ブレーキを踏むような暮らし

突然ですが、車でブレーキをかける時って意識されることはありますか?

僕は停車時のショックをできる限り無くしたいんです。(止まる時にグンッとなるやつね)

そのためには車間距離も充分に確保しないといけないし、スピードも法定速度を守る必要があります。
また、減速するタイミング(反対側の歩行者信号が点滅したり)を察知する為に、周囲の状況の確認や予測を立てるようにしています。

そこで重要なのが、アレコレした結果、スッと止まれた時に生まれるのは満足感では無く安心感なんです。

別に多少グンッとなってもキチンと止まれれば何の問題もありませんし、危険な時は強めにブレーキを踏みます。
また、友人の横乗りをしてる時にそのような状況になっても特に何も思いません。

ただ、自分ごととなるとそういかなくなるのです。

徐々に強迫観念的になってくる。

例えばドアの開閉。
閉めた際にバンっと大きな音をたててしまったら、とても申し訳ない気持ちになります。
誰かが居たらビックリしちゃいますもんね。

問題はそれが僕1人で誰も居ない時にでも罪悪感に駆られてしまうこと。

歳を重ねるにつれて気を使う部分が増えているように感じます。

その代わりに利点もあるんです。
昔ほどテンパったりカリカリしたりすることが少なくなりました。

物事を慎重に扱うことで、ひと呼吸を置く余裕が出来るようになったのかもしれません。

しかし、その利点も諸刃の剣。
感情を抑制した暮らしでは人間関係も薄弱になってしまいます。

僕を支配しようとする強迫観念に、唯一の抵抗手段として表現を用いる。

ここだけはブレーキがぶっ壊れたままでいてくれよと、発泡したガソリンを入れる日々。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?