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175°DENO担担麺 銀座店 #辛い麺メント

辛味とは、痛覚だ。つまるところ、辛い物を喰うのは飛び切り安全な自傷行為だ。死んだやつもいるが。

いつになくへこんだ自分を奮い立てるため、いざ辛い麺自傷行為に意気込むおれ。春雨らしいしとしと降りの雨の中、必要な用事のついでに二か月ぶりに辛い麺を食おうと、おれは目当ての店があったところに来た。建物は、あった。以前と、変わらず。

「マジか……オウマイブッダ」

シャッター、張り紙。つまり閉店だ。
張り紙には淡々とした文面で2月7日の緊急事態宣言延長をもって閉店を決定した旨が刻まれている。雨が風にあおられて俺の背を叩いた。
おれの人生を担当しているゲームマスターはゲイのサディストで、こんな風に気晴らしに当てにした何かを奪い取って、ニヤニヤ笑いをすることで定評があるのだ。やろういつか絶対なぐる。

恐れが現実化する、という話はオカルティックなスピリチュアリズムではなく、現実の物理学であったか?そんなバカげた妄想を繰り広げながら俺は思案した。今日はもうここの店の汁あり坦々麺を喰らう気満々だった。こういう、特定の何かを喰うと決めた日において、別の物で誤魔化すとぽっかり穴があいた心地になってとてもよくない。よくないのだ。わかるか。

疫病の罪業の証拠品として張り紙を撮影する。張り紙には、まだ開店しているチェーン店の情報が載っていた。うち一店舗はほど近い場所といってよかった。山手線に乗れば数分だ。

「行くか」

全店舗この世から消滅したのなら、もはやブッダの右頬と左ほおを交互に殴って気を晴らすしかない。だが、同じ物が食える店が残っているならそこに行けばいい。おれは決断する。

―――――

有楽町、銀座。
日本の奥ゆかしい欲望の町(奥ゆかしさにかける欲望の町は新宿歌舞伎町といったところか)も、今は春の雨煙に巻かれて曇っていた。
緊急事態宣言下でも、少なくない人間がこの街を行き来している。もっとも、平和な頃、不景気といわれていたころの数に比べたら残滓といって差し支えないレベルだ。

スマッホンのさいせんたんナビゲートに従って、雨の中を放浪する。
このあたりは高級店ばかりで、おれが用があるのはもっぱら飯屋ばかりだ。
いかにも高いです、な面がまえのビルを曲がって少し進んだ裏路地に目的の店はあった。

『175°DENO担担麺 銀座店』の看板と地下階段の途中にかかるOPENの木札。

よくあるタイプの地下への階段を降りて中に入ると、まるで秘密の空間といわんばかりの圧迫あふれる閉鎖空間。人間がかろうじてすれちがえる、通路というのがふさわしい空間の左手に食券自販機、正面には店員の姿。

汁あり白ごま坦々麺。大盛り、白湯スープ、パクチー、青山椒追加。ライスあり、ついでに小籠包。オーダーを店員に手渡す。

「辛さとしびれは?」
「2と2で」

この店は辛さと痺れを多段階指定ができる。
だが、無料の範囲の2で俺には十分すぎるのだ。店員の指定で、カウンター席に座った。スマホは通じていない。しぶしぶ、電子書籍を取り出して『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読みだした。冒頭から皮肉とウィットなジョークしかないが今の気分にはぴったりだった。

幸いこちらの店舗は繁盛しているのか、だいぶ時間が経ったのちの注文の品が運ばれてきた。どす黒い紅のラー油が隙間なく浮いたそれは、地獄の釜の中身そのものだ。添えられた水菜の色どりなど申し訳程度、といって差し支えあるまい。

オプションのパクチーと青山椒を投下し、器の底から麺を持ち上げてじっくりと、練る。出された直後は十分に辛み成分が攪拌されていないため、この工程は辛い麺を喰らう時は必要な作業だ。

十分に混ぜたのち、ラー油の赤がまんべんなくまぶされたストレートタイプの細麺をすする。俺の味覚を、麻辣の刺激が占領した。

辛い麺といってもその内面は複雑で、まず唐辛子のカプサイシンのピリッとくる刺激に、花椒のびりびりくる痺れ、遅れてごまと白湯のコクにパクチーの特徴的な風味が嗅覚を抜けて襲ってくる。この複雑な要素が175℃の担々麺のだいご味だ。この、いずれの要素が足りなくても腰抜けの腑抜けた虚無の味になってとてもよくなく、物足りない。

麺を一つまみ、二つまみしたあたりで辛さでどっと汗が噴き出る。事前に汲んだ水をあおって、麺をすする。合間に小籠包をほおばる。辛さで敏感になった口内にぬくい肉汁がどっとあふれて癒した。再び、麺をすする。

使われているスパイスの中でも、青山椒は爽やかさのある辛味で、人を傷つけるばかりのカプサイシンのとげとげしい味わいに芳醇さを加えてくれる。半ばほどで酢とラー油を足して味変すると、またも違う味わいを見せる。酢を足すことで辛さに酸っぱさが合わさって味が立体的になり、複雑な顔をみせるのだ。

麺が尽きる。だがおれのターンはまだ終わっちゃいない。
レンゲをつかんで迷わず坦々辛味スープをライスに、決断的投下行為。コメの白が坦々のどどめ赤に染まる。食!麺の時よりさらに質感と重量を増したからさがおれに襲い掛かってくる。まるで乾いた荒野に吹く熱風サンタナだ。

怒涛の勢いで食切ると、さっさと席を立つ。先ほど満席のアナウンスが聞こえていたからだ。食切った以上長居はよくない、速やかに退場する。舌の上に絡みの余韻を残したままで。

久しぶりの辛味麺行為に満足した俺を出迎えたのは、春雨とはもはや詐称であろう土砂降りの雨だ。おれはネコ科肉食獣に属するので雨は好きではない。今日はどこまでも厄日のようであった。

【終わり】

現在は以下の作品を連載中!

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ロボットが出てきて戦うとか提供しているぞ!

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