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Deerhunterの幻想世界 Cryptograms


2001年、ジョージア州アトランタにて結成されたDeerhunter。ライブでは即興演奏が中心で、 スタジオアルバムのほとんどがそのための受け皿のような仕様になっている、といってもハイレベルな受け皿だが。2ndアルバム「Cryptograms(暗号)」は、エフェクターの深くかかったギターを中心に音が何層にも重ねられ、シューゲイザー的なサウンドのサイケデリックな作品である。現代の一般的な音楽的習慣から切り離された幻想的な音像は、60年代~70年代のサイケデリックロックや、my bloody valentine、The Jesus and Mary Chainなどのような雰囲気も漂いつつ、唯一無二である。

脈打つベース、コオロギの鳴き声、水の流れる音など、様々な音が混ざり合った霧の中でアルバムは始まる。1曲目"Intro"は、メロディーやフックがなく、2曲目へとスムーズに接続しており、瞬く間に幻想世界へと引き込む究極のイントロである。タイトルトラック"Cryptograms"は、ビートははっきりしてい るものの、疾走感以上に浮遊感を強く感じる、不思議な曲である。中盤以降の空間を埋め尽くすように広がっていくサウンドが、飲み込まれていくようなトリップ感を演出している。また、一見するとひょうきんなフロントマンのブラッドフォード・コックスが、暗然とした内面世界の持ち主であることが明らかになり、それがバンドの激しいグルーヴとの対比によって強調されている。この曲は、コックスの詩世界を表現しているだけでなく、これから起こることを暗示する役割も果たしている。曲が圧倒的なクライマックス("There was no sound")に突入する前から、この曲が採用している幻惑効果は明らかで、ヒートアップしつつも陶酔感を与える。

"Whit Ink"や"Providence"では水中のようなギターサウンドなど、"Spring Hall Convert"までの前半、バンドはアンビエント、シューゲイザー、サイケロックを等しく取り入れた音色を貫いている。しかし、Deerhunterはこのロマンティックともノスタルジックとも言い難い部分において、妥協することなく終始不安げな美意識を保っている。ヴォーカルがないために言語的解釈の方向性が定まらない曲もあるが、タイトル曲のようなダークなパワーがあり、バンドのムードセッティングの巧みさが感じられる。

アルバムの後半のロック調("Tape Hiss Orchid"を除いて)の曲にも共通した雰囲気が漂っている。 8曲目"Spring Hall Convert"は、基本的にシンプルな4つのコードパターンを使用しているが、ドリーミーなプロダクションを使用することにより、アルバムの残りの部分が持つ陰のオーラがうまく混ぜ込まれている。一方で9曲目"Strange Lights"は"Spring Hall Convert"とは異なり、おそらく別世界の歌詞("I walk into the sun / with you the only one")のため、珍しく高揚したムードが感じられる。

「Cryptograms」は、後にリリースされる「Microcastle」のように評論家から分析されることを前提としたアルバムではない。しかし、だからといって、充実感やまとまりがないわけではない。多くのジャンルやアイデアを通過しながらも、絶望と内なる混乱の空気をなんとか保っているように感じられる。このような壮大なサウンドに身を包むことで、このパッケージ全体が不安を抱えた若者にとって、より魅力的なものとなっているのだ。

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