2019年の目標/ R-styleの振り返りで得たこと/手書きから始めるスライドの作り

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2019/01/14 第431号


はじめに

はじめましての方、はじめまして。
毎度おなじみの方、ありがとうございます。

よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜やく、初稿となる原稿が書き上がりました。

すでに編集者さんにも送信を終え、現在はゲラ待ちの状態です。

正直、「これでうまく書けているのだろうか」という疑念は消えきっていませんし、大量の校正作業やタイトルの決定など重いタスクも残っていますが、それでも「初稿が完成した」というのは、実に素晴らしい開放感をもたらしてくれます。ミュージカルなら、ここから歌唱が始まるくらいの精神の高揚です。

とりあえず、今年の前半くらいまでには次の本を発売できそうです。お楽しみに(どきどき)。

〜〜〜帰ってきたビートルズ〜〜〜

初売りセールにいざなわれて、Amazon Echoを買いました。

もともと、買おうとは思っていたのです。以前から使っている(ごく普通の)スピーカーが不調になり、何かしら新調しようと計画していたところに、セールのお知らせが。心の奥底で、「AIアシスタントに話しかけてメモを取る」という『アリスの物語』的シチュエーションに憧れも感じていたので、ここぞとばかりに思い切りました。

ちなみに、私はガジェット好きライフハッカーに比べると、新しいガジェットにはほとんど手を出さないので、これは結構レアイベントです。
※脱稿でテンションが上がっていたから、という側面がないとは言い切れません。

で、いろいろ忙しくしていて、スキルの設定などはまったく行っていないのですが、それでも家に帰ってカバンからパソコンを取り出し、充電ケーブルに接続しながら、「Alexa、洋楽をかけて」なんて話しかけると、室内に音楽が充満し始めるのは、とても心地よい体験です。ああ、未来、という感じがします。

しかも、そうして選択されたプレイリストからは、馴染みの、しかし最近では自分で選んでかけることのない音楽が流れてきます。近頃は「作業用BGM」プレイリスト(約1時間)を作り、それを繰り返し聞くという生活をずっと送っていて、iTunesに眠る1万曲くらいはほとんど聴いていませんでした。

しかし、Alexaが流してくれる音楽には、そうして眠る楽曲たちがいくつも含まれています。自分の家でビートルズを聴いたのはずいぶん久々かもしれません。不思議なものです。

もちろん今でも作業に集中するときは、「作業用BGM」プレイリストが活躍しているのですが、ひとりで本を読んでいるときなどは、Alexaさんにおまかせすることが増えました。

あとは、音声メモができる設定ですね。

〜〜〜嬉しいGithub〜〜〜

Githubのプライベートリポジトリが無料で作れるようになったようです。

◇朗報、GitHub無料ユーザーも無制限にプライベートリポジトリを使えるようになる | TechCrunch Japan
https://jp.techcrunch.com/2019/01/08/2019-01-07-github-free-users-now-get-unlimited-private-repositories/

私も書籍の原稿は、Gitで管理しているのですが(ただし一人ぼっち)、Githubはプライベートリポジトリ(非公開のプロジェクトのようなもの)が無料アカウントでは作れないと聞いていたので、それができるbitbucketを選択しました。

とりたててBitbucketに不満があるわけではないのですが、Githubにもアカウントを持っているので、どちらかで統一できた方が便利ではあるでしょう。さらに、Githubの方が知名度が高いので、他の人にも勧めやすくなるメリットがあります。

ちょうどよいタイミングで、以下の記事もアップされていました。

◇世の中の小説作家と編集者は今すぐ Word や G Suite を窓から投げ捨てて Git と GitHub の使い方を覚えるべきだ - Qiita
https://qiita.com/ktkraoichi/items/f6ad43c2da0b3136d6be

もちろんツールには得手不得手があるので、Gitでの原稿管理が絶対的正義というわけではありませんが、それでもこういうやり方があるんだなということを知っておくのは良さそうです。

〜〜〜破魔矢〜〜〜

正月の町を歩いていたら、手に矢を持っている人をちらほらと見かけました。破魔矢です。

しかし、その破魔矢というコンセプトを知らないと、これはもうまるっきり武器を持って歩いているわけですから危険です。物騒です。

まあ、そんなこと、誰も思わないでしょうけれども。

そこで私はふと思いました。破魔矢というのはあるけれども、破魔銃というのはないな、と。

世の中には銃器を宗教的シンボルにしている団体がどこかにはあるのかもしれませんが、寡聞にして私は知りません。同じ武器なのに、片方はシンボルになり、もう片方はシンボルにならない、というのは実に不思議です。

一つには、銃が作られるようになった世界では、もうすでに「神」が退場し、科学が台頭していたので、何かを宗教的シンボルにして御利益を願う、という行為そのものが新規発生しなくなった、という可能性があります。科学の時代に存在するのは「アイドル」であって、神秘的な力や加護が宿った「シンボル」ではないのです。

あるいは、銃というものが、あまりにも「実用的すぎる」のかもしれません。その実用性の充満が、シンボル化が入り込む余地を退けている、という可能性もあります。

まあ、そんなことを考えても詮無いのですが、「銃が宗教的シンボルになっている世界のSF」みたいなのを書くとしたら、きっとこういう疑問は役立つはずです。

〜〜〜教養の価値〜〜〜

次の記事を読みました。

◇ZOZO前澤氏を反面教師に、知識と教養の大事さを知る - フロイドの狂気日記
https://www.byosoku100.com/entry/2019/01/10/104624

前澤社長のTwitterでの振る舞いを知っていないと、ちょっとわかりづらい部分もあるかもしれませんが、注目したいのは以下の部分です。

 >>
 僕は成功者が次の成功を収めるには教養と知識に基づいたピボットが大事なんだな、と思わされた。
 <<

ピボットとは軸回転のことで、バスケットボールで選手がボールを掴んだまま、片方の足を動かさず、もう片方の足だけでくるっとまわる技術を指します。上の記事で含意されているのは、「中心となる軸は変えないが、新たなステージに向かっていく方向転換」というようなことなのでしょう。

「儲ける方法」や「注目を浴びる方法」を知っていれば、会社を大きくすることはできる。でも、その方法ではたどり着ける地点に限界があるし、また真似もされやすいので競争相手の追従が激しい。テクノロジーへの理解があれば、現状どうこうではなく、世界の推移を踏まえたビジネスを展開していける──概略すればこんなところでしょうか。

で、こういう話が出てくると、「ビジネスで成功するために教養を学べ」みたいな話題が日本では上がってきがちですが、そこにはどうしようもない本末転倒感が漂っています。

たとえば、テクノジーへの理解が大切だからといって、科学技術の知識を丸暗記すればいい、というものではないでしょう。前者と後者には大きな隔たりがあります。そして、それと同じ隔たりが、「教養がビジネスにも役立つ」と「ビジネスで役立てるために教養を学ぶ」の間にもあります。

その隔たりについて詳しく考察する余裕はありませんが、それでも「教養がある」ことは、「知識を持っていること」とイコールでないことは間違いありません。教養には、ある対象についての価値観や姿勢といったものが含まれていて、それが欠落している状態は蘊蓄家と何も変わらないでしょう。
※もちろん、蘊蓄家がいけない、という話ではありません。単なる差異の話です。

最近のR-styleの記事(※)でも書きましたが、広い意味での「教養」の価値を、教養主義(≒人格を向上させる)的でもなく、かといって中途半端な実利でもない形できちんと伝えることが必要なのではないかと感じます。
※門の外には伝わらない価値 – R-style https://rashita.net/blog/?p=26546

もちろん簡単なことではないでしょうし、そもそもそれが私の仕事なのかどうかすらわかりませんが、なんとも言えないもったいなさを強く感じています。

〜〜〜気になる本〜〜〜

今週見つけた気になる本を五冊紹介します。

 >>
 戦後の房総半島からヨーロッパ、アジア、そして日本で。そこでは灰色の人生も輝き、沸々と命が燃えていた。あのとき、自分を生きる日々がはじまった――。
 <<
 >>
 完璧に美しい小説」があった。もう一度見せて欲しい、あの不敵な美しさを。南洋パラオの出会い、書評家と円熟期の作家、傍らにカクテルグラス。文芸の極みと女の旅。成熟の世界を描く記念碑的長篇。
 <<
 >>
 次の行き先は南に進路を変え、台湾の台北を目指した。
 この島国でも韓国と同様に、若い世代が新しく本屋を立ち上げては、自力で出版社を始める。
 <<
 >>
 世にあふれる屁理屈、その場しのぎの言説が持つ「真実」への軽視を痛烈に批判した『ウンコな議論』の著者による、「真実」の復権とその「使いみち」について。
 <<
 >>
 多くの図書館の整備・運営の支援に携わり、多岐にわたる図書館をプロデュースしてきた著者が、みずからの経験に基づいていま必要とされる図書館整備の手法を惜しみなく紹介する。
 <<

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q. 「教養がある」というのはどういう状態を指すと思いますか?

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週は、やや長めのコンテンツ3つでお送りします。

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2019/01/14 第431号の目次
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○「2019年の目標」 #BizArts3rd
 ようやく2019年の目標を決めました。その内容について。

○「R-styleの振り返りで得たこと」 #物書きエッセイ
 振り返りから得られることを。

○「手書きから始めるスライドの作り」 #知的生産の技術
 講演用のスライドの作り方をご紹介。

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

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○「2019年の目標」 #BizArts3rd

さて、いよいよ初稿が書き上がったので、遅延させていた「2019年の目標設定」を実行に移すタイミングです。

ばっちり目標を決めて、しっかり2019年を邁進していきたいところではありますが、実際は、「こういうことができたらいいな」という指針程度の強度しかなく、それとは全然違う結果がやってくるであろうことは、いつでも心の片隅に──というよりも中央リビングに──据えておかなければなりません。でないと、「目標を達成できない」という苦しみに、苛まれることになります。

この苦しみは、基本的には、あまり意味のないものです。そもそも達成できない目標を立てておき、それを「ああ、達成できなかった」と嘆くのは、何か違っているでしょう。

でもって、一年という長い時間を人間が見通すことはできないので、基本的には、目標には無理筋なことが含まれることになります。特に、「夢」や「希望」に満ち溢れる目標ほどそうなります。

そうした目標が持つ危険性については、『「目標」の研究』にて、(やや遠回しに)触れました。結構危ないものなのです。ですので、「こういうことができたらいいな」くらいの緩やかな目標設定が、精神の負担的にはちょうど良いものだと感じます。

ということを踏まえた上での、私の2019年の目標です。

まず、初稿をあげた本の完成が重要な目標となりますが、これは去年から持ち越したものなので、メインストリームに据える気持ちはありません。それに、初稿を書き上げると、あとはモチベーションを強く鼓舞しなくても作業が進んでいくことは経験的に知っているので、「目標」として関心をおく必要もあまり感じません。

「目標」に据えたいのは、そうしなければ行動が生まれないような何かについてです。

なので書籍の完成に関しては、重要なプロジェクトとしてのみ扱い、目標には入れないようにします。

■「かーそる」

では、目標に入れるものは何か。三つあります。

一つは「セルフパブリッシングに活を入れる」こと。まず、停滞している「かーそる第三号」の出版に巻きを入れます。すでに原稿は書いていただいているので、あとは私がページ組みを行い、それを確認してもらってから、誤字脱字の修正を行っての出版です。

それが終わったら、「かーそる」の運営方法を再考する必要性も感じています。原稿を書く負担はメンバーで分散できますが、それを最終的に雑誌という本の形にまとめる作業は、私ひとりが担当しています。で、この作業が終わらない限り出版はできないので、どう考えても私がボトルネックです。

しかも、私が出版社さんと仕事をしているときは、そちらの仕事への優先度が急激にあがるので、どうしても「かーそる」が後回しになってしまいます。これが続くと、延々に「かーそる」が出版できません。

とは言え、これからも頻繁に出版依頼が続くことは考えにくいので、今回だけの特異な状況として扱いスルーしても良いのですが、かといって再発するの可能性がゼロでもないので、対応は考えておきたいところです。

一つには、編集長を持ち回りにする方法があります。文芸雑誌の「オルタニア」は、毎号編集長が替わるという特異なスタイルですが、そのスタイルを踏襲すれば私が忙しくなっても、かーそるの定期出版は続けられます(もちろん、編集長の仕事に挙手する人が数名以上いれば、という前提がありますが)。

あるいは別の方法として、かーそるのサイズを小さくしてしまうやりかたもあります。一号あたりの原稿を現状の半分にすれば、原稿を確認してページを組む作業の労力も半分に(実際はそれ以下に)なります。そうなれば、多少忙しくても、作業をこなすことができるかもしれません。

また、二つの合わせ技として、かーそる本号とは別に、別冊号を作る手もあります。私以外の人が別冊号の編集長となり、ミニサイズのかーそるを作る、ということです。このやり方であれば、かーそるのやり方は継続しつつも、本号が止まっているときにでも、別の人がかーそるを発行できるようになります。

私は、雑誌の肝は、定期的に発売されることだと考えます。それが一ヶ月に一回であっても、半年に一回であっても、継続的に発売されるからこそ、雑誌は雑誌となり、一つの「場」として機能し始めると想像します。

今回は、私がボトルネックとなってしまい、その継続性がかなり断たれてしまったので(もうしわけないです)、何かしらの形でそれをカバーできる仕組みを考えたいところです。

どのように結論するかは、第三号が完成してからですが、たぶん何かしらの変化はあるでしょう。

■自パブ

「セルフパブリッシングに活を入れる」には、私単独で行うセルフパブリッシングの話もあります。

まず、「僕らの生存戦略」の出版が喫緊の課題です。すでに本一冊分の原稿は揃っていて、それを調整・遂行しているところで、書籍の原稿が忙しくなってきて完全に停滞したので、もともとの作業に復帰すれば万事OKな気もしますが、この経過した時間の中で、私の中にある「僕らの生存戦略」に対する見方も少し変わっています。

それを踏まえた上での、全体の調整がもう一度必要になるでしょう。その調整をしてから完成原稿に仕上げて、出版、というのが2019年の結構大きめの目標です。

しかし、それ一冊で終わるものではありません。となると、「次に何を書くのか」を決める必要があります。

「僕らの生存戦略」は、自分の中でも大きなテーマの本なので、一度軽いネタを挟んでいくのか、それともさらに大きなネタにチャレンジするのか。

その決定に関しては、一度自分の手持ちのテーマを総ざらえする必要がありそうです。仮にそれを「テーマ・レビュー」と呼ぶことにしましょう。

そのテーマ・レビューの結果次第では、「僕らの生存戦略」の調整を進めながら次の本のメモ作りにいそしむ必要が出てくるかもしれませんし、ブログ・シゴタノ・当メルマガで準備段階の連載を書き始めることになるかもしれません。

とりあえず、名古屋で行われるScrapboxセミナーが終わって、一通り喫緊の仕事がなくなってから、テーマ・レビューをおこなってみようと考えています。

その結果次第で、今年にセルフパブリッシングする本が二冊になるのか、それともそれ以上になるのかが決まりそうです。

■with

もう一つ、セルフパブリッシング関係で言えば、共著やコラボ本の企画も少し考えておきたいところです。

ただし、これは、ひとりで行うよりもはるかに「繊細」な管理を必要とするので、自分一人で簡単に決められるものではありません。

また、内容によっては、先ほど触れたかーそる別冊号の企画として採用した方が良いものもあるでしょう。

というわけで、この話については、「一応頭の片隅に置いておく」くらいで留めておきます。

ちなみに、上記のような「越境」(共著企画をかーそるで行うといったこと)があるので、R-styleの記事で書いたように、「気になること」は一覧できるようにまとめておくのが吉です。

◇「気になること」を一覧する効能
https://rashita.net/blog/?p=26531

以上が、「セルフパブリッシングに活を入れる」に関する内容となります。

■Webメディアの復旧と新展開

続いて「Webメディアの復旧と新展開」です。

まず、ぜんぜん更新が止まっているHonkureに記事をアップしていくこと。これは、作業時間さえ確保できれば、書くつもりはぜんぜんありますので、特に問題ありません。あと、noteにも記事を書きたいのと、構想中のまま止まっている新Webサイトにも手を付けたいところですが、優先順位はHonkureの復旧が上です。

その上で考えているのが、「動画」メディアです。

YouTubeにScrapboxの操作説明動画をいくつかアップしたのですが、編集等をまったく考えていないので非常に簡単にできました。同じように、Scrapbox以外のツールの解説動画も挙げていければ、結構役立つのではないかと想像します。
※そもそも動画の方がわかりやすいことは多いのです。

もう一つ、動画に関して言えば、「本の紹介動画」をやりたいと去年からずっと考えています。わかりやすく言えば「書評動画」ですが、コンセプトが「書評」で良いのかどうかはまったくわかっていません。テーマ別に本を紹介するのも面白そうですし、単に自分がどう面白く読んだかを語る動画でも良さそうです。

この辺の切り口自体はまったく未定で、それが決まらない限り動画は作れないわけですが、それでも「読書って面白いよ」ということを、文章以外の媒体で伝えていくことは、現代において大切な意義がある気がします。

ショウペンハウエルは、自分が書いた本の中で、本を読むことの愚かさを指摘していますが、これは「対象読者」を考えれば実にまっとうなものでしょう。本を読むことへの警句は、本に書くのが一番です。

このことを逆に捉えるならば、本を読むことの良さは、本以外のメディアで伝えると効果がありそうです。本を読んでいる人は、本を読む価値を知っているから本を読んでいるわけで、その人たちに「読者は楽しいですよ!」と言っても追認にしかならないでしょう。

新しく橋を架けるためには、異なるメディアからの歩み寄りが必要です。で、現代でそのメディアというのは動画になるのではないかと想像します。

ただし、これにはいろいろ準備も必要でしょうし、今すぐに取りかかれるような話でもありません。でも、うまくいけば、今年中にそういう動画を一つくらいは作ってみたいと考えています。

以上が、「Webメディアの復旧と新展開」についてです。

■メルマガの拡大

最後の目標がこのメルマガの拡大です。「拡大」というか、「今よりも購読者さんが増えたらいいな」という願いです。

当然、願っているだけでそうなる可能性は皆無に近いので、何かしら施策を行わなければなりません。

もちろん、「炎上させて話題にする」とか「大量の広告費を投じる」といったことは無理なので、地道にコツコツ続けていきつつ、言及してもらいやすい、あるいは他の人にお勧めしてもらいやすいような形を作っていくのが唯一の施策となるでしょう。

とりあえず、去年の終わり頃から、noteでの記事タイトルの付け方を──結城メルマガをそのままパクッて──中身がよりわかりやすいように変えてみました。

あと、以前構想を練っていたこのメルマガ用のScrapboxプロジェクトを作ろうかとも考えています。

とは言え、宣伝系にあまり躍起になってしまうと、あやうい領域に近づきかねないのでほとほどにしたいところではあります。しかし、超不安定なフリーランスにとって定期収入は、砂漠の中のオアシスくらい重要な位置づけですので、一経営者の視点からも何かしら拡大の動きは取りたいところです。

■まとめ

というわけで、2019年の目標をまとめてみました。

基本的には、書き物が中心です(なにせ物書きなので)。滞りを解消させるのと、次なる一歩を見据えた準備。その二つを軸に、書き物を続けていきたいと思います。

それに加えて、いくつかの新しいメディアについても構想中です。これはこれで、どうなるのかまったく見通しが付きませんが、うまくいけば面白い動きになるかもしれません。

というわけで、今年一年も頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

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2019年の目標/ R-styleの振り返りで得たこと/手書きから始めるスライドの作り

倉下忠憲

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倉下忠憲

倉下忠憲のWRM 「読む・書く・考えるの探求」

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