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粘体怪盗怪死事件~冥竜探偵かく語りき~ 第一話 #DDDVM

怪盗は死んだ。
その事実を私が知ったのは、私の助手を務めてくれているワトリア君が、刷り上がったばかりの新聞と共に来訪した折のことだ。

「先生!この見出し、本当でしょうか?」
「よく、見せてくれるかい」

私は図体ばかり大きな竜の身を縮こまらせ、人間としても小柄なワトリア君が掲げた新聞紙をひょいと宙に浮かべて貼り付けて見せた。左目にはめ込んだモノクルのピントを調節し、私からはあまりに小さい紙媒体に合わせる。

そこには、『怪盗アルデュンヌ死す!お手柄、才気あふれる新鋭技術者!』といういかにもありそうな煽り文と、なにやらぼろきれを掲げる小柄な白衣の少女の絵だ。

怪盗アルデュンヌ、世間を騒がせている……いや、騒がせていたこの怪盗の存在を認知していないものはこの地方には少ないだろう。神出鬼没にして防衛困難の難物。事を起こすときはわざわざ予告状を持って、被害者に挑戦をかける酔狂者。そうして被害者は自身の至宝を万全の体制で防衛するが、ある時こつ然と宝はメッセージカードと入れ替わり……被害者はそこで自分が怪盗に敗れたことを知るのだ。

正体不明、手口も不明、わかっていることは怪盗は実在し、そして被害もまた現実の物であることだ。もっとも、その中には詐欺目当ての狂言などもあったのだが……

続けて紙面の上に視線を滑らせるも、これといった情報は読み取れない。これなる当事者はこのぼろきれを怪盗の遺体だと主張しているが、これだけでは真偽を見定めることはできない。私はそう判断する。

「ワトリア君、この紙面の情報だけでは怪盗アルデュンヌが死亡したか、判断するための材料が少々不足している。だから話題の怪盗の生死についてはまだ……」
「事実ですわ」

天然の洞窟を拡張した私の住居へ、薄暗がりより姿を見せたのは品の良い鶯色のドレスをまとった、栗色のロングヘアの女性。年のころは妙齢、といったところで、その人物は私に向かって、スカートのすそをつまんでカーテシーを披露する。

「失礼しました、ちょうどわたくしたちのことをお話でしたので。お初にお目にかかります。わたくし、アルデュンヌ様の助手をつとめておりました者でございます。どうぞ、スカーレットとお呼びください」
「はじめまして、ミス・スカーレット。私はシャール・ローグス。ごらんの通りのしがない竜です。わざわざご足労いただき光栄ですが、このような山奥にどのような用向きでいらしたのでしょうか?」
「率直に申し上げます。わたくしのパートナーであったアルデュンヌ様が受けた殺害方法を、あなたに解き明かしていただきたい」

彼女の言葉に、私は二度三度瞬きしてその言葉の意味を勘案した。
まず、あのぼろきれは紛れもなく怪盗氏であるらしい。だとすれば、彼の正体は布に仕込まれた魔術の使い魔、はたまたスライム、あるいはぼろきれに取りついたゴースト……だが彼女ははっきりと殺害と言った。であれば生物ではない使い魔と、すでに死亡しているゴーストは一旦除外していいだろう。

言葉通りに受け取るならば、ミス・スカーレットはあくまで助手であり……窃盗の犯行そのものには随行していなかった。だが今回、怪盗氏が忍び込んだ施設から脱出できず、彼女の目の届かぬところで怪盗氏は死亡してしまったのだろう。せめて死の顛末は知っておきたいが、ストレートにこの技術者に探りを入れれば自分の立場も危うい。相手は今まで無敗だった怪盗氏を仕留めた相手だからだ。そこで白羽の矢が立ったのがこの私、といったところだろう。第三者である私を介すれば、あるいは、相手の警戒を出し抜き死の真相に迫れるかもしれない。そういう打算だ。

「私に、あなた方の片棒を担いでほしい、と?」
「そうは言っておりません。アルデュンヌ様はすでに死去された以上、わたくしは無力な女にすぎず、殺害方法を解き明かしてわたくしにお答えいただいたところで……あなた様を新たな犯罪に加担させることはありませんわ」
「あくまで、解明の動機は怪盗氏に対する哀悼と、そう受け取ってよろしいでしょうか」
「おっしゃる通りでございます」

彼女の言葉通りに受け取るのは非常に危うい。
そう理性が警告する一方で、反対側では好奇心がうずくのも否定はできない。世間を騒がせた怪盗がよもやスライムであった、その事実だけでも実に興味深い上、今まで露見しなかった怪盗氏を仕留めて見せた技術者氏の手腕もまた関心の対象だ。知的好奇心が生存意欲の大部分を占めている私にとって、実に魅力的な謎であるといえるだろう。

リスクとリターンを天秤にかけている私を見るにつけ、ミス・スカーレットは持参していた革のトランクを突き出して、私に向かって広げて見せた。

「もちろん、無償でとは申しません。お引き受けいただければ、こちらの品を前金として譲渡いたします。東方の地にて記された『瑠治晴嵐抄』の写本、その上巻でございます」
「なんと……!」
「この巻物、そんなに希少なものなんですか?」

感嘆の色を隠せぬ私に、今までミス・スカーレットとの丁々発止のやり取りから一歩下がっていたワトリア君が会話に参加する。

「希少ではある。でもそれは、この巻物の価値を認める人が数少ないからだね」
「東方の地にて執筆された絵巻物の書籍的価値は、アルトワイス王国をはじめとするこの地では、いまだほとんど認知されていないといっていいでしょう。この上巻も、王都片隅の古書店にて埃をかぶっていたものを二束三文で買い取ったものです。盗品ではございませんので、どうかご安心ください。ですが、あなた様にとってこれ以上ない対価ではないかと」
「むぅ……となると、成功報酬は必然的に」
「当然、中巻と下巻にございます」

なるほど、やり手だ。かの怪盗氏の助手役を務めたのは伊達ではない、ということか。もっとも、調査にあたって主に動くのはワトリア君なわけで、私が彼女の意向を無視して勝手に引き受けるわけにはいかない。

私がワトリア君にちらりと視線を流すと、彼女は私以上にわくわくとした表情で話に聞き入っている。これでは、私が断っても彼女の方が独自に調べかねないだろう。私は腹をくくった。

「お引き受けしましょう。ただし、条件があります」
「なんなりと」
「一つは、我々はあくまで怪盗氏の死因を調査するだけです。もう一つは、あなたの今までの説明に齟齬があった場合、この依頼は棄却させていただきます。最後は、我々に何等かの犯罪に加担させる意図を確認した場合においても、協力は打ち切ります。よろしいですね?」
「結構です、あなたが唯々諾々と依頼を受ける方でなくて安心しましたわ」
「では、こちらの契約書にご署名ください」

私が爪を軽く一振りすると、木造のデスク……人間からすれば巨人の雨宿りも叶いそうなサイズの、その上から魔法の絨毯のように一枚の羊皮紙が舞い降り、ミス・スカーレットの手元へと滑り込んだ。彼女が手にした時点では白紙だったそれは、彼女が視線を滑らせるのに応じて契約文が焼きこまれていく。

「よく、お目を通していただいた上でご署名をば」
「ええ、ですがあなた様は依頼者をペテンにかける方ではないでしょう?」
「ご信頼、痛み入ります」

ミス・スカーレットは、充分に契約文を注視したのちに、羽ペンを手によどみなくインクを舞わせた。

「結構、それでは依頼をお受けいたしましょう」
「よろしくお願いいたします、吉報お待ちしておりますわ」

要件を済ませると、鶯色のドレスをひるがえしてミス・スカーレットは現れた時と同様に入り口につながる薄暗がりへと立ち去って行った。私はすでに受け取ってしまった対価を宙に浮かべて(私の爪では人間用の書物はいともたやすく紙くずになってしまうから!)丁重にずらりと立ち並ぶ本棚の一角へとおさめる。そこはかつて用意した東方出典用の本棚であったが、悲しいかないまだスカスカのままである。

「良かったんですか?その、お受けして」
「仮に私が断っても、君のことだから一人で調べるつもりだったろう?」
「それは、ま、あ、その……はい」
「それに我々が協力しなくても、彼女は別の協力者を求めるだろう。そうなった時、その別の協力者が彼女のたくらみを見抜けるとは限らない」
「ええっ?それじゃ先生は、スカーレットさんの言葉が額面通りじゃないと」
「まだ、確証はないけど、ね。けれどもどうにも引っかかる。彼女の説明通りならよし、ここはひとつ腹の探り合いとなる」
「あはは……がんばります」
「さて、そういうことだからまずは下調べと行こうか」

私の魔術が、書庫と本棚から、あふれんばかりの新聞を白鳩の群れのごとく飛び立たせ、私のデスクと来客用の卓の上にうずたかく積んだ。

「まずは、怪盗氏のスペックを正確につかんでおきたい。過去の犯行例から、彼は何ができて何ができないのか、浮彫にできるはずだ」

【冥竜探偵かく語りき~粘体怪盗怪死事件~ 第一話:終わり|第二話へと続く|第一話リンクマガジンリンク

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続きはいましばらくお時間をください。

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