ませて好奇心を寄せたヴェリーに真剣な表情をしたミチが深く頷く。それにディライトは小さく口角を上げてチラリと上の歯を見せた。

「そんな話があるか。まったく、いい加減な男に負けてしまったものだ」

 彼は立ち上がりミチの頭に手を置いた。不服そうな表情をしたミチだったが、彼にはヴェリーの怒りが飛んでくるので、すぐにその表情は引き攣るものとなった。そんな二人を見ていると、まるで性格が違うのに自分とイーサンを重ねて見えてしまう。未だに失ったイーサンの影を見てしまう心情は悲しみに満ちそうだった。ディライトは空を見上げた。青空が広がっている。

 ゴロゴロ。と、どこからか雷の鳴る音が遠くから聞こえる。すると、先程まで青一色だった空に黒雲が物凄いスピードに乗って流れてくる。

 ポツポツ。肌に触れる冷たい水滴。それは次第に強まり、一筋二筋と線となって降り出してきた。

「ミチ、雨だよ」
「ああ。分かっている」

 三人と沈黙のタナカは空を仰ぎ見た。ザーザーと降り出した雨は干からびた大地を濡らしていく。

「ねえ、あれを見て」

 ヒビの入った大地が続く遠方からサササという音を立てながら草木は生えだす。それは急速に成長を遂げていき、緑を基軸にして色とりどりの花が咲き乱れる。それはこちら側へと拡がり、そうして四人の足元にも自然が育ち始める。空から二人の女神が空中に浮かんでこちらへと向かっている姿を捉えた。

「ウイラン、マクマ……」

 ディライトは彼女達に駆けつけたい衝動を抑えた。今の自分がどんな面を引っさげて会えるというのか。
――バシ!

 背中を強く叩かれた。すぐ横に薄く笑むヒューマンの男。彼は顔を合わさずにディライトへ言葉を投げかけた。

「次は、お前があいつらの気持ちを汲んでやれ」
「気持ちを汲む……」
「ほら、難しいことは考えるな。行けって」

 背中を押し出されて、前につんのめったディライト。彼はその勢いで走り出した。不思議と躊躇はしなかった。足が勝手に回転を速め、二人の元へ早く早くと行きたがる。

「ディライト!」
「ディライト~」

 降り立った二人の元へと辿り着いた時、真っ先にディライトは頭を深々と下げて謝った。

「すまない。俺は俺は……」
「顔を上げてよ。私の顔を殴ったことは、この後の態度で許すかどうか決めるとして――」
「私達ね~、二人で話し合って決めたんだ~」

 ディライトはメランコリックな表情で頭を上げ、二人の顔を交互に確認した。その表情からは何か呪縛から解放されたような、清々しさを感じ取った。

「私達はイーサンの死、レベット王国の滅亡を受け入れて前に進むわ」
「千年も神の仕事をサボってきたけどさ、彼に叱られて気付かされちゃった~。イーサンが望んだのは、彼女の死を嘆いて悲しみ続けることじゃないってさ。考えてみたらすぐに分かることだったのに、アタシ達は目を背け続けていたんだよね~」
「イーサンの望み……」

 っく! ディライトは下唇を噛んで拳を作った。彼女の死を嘆いてばかりで、あの世へと旅立った彼女が自分を見てなにを言うのか。決して、自分の死を嘆き続けてなんて言わなかったはずだ。分かろうとすれば、すぐにでも読める。彼女の思っていること、言いたいことを。それなのにどうして、今まで――。

妖獣プリアの怨嗟は私が一人で引き継ぐ」
「一人じゃねえだろ?」

 ミチ達もゆっくりと歩み進めて合流を果たした。

「どうせ、十の神の中に潜んだ傀儡子・・・を見つけ出そうってはらだろ? 俺達も他の十の神に会わなきゃいけえねえわけだし、そのついでだ。俺達も手伝ってやるよ」

 ミチのその提案に困惑したウイランは、チラリとマクマへと視線を向けた。マクマは満面の笑みでピースサインを作った。

「アタシもいるから、ウイランが一人で背負う必要は全然ないんだよ~。それにね――」

 ウフフと、マクマはミチの腕を取って頭を寄せる。

この・・アタシが認めたミチ様・・・が一緒にいるんだから、なんとかしてくれるよ~」

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