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「鉄路の行間」No.13/『天国と地獄』で黒澤明が描き出した鉄道

 1963(昭和38)年3月公開の黒澤明監督『天国と地獄』には、随所に鉄道が登場し、誘拐犯人逮捕へ向けてのキーポイントともなっている。テーマは重いが、鉄道好きにとっても楽しめる作品だ。アジト解明のヒントとなった江ノ電の極楽寺トンネルをはじめ、横浜市電、サロ153が入った田町電車区の153系付属編成、まだカナリア色だった山手線の101系などもスクリーンを横切る。

江ノ電極楽寺トンネル
アジト解明の手がかりとなった、江ノ電の極楽寺トンネル

 有名なのは、中盤の身代金の受け渡しシーンだろう。大阪行きの特急「第2こだま」に乗るよう犯人は命令する。この列車は東京発14時30分。作品の主な舞台である横浜(14時52分発)から、身代金を持った主人公の権藤金吾と刑事たちが乗り込んだものと思われる。車内のシーンから、1等車である。

151系こだま
主要な舞台となった151系電車。写真は兵庫県神戸市の川崎重工業の復元保存車

 冷暖房を完備し窓が固定式となった国鉄の特急は一種の密室だ。閉じ込められる形だが、狡猾な犯人は同じ列車には乗らなかった。車内の電話に外から掛け、小田原にほど近い酒匂川の鉄橋を渡るところで、唯一開けることができる洗面所の窓から、現金を入れたカバンを落とすよう指示したのだ。これで金を安全に受け取り、逃走することに成功した。

 151系電車特急の電話は、6号車のビュフェにあった。映画でも「6」の号車札と、モハシ150-11という車両番号標が写る。車内のシーンは実物を貸し切って走らせて撮影されたが、当時のビュフェ内部の様子がわかる映像は貴重だ。

 また「第2こだま」は小田原通過で、次の停車駅は熱海。先行する、同じ151系の特急「はと」が小田原停車で、東京からちょうど1時間で到着している。チラリと写るビュフェ内の時計は15時28分を指しており、さすがは隅々まで神経が行き届いている。

酒匂川橋梁
東海道本線酒匂川橋梁。身代金の受け取り役がいた位置から撮影

 外から列車内への通話は、交換手を通じて取り次がれ、車内放送で呼び出される。なんとも手間がかかったが、その頃はそれでも貴重な連絡手段だった。1964(昭和39)年の東海道新幹線の開業後、車内電話は新幹線に受け継がれ、さらには無線通信の進歩によりテレホンカード式公衆電話が2両に1台の割合で設置されるようになった。

 しかし、携帯電話、スマートフォンの普及で利用する人が大きく減り、ついには2021年6月末限りで全廃されてしまった。映画は色あせないが、60年近い時の流れは感じる。

車内公衆電話_新幹線
日本の列車内からは、2021年6月末限りで電話が廃止された


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