適応障害との共生日記④ 原因part3

はじめに

前回は、社会人1年目の10月~3月まで書きました。
お読みいただき、ありがとうございます。

また、皆様のおかげで、「スキ」ももうすぐで合計100になろうとしています。
ただただ、自分と向き合うだけの「内面掃き出しエッセイ」にも拘らず、読んでいただけることに感謝しております。
励みになりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今日は残りの3月~4月を書きたいと思います。
3月は僕のチーム変更、4月は発病と、直近の出来事についてです。

本題① 2020年3月

2020年3月。
僕は納得がいかないながらも、前回のnoteでもお伝えした生活リズムで働いていました。

5:30 起床
6:00~7:00 会社PCにて受信チェック(朝の発注確認)
8:00 出社兼即仕事開始
12:00~12:30 昼休憩
13:00~19:00 仕事
~20:00 帰宅&夕食(食べられないときもある)
20:00~23:00 自宅にて、会社PCで仕事
1:00 就寝

このような生活リズムで働いていると、「睡眠」と「趣味」に関して問題が起きてきます。

「睡眠」に関しては、月曜~土曜までは仕事の朝の受信チェックがあるため、睡眠時間はだいたい4時間ほどになります。
とりわけ、僕は寝つきに関しては昔から抜群によく、ベッドに入ると一瞬にして寝てしまうのですが、この3月から、寝つきが日に日に悪くなってしまいました。
この「寝つき問題」に関しては、radikoで適当に流し聞きを試したり、Youtubeで快眠になれる音楽をかけながら寝ることで、ある程度は回復していきました。
それと同時に、「寝起き」にも障害が出てきます。
僕の唯一と呼べる特技は、「目覚まし時計を使わずに指定された時間の10分前に起きる」です。しかし、この頃5:30ちょうどに目覚まし時計によって目覚め、飛び起きなければならないのです。
とにかく朝の具合が悪い。特にひどいのは、頭痛と空のゲップ、吐き気と、体の倦怠感。

「趣味」に関しては、僕はもともと音楽と本と旅行が好きでした。
音楽に関しては、Mr.Childrenやエレファントカシマシが好きで、過去のライブDVDを流しながらゆっくりするのが好きでした。
本に関しては、小説やビジネス本など、週に1冊は必ず読む程度です。
旅行に関しては、もちろん行くのも好きでしたが、旅行本なサイトでその土地の観光地や温泉など調べ、仮のスケジュールを立てて、いつかその通りに旅行をする、というシュミレーションが好きでよくやっていました。
しかし、気づけばそのような趣味も、いつからか一切行っていません。

というよりも、趣味という趣味に一切の興味関心がなくなってしまいましたし、すべてのことに興味を抱かなくなりました。
ですので、休職する前の自分のプライベートな時間に何をやっていたのか、今では思い出すことができません。
もちろん、他の誰かといるときには、「無理して」笑ったり、楽しんだりすることができます。そうやって、少しは楽しい雰囲気に浸ることができますが、僕の中には「自分を俯瞰している僕」がいて、自分を無感情の人間に冷静に戻していきます。もう、どうしようもありません。
今、働きながらこのような感情になっている人は、一度自分を見直してもいいかもしれません。

本題② 3月末

3月末。コロナウイルスの影響により、全営業社員は在宅勤務に代わりました。もちろん、だからといって勤務時間が変わるわけではありませんし、何より通勤、取引先への「移動」時間が無くなったため、勤務時間は増えたと思います。でも、あの重苦しい営業オフィスに行かなくていいだけで、心は少し軽くなりました。仕事自体、在宅でリモートワークになっても何の支障もありませんでした。もともと、無駄な会議やミーティングが多く、それがZoomアプリで完結するようになったので、僕的には万々歳です。

ここでもうひとつ。会社から発表がありました。
3月いっぱいで社員が1人退職するので、チームの組織変更をする、というものです。
そのやめる人は、僕の所属するチームの女性社員で、もともと辞めると僕も知っていました。
理由は、去年退職した人と同様、過労、低賃金、あと仕事への興味が失ったからです。去年からいつ辞めるか探り探り働いていて、ようやくやめることができる状況。
くしくも、去年辞めていった30代の社員、3月いっぱいでやめる女性社員ともに僕の所属するチームで、辞める理由も共通しています。
僕が社会人になってから、同じチームの人間が2人辞める状況。
そして、理由はいずれも過労、低賃金、ストレスと、僕が今休職に至った会社の原因と同じなのです。

余談ですが、営業以外の部署に、「うつ病」で休職している40代の女員の方もいます。また、うつ病を患い、休職→復職している社員も6人います。
入社3年未満で、会社に不満をもって辞めていった人も何人かいると聞いています。
会社って、、、社会人って、、、こういうものなのですかね??笑
うつ状態になっても働き続けるのが当たり前な世界にいます。
これが当たり前なのかな。

さて、また一人退社してしまうため、チーム変更で僕は別の北海道地場企業のチームに移動しました。

本題③ 4月

組織変更で、僕は別のチームに移動しましたが、ここで問題がもう一つ。

僕の会社は「引継ぎ」が絶望的に下手なんです。


僕の一般的なイメージ(これが間違っているかもしれない)では、4月の新しい期に向け組織変更があった場合、3月中旬には新しい人事異動は上層部が決め終え、それを社員に伝え、社員は3月中に引継ぎを終えて、4月新しい期でそれぞれ気持ちよくスタート!!!!
なのですが・・・。(みなさんはどうですか??)

うちの会社の実情はこうです。
・上層部がいつ組織編成を決めたかはわからない
・社員に伝えられたのは、3月最終金曜日
・ただでさえ4月まで日数がないのに加え、在宅勤務ということもあり引継ぎは全くスムーズに行えず
・もはやそれが当たり前

・・・・・これが当たり前なのか、とまた一つ成長できました。
ということで、4月に入り、新しい期が始まっても引継ぎは少しずつしか行えず。
でも、取引先はこんなこと関係ありません。新しい取引先からも連絡は来るし、前の取引先からも連絡は来るし、そのさらに多忙を極めている中で引継ぎをしなくてはいけないし、さらに引継ぎのため会社に出社すると、上司から「今は在宅勤務中だからあんまり出社されると困るんだよ」と言われるし、、、すべてにおいて板挟みでした。

また、僕の新しいチームでは、取引先の特性上、さらにパソコンを見る時間が増えます。
担当は、実際の店舗事業のビューティー部門担当に加え、その取引先のカタログ部門にまで担当が増えました。
実際の仕事内容は省きますが(言ったら確実にどこ担当だか明るみになる)、とにかく四六時中パソコンと向き合いながら、欠品しないように何万とある商品を管理する。加えて、店舗事業では市場を踏まえながらメーカーさんと商談する。店舗の改装や新店があったら、朝7時から応援に行き、日常勤務を並行して陳列応援を行う。その他もろもろもろもろもろ・・・。


4月23日。
朝、強い吐き気と、体の倦怠感で起き上がることができませんでした。
なお、この時期にもかかわらず、「引継ぎ」は終わっていなく、終わる見込みもありませんでした。
精神科で言い渡されたのは、「適応障害」。
今すぐ仕事を休まなければ手遅れになる、という一択で休職することになりました。

そこから約1か月半の今。

仕事のストレスは一切なくなったが、病気は回復することなく、
6月8日の3回目の通院では、処方される薬が1つ増えました。

おわりに

これまで4回にわたり社会人になってからの僕の体験や気持ちを卸してきました。
今日だけですでに3000字を超えています。
ここまでお読みくださりありがとうございます。

今の僕は、「復職か、転職か」を考えることができるようになりましたし、
幸い趣味もできるようになりました。

最近は、粘土細工で作品を作る「粘土アート」や読書、それにこのnoteも僕の趣味の一つとなっています。

しかしまだ「適応障害」が治る見込みもありません。
毎日不安感と罪悪感で心は浮ついています。何も手につかなくなることもあります。
ただ、あきらめずに治療して治します。

そして、僕には何ができるのか、少しずつ見つめながらこれからやりたいことを見つけていきます。

とりわけこのnoteでは、僕の考えや病気のことをこれからも発信していきます。もともと四六時中何か考え事をしているような人間だったので。

こんな人間ですが、皆様からの「スキ」にはかなり励まされています。
これからも更新しますので、フォローしていただけたら幸いです。
ということで、皆様これからもよろしくお願いします。


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