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ロートレックと踊りの描写

こんにちは!今回は映画とは関係のない記事になりますが、授業のために頑張ったレポートがあるのでそれの供養をしたいと思います。扱うのはアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックという画家です。有名な作品は〈ムーラン=ルージュ,ラ・グリュ〉などです。

多分一度はなんとなーく見たことがあるなって人も多いと思います。このロートレックという画家は「踊り」を題材に色々な作品を描いています。その中からいくつかの作品をピックアップして、同じ踊りの描写でもどのような違いがあるのかを分析していきます。ではさっそく本文に入っていきます。長めですがお付き合いいただければ嬉しいです。
目次
1.はじめに
2.ロートレックと踊り
 ① 《骨なしヴァランタンによる新入りたちの訓練(ムーラン=ルージュ)》
 ② 《シルペリックでボレロを踊るマルセル・ランデル》
 ③ 《大車輪》
3. さいごに


1. はじめに
 37年という短い人生を送ったアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは洗練された作品を残し、それは今でもなお鑑賞・評価されている。彼がポスターを制作した期間は1891年から1900年までのほぼ10年間、生涯で約30点の作品を残した(1)が、それだけではなく同時に油彩やパステルなどの様々な絵画を手掛けた。今回のレポートではロートレックの複数の作品を身体表現の視点から比較、分析していく。

2. ロートレックと踊り
 ロートレックは「踊り」を描いた作品を数多く残しているが、それは彼にとってムーラン=ルージュ(ざっくり言うとダンスホールのある酒飲み場のようなもの)が非常に好ましい場所であったからだと言える。パリ風の魅力あふれるこのミュージックホールにロートレックの心はとりつかれていた。(2) では、「踊り」を描いた彼の身体描写はどのようなものなのか。ロートレックの3点の作品を順にみていく。

 ① 《骨なしヴァランタンによる新入りたちの訓練(ムーラン=ルージュ)》
[図1]

 油彩によりダンスホールの真ん中でフレンチ・カンカン(脚を高く上げる踊り)を踊る男女が描かれているこの作品は、1890年にアンデパンダン展に出品されたものだ。(3) 題名から、女性の左で踊っている男性はムーラン=ルージュの有名なダンサーであるヴァランタンであり、公衆の前で新人のダンサーに稽古をつけている。周囲の人々が密に描かれているのに対してヴァランタンと踊り子の周りはスペースがぽっかりと空いており、立体的な空間表現が為されている。また、前景のピンク色のドレスの女性と中景の新人のダンサーの赤い脚、背景の左上の赤い服の男性は一直線上にあるので自然と視線は手前から奥の二人へと集まるようになっている。

 さて、絵のメインとなるこの2人の男女だがヴァランタンのほうは新人を注視しながらも腰に手を当て、背筋を真っすぐにしてつま先まで脚を軽やかに伸ばしている描写から、「骨なし」の異名通り軽快に慣れたステップを踏んでいることがわかる。
 一方で女性のほうはドレスの裾を持ち、脚を上げているが視線は足元にあることからステップを踏むことにまだ慣れず、不安を感じている様子を読み取れる。肩や裾を持つ腕、背中などもどこか堅くぎこちない描写となっており、余計な力が入っていることや緊張感が表現されていると言える。2人の「動」の表現は大衆の「静」によって一層際立っている。これと比較して、《ムーラン・ルージュ,ラ・グリュ》[図2]を見てみる。

 1891年に制作されたこのポスターは4色しか使用していないシンプルな色使いであるが、街に貼られたものが剥がされて収集されるほどの人気作となった。(4)この作品も[図1]と同様に前景、中景、背景の3段階で構成が作られており、床を表すであろう線が奥へと伸びているので空間に奥行きが感じられる。前景左手のヴァランタンはその身体は背を大きく反らせるようなポーズで描かれており、[図1]と同じように彼が骨なしと言われるほどの身体の柔軟性が伝わる。
 中景に描かれている女性はムーラン=ルージュの大スターであるラ・グリュだ。彼女はカンカンの「ギター」と呼ばれるポーズをとっており(5)、[図1]の新人のダンサーと比べると、ラ・グリュは顔と視線が真っすぐに向き、身体もこわばっているような表現ではないことから堂々と慣れたように踊っていると考えられる。加えて、スカートの裾の広がり方も新人より大きく、彼女の踊りの軽やかさや華やかさが表現されている。

 ② 《シルペリックでボレロを踊るマルセル・ランデル》[図3]

 ロートレックはダンスホールやキャバレーだけではなく、パリの劇場にも熱心に足を運んだ。彼はマルセル・ランデルを初めて見た1893年から彼女のファンとなり、オペレッタであるシルペリックが公演されている3か月間、第2幕でのランデル嬢のボレロを合計20回以上鑑賞した。この場面はランデル扮する王女ガレスウィンテが彼女の母国であるスペインの生き生きとしたボレロを将来の夫や宮廷の人々に披露しているところだ。(6)
 派手なピンク、赤、緑、黒の補色で描かれたランデルは鑑賞者の視線を引き付ける。[図1]でもピンクと赤と緑は使われているが、ロートレックは様々な種類の緑や黄色、赤をよく好み、また「鮮やかな、それもたびたび極端な対象をなす残酷な色彩が大好きであった。」(7)とも言われている。
 

 踊る彼女の身体は豊満で女性らしい曲線で描かれながらも、強くしなやかな筆のタッチが読み取れる。まるで花が咲いているようなスカートの動きや、鮮やかなピンクのペチコートから出た脚からは彼女の踊りの上品ながらもダイナミックな様子や躍動感がうかがえる。派手なピンク、赤、緑、黒の補色で描かれたランデルは鑑賞者の視線を引き付け、加えて足元からの逆光が彼女の表情を照らし、妖艶な描写を生み出している。

 ③ 《大車輪》[図4]

 最後の作品は、1893年に制作された《大車輪》だ。描かれているのはアメリカのダンサーのロイ・フラーであり、(8) ベールのドレスを身にまとい、ステージ上で舞っている。
 これまであげてきた3点の作品と比べ、これは最も極端な「踊り」の描写だ。背は弓なりに反り、腕は高く上げられ、顔は天井を真っすぐ向いている。大きく広がったドレスは輪のように巻き上がり、題名通り大車輪のようだ。光に照らされたステージと暗い会場のコントラストと輪のようなベールが組み合わさり、彼女を神秘的に包み込んでいる。

 ランデル嬢の踊りもダイナミックだったが、あくまでもそれは周囲の他の演者や観客に向けてのものだった。一方でこのロイ・フラーの場合、観客はいるもののその踊りは誰かに向けられてのものではなく、自分のためのものであって、自己の中で踊りに没頭している印象を受ける。以上のような動きと光と影の描写から、ダンサーの大胆かつインパクトのある踊りが容易に想像でき、そしてロートレックがどれだけこの踊りに魅了されていたかがわかる。

3.さいごに
 
本稿では踊りを描いた4点の作品を扱ったが、同じ「踊り」という題材といえども描く対象によってその身体描写は全く違った。ぎこちない新人のダンサーや、柔軟で軽快なヴァランタン、ベテランのラ・グリュ、妖艶なランデル嬢に大胆なロイ・フラーなど描く対象やシチュエーションの数だけその身体は細部まで違った。4点の作品を通して数多くのダンサーを描いたロートレックの技量の高さと、それを描くことへの情熱を実感できた。

【図版情報】
【図1】
≪Dressage des Nouvelles, par Valentin le Desosse (Moulin-Rouge)≫《骨なしヴァランタンによる新入りたちの訓練(ムーラン=ルージュ)》,1889-1890,油彩,画布,115×150cm,フィラデルフィア美術館蔵
【図2】
≪Moulin Rouge:La Goulue≫
《ムーラン=ルージュ,ラ・グリュ》,1891,ポスター・リトグラフ,193×122㎝,パリ国立図書館蔵
【図3】
≪Marcelle Lender Dancing the Bolero in 'Chilperic' ≫《シルペリックでボレロを踊るマルセル・ランデル》,1896,油彩,画布,145×150cm,ワシントン国立美術館蔵
【図4】
≪Loïe Fuller≫《大車輪》,1893,黒チョーク・グワッシュ,厚紙,63×47.5cm,サン・パウロ美術館蔵

【参考文献・サイト】
(1) 高津道昭著 『ロートレックにおけるポスターと絵画との関わりについ
ての研究』デザイン学研究 No.27,pp19,日本デザイン学会,1978
(2) アーサー・シモンズ著『ロートレック』pp46, 踏青社,1993(森藤真成訳)
(3) クレール・フレーシュ/ジョゼ・フレーシュ著『ロートレック-世紀末の闇を照らす』「知の再発見」双書133, pp53, 創元社,2007 (山田美明訳)
(4) 書籍は(3)と同様, pp60
(5) 書籍は(3)と同様,pp61
(6) https://www.nga.gov/collection/art-object-page.72012.html(参照2020/2/4)
(7) 書籍は(2)と同様,pp13
(8) https://www.wga.hu/html/t/toulouse/7/1gouach2.html(参照2020/2/4)

【画像引用元】
【図1】https://www.wga.hu/html/t/toulouse/2/4misc02.html
【図2】https://www.wga.hu/html/t/toulouse/6/litho01.html
【図3】https://www.wga.hu/html/t/toulouse/4/cabare16.html
【図4】https://masp.org.br/busca?search=wheel


























































































































































































































































































































































































































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